巡り合わせ 第二部

 それから俺と園田綾さんとのご両親とが会うセッティングはすぐに行われた。そして、娘のことを話すなら俺もお世話になっていた病院がお互いにわかるだろうということで、病院に来ていた。

 そして、園田と書かれた病室の前まで来た。その病室のドアを三度ノックするとすぐに「どうぞ」という返事が聞こえて来た。俺はゆっくりとドアを開け、中へと入る。

 病室に入ると大きなベッドがあり、そこにはあの時俺のことを助けてくれた彼女。綾さんが眠っていた。そして、ベッドの奥には二人の男女がいた。

 部屋の左側には机とソファがあり、右側にベッドがあった。ベッドのそばには花瓶に花が飾られていた。


「失礼します」

「どうぞ。えっと、緑川健くんで合っていたからしら?」

「はい。今日はお時間を取ってもらいありがとうごいます」

「そんなことはないわ。ねぇ、あなた」

「あぁ、私たちも君と話がしたいと思っていたんだ。立って話すのもあれだから、そっちのソファの好きなところに座ってくれ」


 そう言われ、ソファの方へと俺を含めた今までベッドのそばの丸椅子に座っていた二人がソファの方へと移動し、ソファに腰掛ける。


「初めまして、私が綾の父、友継。そして、私の隣にいるのが妻の真子だ」


 友継さんの隣に座っていた真子さんは僕に向かって軽く会釈する。


「初めまして、僕は緑川健と言います」


 相手に習い、自分も会釈してふっと顔を上げる。


「緑川くんは高校二年生でいいのかな?」


 顔を上げた僕に対し、友継さんから質問が投げかけられる。


「はい。そうです」

「なら、綾とは一年違うんだな」


 友継さんは、僕に向けていた視線をベッドの方へと向ける。そこには眠っている綾さんがいる。そんな友継さんの視線は柔らかく、同時に悲しそうな表情だった。


「緑川くんは綾と友達だったりしたのかしら?」

「いえ、今回の一件で初めて知り合いました」

「そうだったの。てっきり、綾の大切な友達か何かだと思ったわ。それは、親の早とちりだったわね」


 そう言いながら笑う真子さんだったがやっぱり、その表情はこわばっているように見えた。

 二人の口から綾さんのことが出ると、どこか悲しむそぶりが見えてしまうので、こちらから質問を飛ばすことにした。


「その、綾さんは見ず知らずの僕を助けてくれた命の恩人なんですけど、普段はどんな人だったんですか?」


 すると、綾さんの方を見ていた友継さんや、真子さんの表情が少しだけ和らぎ、少し微笑み混じり表情になる。


「綾はね。本当にいい子なの。緑川くんからすれば、なんだ、この親バカは? って思うかもしれないけど、本当にいい子だったの」

「綾は成績では常に上位。部活に陸上をやっていたのだが、県大会で準優勝したんだ。毎日、夜の食卓では楽しそうに学校の話なんかをしてくれて、真子の言う通り、自慢の娘だ」

「それだけ才能があると、友達とかも多かったんですか?」

「そうだな。才能はともかく、学校の話を聞くと男女問わず色んな子の名前が上がって来たな」

「そうそう、有沙ありさちゃんがよく話題に出てきていたわね。」

「そうだったな。よく有沙ちゃんのことを話していたよ」

「有沙さん、ですか?」

「そう。たしか、テストの点数で競っていたとか、お互い違う部活に所属していたけど、どっちが上まで行けるかなんて、競っていたらしい。それで、勝った時は嬉しそうにしていたし、負けた時は悔しそうにしていたよ」

「それにね、有沙ちゃんは綾が一年のときからずっと一緒だったのも合って、三年間とても仲良くしてくれていたわ」


 三年間高校を共にしていた有沙さんという女性は綾さんのことを色々と知っているかもしれない。もしかしたら、親には言えないことの一つや二つを有沙さんには話しているかもしれない。高校生の時期といえばそういうものだ。僕にだってある。それこそ、死にたいってことがそれにあたるだろう。

 もしかしたら、僕に言ったあの言葉の原因を知っているかもしれない。話さえできれば、何か教えてくれるかもしれない。


「緑川くん。話は変わるが、一つ聞いてもいいかな?」

「はい」


 友継さんは先ほどとは違い、僕を睨みつけるかのように強い視線になった。しかし、決してそれは敵意などの威圧的な視線ではなく、自分の気持ちに覚悟を決めるようなそんな強いものを感じた。


「綾は……。綾は、君を助けたときどうだったかな?」

「どう、だったですか?」

「あぁ、先ほども話した通りの子だ。困っている人がいればすぐにでも助けに入るような子だと思っていた。そして、今回、緑川くんを助けたわけだが、綾のその……。最後はどうだったかな?」


 友継さんは言葉を詰まらせながら話して、僕に綾さんのことを聞いてくる。それは、まるで綾さんが死んでしまったかのような質問の内容だった。でも、それもしょうがなかった。俺とは違い、綾さんはまともにトラックと衝突しており、未だ昏睡状態。俺は知らないだけで、もしかしたら、綾さんの命は残り少ないのかもしれない。だから、友継さんはこんな言葉を俺に投げかけて来たのだろう。

 そして、俺からの最後の綾さんについて知るために、今回俺と会ってくれたのだろう。

 そんな友継さんに対し、俺はしっかりと答える内容もあれば、答える義務もあった。でも、俺はそんな命の恩人のご両親に対して、嘘をつく。それは、よく言えば、優しい嘘。悪く言えば、ただの虚言だった。


「綾さんは真剣な表情でした。僕と、僕が助けようとした女の子だけを見て、まるで、トラックが来ていることに気づいていなかったかのようでした」

「そう、か……」

「っつ……」


 二人は思わず、目元をハンカチで拭い、流れ落ちてくる涙を止めていた。

 二人に本当のことを伏せたことに少しばかりの罪悪感はあった。しかし、もしも事実を語るならそれは綾さんが目を覚ましたとき。そして、その事実の理由は彼女の口から聞かなければいけないと思った。ここで、僕がその事実だけを言っても、二人は困惑するだろうし、何よりも、彼女のことを何も知らない僕にそんなことを言われても、信じてもらえるかも定かではない。

 そういった、考えが頭を駆け巡り、最終的に伏せるという選択肢になった。


「実は、綾はこれからどうなるのかわからないんだ」

「そうなんですか」


 魂の入ってない返事をする。ここで欲しいのは同情ではない。同意だと察する。


「だから、もしもの時に備えて、私たちも覚悟を決めようとしていたんだ。そういうこともあって、今日は緑川くんと会うことにしたんだ」


 友継さんが話す隣で真子さんは先ほどからハンカチが目元から離せなくなっていた。まだ、心の整理がついていないのだろう。ましてや、少し話を聞いただけでもわかるほど二人にとって彼女の存在が大きかったことはわかった。その大きな存在が消えるかもしれないのだから、無理もない。

 友継さん。いや、二人の覚悟を聞いて、俺も二人の覚悟に対し、自分の覚悟を告げる。


「僕の覚悟も話してもいいですか」

「あぁ、話してくれるかな?」

「僕は綾さんに救ってもらった命。なにか、するべきことがあるのだと思いました。お二人の話を聞いていてもわかったように、綾さんという一人の女性をしっかりと知りたいと思いました。園田綾さんという一人の人間を忘れないために」


 僕の言葉に遂に堪えていた涙を流しながら、友継さんは聞いてくれる。


「綾さんという一人の女性を、これから知っていってもいいでしょうか?」


 すぐに二人の返事はなかった。しかし、ゆっくりと友継さん。そして、涙ながらに真子さんも頷いてくれた。


「綾のことを、いつまでも忘れないでくれ……」

「はい。忘れません。きっと──」


 その言葉を最後に、友継さんたちとの談話は終了した。目元の赤さが残る二人に感謝の言葉と、別れの挨拶をし、病室を後にしようとした時、真子さんに呼び止められる。


「もし、よかったら連絡先を教えてくれないかしら? 何かあった時に連絡できるように」


 その真子さんの言葉もあり、連絡先を交換した。


「次会う時は、綾さんが起きた時ですかね」


 僕のそんな絵空事にも思える言葉に真子さんはふと笑う。


「えぇ、きっと」


 何もわからない今、俺たち生きている人間は希望にすがることしかできない。たとえそれが、微かな光だとしても。

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