巡り合わせ 第一部
目を開けるとそこには知らない天井が広がっていた。
なんてどこかの漫画で出て来たようなセリフを頭の中で巡らせながら周囲を見るとそこには一人の看護師の女性がいた。
「お目覚めになりましたか」
「は、はい」
「どこか、痛いところなどありますか?」
「いえ。特に」
そう言いながら、看護師の方は俺の顔というか頭をじっと見つめる。
「念のため、先生を呼んで来ますね」
「わかりました……」
看護師の人がいなくなり、すぐそばに広がる窓の外の景色を見ると世界は夕時を示すオレンジ色ではなく、綺麗な青空がただ広がるお昼時だった。時間は周りに時刻を表すものがなく確かな時間は確認できないが、俺が最後に思い出せるあのトラックに轢かれそうになった時間から行くばかりか時間は経っていたようだった。
改めて周囲を確認すると自分は病院服を着ていて、目の前には自分の横たわっていた大きなベッドに左はカーテンで仕切られ、右側は窓。正面には誰もいないベッドが一つ。そして先ほど看護師の人に凝視されていた頭を手で押さえると包帯が巻かれているのに気づく。
「病院か」
考えるまでもなく、俺がいる場所は病院で俺はおそらくあの時意識を失い、救急車でこの病院に運ばれたのだろう。そして、今の状態から意識を失っていたから、なにかしら頭に衝撃を受けていたからこうして処置を受けて、ここにいるのだろう。
「おはよう。というかもうこんにちはかな?」
するとそこに一人の男性医師が先ほどの看護師を連れながら来た。
その男性医師の挨拶に会釈で返事を返すと、男性医師は近くにあったパイプ椅子を取り、そこに座る。そして、カルテみたいなものとペンを取り出す。
「少し、質問するから答えてもらってもいいかな?」
「はい」
そこから行われたのは簡単な質疑応答だった。名前は? 何歳? 家はどこ? 家族構成は? などなど用は俺に記憶の欠如がないかの確認といったところだった。幸い俺は何一つ記憶の欠如はなく、滞りなく質疑応答は終了。
「よし。特に問題はないね」
男性医師は書いていたカルテを看護師に渡し、何かしら指示を出すと看護師だけが病室から退室していった。
「さて、何か聞きたいことはあるかね?」
「聞きたいことですか?」
「ほら、君にとっては気がついたらここにいたわけだろう? だから、何か気になっていることがあるんじゃないかって」
その通りだ。だから、俺は今一番気になっていることを聞く。
「僕を突き飛ばした女の子はどうなったんですか?」
俺の質問に男性医師はゆっくりと外の景色を見ながら答える。
「この病院に運ばれているよ」
「容体はどうなんですか?」
「君よりもひどい。今は昏睡状態で眠っているよ」
何も感じなかった。
目の前で誰かが深刻な状態だと申告されて。しかもその人物が一瞬ではあり、顔見知りであり、俺の場合命の恩人でもあったのに、何も感じない。
悲しくもないし、なんの罪のない人が亡くなったことへの悔しさもなかった。
だって、それだけの関係だったから。
俺の命の恩人で、その時見たあの女の子の顔は今でも思い出せるくらいにそれははっきり覚えていた。そして、最後の言葉も……
でも、彼女のことを何一つ知らない。名前も年上なのか年下なのか。どこで生まれてどこで生活しているのか。なんであそこにいたのか。あとは、なんで俺を救ってくれたのか。
俺はあの女の子の顔と俺を救ってくれた事実。そして、最後のあの言葉以外何も知らない。
「私のところに運ばれて来た時にはとてもひどい状態だった。事故の現場に到着した救急隊のおかげもあって、なんとか一命はとりとめている状態だよ」
「そうですか」
男性医師はそう悔しそうに、うつむきながら俺に話しかけてくる。
目の前の男性医師は果たしてその女の子が知っている人だったかは俺にとっては知らないことだが、それでも一人の医師として一つの命を救いきれていないことを悔いているのだろう。それをこうして救えた命である俺に話しかけてくることはつまり。
「私たちにも救える命と救えない命がある。だから、君は救われた命を大切にしてほしい」
きっとそんな言葉を言うと思った。
「はい」
きっと今ここで俺が「僕は死のうとしていた」なんていった日にはこの医師は怒るだろう。だから俺はおとなしく返事をする。
でも、俺は実際に死のうとしていてそれを邪魔されたわけだ。それが世間的に悪いことであれ、邪魔されたことは事実だ。ましてや、死のうとしていた人間が助かって一人の女の子が重体なのだ。結果的にみれば今の現実の方が悪い。
それこそ、今の医師の言葉を借りるなら、救われる命はあの俺を押した女の子であり、救われない命は俺だったはず。そう思うとこの世の理不尽さ。そして、無情さに思い知らされる。
“運が良かった”のだろうか。
俺が今回死ねなかったのは何かの運命なのだろうか。
何か俺にやるべきことがあるのだろうか。
まだなにかやることがある。
「そうだ、君たちが救ってくれた少女は特に大事はなかったよ……」
「あの……」
「ん?」
「僕を助けてくれた女の子の名前を聞いてもいいですか?」
『園田綾』
あの時、俺と話していた男性医師は後日そう教えてくれた。
個人情報であるため、先にご両親の方に聞いておきたいと言うことだったので、俺もその通りだと思い、男性医師が了承を取るのを待った。
そして、俺が退院する日に教えてくれた。その医師によると俺が知りたいと言っていることをその女の子のご両親に伝えると快く承諾してくれたらしい。「自分の娘が救った人がそう言っているのなら」と。幾分か俺に対する配慮が含まれていたにしろ、名前を教えてもらえたことは大きかった。それに、もし俺さえよければご両親が会いたいとまで言ってきたと男性医師の口から聞いた時は驚いた。仮にも俺は園田綾さんが事故にあった原因でもあったにも関わらず、そんな俺に彼女のご両親から会いたいだなんて。
もちろん、俺はぜひともお願いしますと男性医師に言って、また後日連絡するとのことだった。
遅かれ早かれ、どうにかして彼女、綾さんのご両親とはお会いしたかった。
なぜなら、俺が生きようと決めた目的だったから。
彼女が最後に残した言葉。
“ごめんなさい”
あの言葉の真意を自分の目で確かめない限り俺は死ねない。
そう、夜の空に向かって視線を向けながら、確信した。
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