未来とは 第四部

 

 俺が放った常軌を逸した言葉に対して、綾さんは一片の表情の変化を見せない。それが、俺からしたら予想通りの答え合わせであった。


「そして、その理由は孤独を感じていた。周りから画一化されてしまう自分が嫌いだった」


 これまで綾さんに関する人たちの言葉の数々。綾さんのご両親。綾さんの高校の友達。そして中学での相反者に小学校での旧友。いろんな人たちがいても、全員に共通している事柄があった。


「綾さんはいつも周りから尊敬されて、同級生なのに、同じ学校の同じ生徒なのに。まるで、神様のような扱いを受けていることが嫌だったんじゃないんですか」


 自分以外の誰しもが、自分のことを敬ってくれること。賞賛してくれることは嬉しいことだ。そして、人間として生きていく中でそれは実に充実した日々と言っても過言ではない。人は誰かに認められるために頑張るし、認めて欲しいから頑張る。

 誰かに必要とされ、声をかけてくれる存在。それが人間の生存本能の一つなのである。


「人から賞賛されることは嬉しいことです。僕みたいな人間からすると、これ以上のない、いい話だと思いました。でも、同時に綾さんは誰と気楽に接していられているのだろうって思いました」


 光があれば、闇がある。


 正義があれば、悪がある。


 正があれば、負がある。


 それは世の摂理であり、これは覆ることは決してない。だからこそ、綾さんのこれまでの人生は全て正でしかなかった。それは、素晴らしいことだが、人間として異質すぎるのだ。それを初めて感じ取ったのが姫野さんであった。彼女はかつて、そんな綾さんのことを壊れていると言っていたが、その通りであった。

 この世に完璧な人はいない。そう考えていくと、綾さんはこれまで負の部分をどこにやっていたのか。そう考えるとあの言葉の意味。そして、僕を突き飛ばしてくれたあの行動の真意がわかったのだ。


「綾さんはもうこれ以上生きていくのが辛くなった。完璧であり続けることをやめたかったのではないですか」


 これが今日まで俺に対して、彼女があの日放ったごめんなさいの言葉の真意。


 あとは、綾さんの口から何か一言聞ければ、俺は満足だった。もうこれ以上彼女の過去を詮索するつもりもないし、無事彼女が息を吹き返したのだ。しばらくは彼女も病院のベッドのお世話になるだろし、やっと俺も自分の人生に戻れる。


 そんな彼女の言葉を待っていると、ついに彼女の口が開いた。

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