第二話 ボロボロマシン猛レース① ~お祭り騒ぎ~

「おはようございますクリス様! さぁさあ明日は大事な二試合目……クリス様に悪役令嬢の道を邁進していただくために、不肖メリル今日は焼きそばパンを買ってきました! お納め下さい!」


 薄汚い上に日当たりが最悪で部屋というか物置そのもののであるクリスの部屋で、これまた四本足で自立しているのがやっとなベッドのシーツを剥がしてから焼きそばパンを差し出すメリル。


「……おはよ、あとありがと」


 重い瞼をこすりながら、一応謝辞を述べて受け取るクリス。何で朝から、何で焼きそばパンだなんて思いながらベッドから起き上がる。


 舞った埃がチラチラと輝いている。そのまま小さな出窓を開け、新鮮な空気を取り込めば。


「それにしても」

「なんですか?」


 聞こえてくるのは花火の音。騒々しい屋台の呼び込みに道行く生徒の笑い声。


「お祭り騒ぎとはこのことね」




 バトルロイヤルが開催され、もう一週間が過ぎていた。その間に学園は文字通りのお祭り騒ぎを続けていた。もはや学園祭とほぼ変わらない状況で、授業は行われず様々なクラスや部活が出店やらを出店していた。


 その中でも一番活気のある校庭を、二人は並んで歩いていく。


「クリス様! 次も無課金期待してます!」

「クリスティア様……次は釘ですか、毒ですか!」

「クリスティアーー! 君の勝利に三万かけてるから勝ってくれよー!」


 欠伸交じりのクリスが歩けば、道行く人に声をかけられた。この試合の出場者は得てして、そういう扱いを受けていた。


「はいはい、わかったわよ」

「ふふっ、すっかり人気者ですね。まぁわたしとしては? 当然の評価だと思いますけど?」

「どちらかというと見世物ね……サーカスの珍獣って気分だわ。それも餌がもらえない」


 もっともクリスはその扱いをあまり喜ばしく思っていなかった。何せ期待されるだけされて終わり、彼女の懐が暖められた事はない。


「クリス様! これうちのクラスで作ったクレープです良かったらど」

「よし来たっ!」


 事もない。今日に限って言えば。


 手渡された生クリームたっぷりのクレープに、つい目を輝かせ頬を緩めるクリス。


「いや本当、応援するなら飯をくれってのは至言ね。いっただっきま」


 そしていざ、かぶりつこうとしたその時。


「ダメですクリス様」


 全力でメリルに止められた。それはもう凄い力で。


「何が……?」

「毒が入ってるかもしれないじゃないですかっ……! いけません、そのようなものを口にしては!」


 むーっと頬を膨らませて、さらに力を込めるメリル。


「考えすぎよっ、むしろ私の腸内細菌は毒程度殺してみせるわ!」


 だが負けじとクリス、力を込めてかぶりつこうとする。


「その心意気は良いですけど……ダメですっ!」


 拮抗する二つの力、支店力点作用点。というわけで真ん中にあったクレープの行方は。




「あっ」




 放物線すら描かず地面に落下。物理現象の勝利であった。


「あーあ勿体ない……」


 物欲しそうな顔で地面を見つめるクリス。三秒ルールがあるじゃないと下らない事を考えていた矢先、一羽のカラスがそれをついばむ。


 そして、音もなく。


「嘘」




 ――糸の切れたように、死んだ。




「これでわかりましたね、どちらが正しいかって」

「そうね……悪いけどその通りだわ」


 自分の認識の甘さを恥じるクリス。どうやら食費が浮いてラッキーなどと浮かれている場合ではない。


「良いですかメリル様、この戦いは人を殺してでも勝ち抜きたい……勝ち抜かなきゃならないものなんです。トーナメントなんてとんでもない、これはまさしく生き残りを賭けたバトルロイヤルです」


 人差し指をぴんと立て、メリルが事実を口にする。少なくともこの戦いの本質を元主人以上に理解していた。


「流石に殺伐過ぎない?」

「それは」


 言葉を詰まらせるメリル。その先は、まだ。




「ああん!? アタシのお好み焼きに毒が入ってるだって!? 上等だオラ面貸せっ!」




 と、ここで一際大きな喧騒が二人の耳に入った。明らかにガラの悪い声につい振り向いてしまう二人。


「揉め事みたいですね」

「ま、あるでしょうねこれだけ騒がしいと」


 んん? とメリルが眉を細める。その声の主に彼女は見覚えがあったからだ。


「って何ぼーっとしてるんですか、偵察しますよ偵察! ほらあの人、あのお好み焼き売ってるの次の対戦相手ですよ」

「そうなの?」

「そうです! ヤンキー系悪役令嬢のショーコ・ナナハンさんですよぉ! もう、しっかりしてください!」


 それはクリスの明日の対戦相手だった。金髪ショートカット、と言えば聞こえはいいが毛先は黒くプリンのような風合いになっていた。背は少し低いものの、グリフォンの刺繍が縫われた赤いスカジャンは彼女のトレードマークである。


「でもこの毒入りクレープ」

「これはこうしてこう! そしてこう! シュウウウウト! 終わりです、行きますよ!」


 MOTTAINAI、そう言おうとした矢先に手早く処理をするメリル。その鮮やかな手際に思わず拍手をしてしまう。


「メリル、あなた有能ね」

「当たり前です、誰のメイドだったと思ってるんですか?」







 茂みに隠れ、お好み焼き屋の屋台を睨む二人。そこには胸倉を掴まれる男子生徒と、胸倉を掴むヤンキーがいた。あと別のヤンキーがもう一人。


「どうやらショーコさんとそのお仲間で出したお好み焼きに問題があったみたいですね。けれどわざわざ男子生徒を毒殺……? メリットがありませんね」

「ああん!? もっぺん言ってみろよオラァッ!」

「だ、だからこのお好み焼きは毒が入ってるじゃないか! じゃないと」


 考え込むメリル。


 彼女は計算した、この騒動のどこに戦略的な価値があるのかと。自ら評判を落とす、対戦相手を威圧するため? それともいつでもお前らなど殺せるぞというメッセージ? 頭を全力で回転させ、その筋道を探り続ける。


「メリットっていうか」


 たいしてぼけーっと状況を眺めるクリス。


 これまた地面に叩き落されたお好み焼きはカラスたちに食い荒らされていた。一匹たりとも死んでなどおらず、続々とお仲間が美味しくいただいている。


 というわけで毒などではなく。




「こんなにマズい訳ないじゃないか!!!」




「……ただのクレームのようだけど」

「ですね」


 ため息をつく二人。真剣に見入っていただけに、メリルの方が深かった事は言うまでもない。


「テメェぶっ殺すぞオラアッ! アタシの作ったお好み焼きがそんなに不味い訳ねーだろ! こっちはなぁ、真心こめてんだよ真心ぉよぉ!」

「よせっ、ショーコ」


 と、ここに止めに入るもう一人のヤンキー。


 背が高くショートカットの黒髪が良く似合う美人。といっても青いグリフォンのスカジャンを着て、制服のスカートは地面につくぐらい長く腰からは金属のチェーンをぶら下げている。


「姉御、けど……」

「わるいねお客さん、お代はいらないわ」


 姉御と呼ばれた彼女は小さくお辞儀し、作り笑いを客に投げる。


「はっ、はんっ! わかればいいんだよわかればよぉ!」


 安っぽい捨て台詞を残して立ち去る男子生徒に、肩を落とす二人のヤンキー。


「姉御ぉ……けどよぉ」

「わかってるよそんぐらい。今日稼いどかないと明日のガチャ代足りないんだろ? 手伝うってそれぐらい……何せ」


 ドンと胸を張って、一息。作りものじゃない、本物の笑顔を浮かべれば。


「アタイはあんたの……姉御だからねっ!」

「……押忍ッ!」


 なんてやり取りの後に、二人は並んでお好み焼きを焼き始める。


「さぁさぁどうだいヤンキー印のお好み焼きだよ! 安くてうまい、本当だぜぇーっ!」


 威勢のいい文句と共に、鉄板が景気の良い音を立て始めた。


「なんか、ただの茶番でしたね……行きましょうかクリス様、大した弱みは握れなさそうです」


 メリルは疲れていた。何か弱みがないかと目を凝らして見ていたというのに、見せられたのはヤンキーの友情物語である。


 妙な疲労感が押し寄せて今日の所は帰ろうと思って横を向いたのに。


「あれ、クリス様?」


 いない。そして顔を上げる。いた。


「オーッホッホッホッホッホッホ!」


 耳をつんざく高笑い、特に意味のない手の角度。その姿はまさしく。


「て、テメェは次の対戦相手の……貧乳令嬢!」

「オイこら」


 高笑い終了のお知らせ。どうやら出鼻をくじかれたらしい。


「おいおい嬢ちゃん、敵の本丸にカチコミして高笑いってのは……ずいぶん肝が据わってるねぇ」

「ふん、何を勘違いしているかと思えば……わからないの? あなた方はお店を出して、私はその前に立っているって意味を」


 メリルは思わず立ち上がる。


 そうだ、今こそ対戦相手を陥れる絶好の機会だと。ならば今こそ決戦の時、否盤外戦術の時。この時のために蓄えた知識今こそ放つ絶好の機会。


「ま、まさか」


 息を吸って、吐いて。クリスは悪役らしく不敵な笑みを浮かべてから。


「その毒入りと見間違うほどのお好み焼き……どうやらお代はいらないようね! なら、私が! 毒見してあげるわ!」


 よだれを垂らしていた。


「タダで!」


 あと腹の虫も鳴いた。


「クリス様ちょっと」


 止めに入るメリル、だがクリスは止まらない。


「タ」

「黙って!」


 語気の荒いメリルの言葉に、クリスの腹の虫が返事をした。

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