第一話 バトルロイヤル、開催⑤ ~戦いの後に~

「まさかあなた、ワタクシのトゥシューズに画鋲を仕込んでいたとわね……流石元祖系、やる事が古典的だわ」


 靴を脱いで画鋲を抜きながら、ゴリ美がそんな事を言う。


「まぁね、職員室に沢山あるからタダなのよ」

「ウホホッ、とんだ不良だこと」

「違うわ悪役令嬢よ」


 そう答えるとゴリ美は笑う。その人懐こい笑顔を見て、彼女に悪役は向いてないな、なんて呑気な事をクリスは思う。


「けれどよくわかったわね、ワタクシが一回戦の相手だって」

「は? わかる訳ないでしょそんなの……正直あんたが対戦相手で死ぬかと思ったわよ」

「ならどうしてワタクシの靴に……まさかあなた」


 ゴリ美が気づく。その言葉に返事をするほど野暮なクリスではない。




 昨日の夜中にメリルと二人で、学園にいる全ての悪役令嬢の靴に画鋲を仕込んだなんて事実を公表するのは、彼女にとってそういう類の物だった。




「勝ちなさいよ、クリスティア。あなたのこれからの戦いを全ジャングルの精霊たちが応援するわ」

「ジャングルも精霊も別に良いんだけど……ていうかあんた、いつからこの学園にいたわけ?」

「何あんた、そんな事も知ら」

『ちなみに負けたゴリ美選手は没シュートです! はいお疲れさまでした!』


 パカっと開くステージ、そのまま落下していくゴリ美。




「ないのぉぉぉぉぉぉ………………」




 消えたゴリ美。何だこれと呟くクリス。


「気にしてはいけません、クリス様」

「メリル……」


 戦いに疲れたクリスの肩に優しく手を乗せるメリル。いや気にしましょうよ目の前でゴリラが没シュートされたのよという疑問を挟ませる余地のない聖母のような笑顔を浮かべる。


「さて、次はどんな手を使いますか? 脅迫文ですか、関係者を誘拐ですか!? あ、私身代金を受け取る役やりたいです!」

「何でもいいけど、今はそうね……」


 二人並んでステージを降りていく。トーナメント表になど目もくれず、次の対戦相手など気にもせず。今はもういないゴリ美の笑顔だけが、妙に瞼に残っていたから。




「バナナが食べたい気分だわ」




 ため息交じりにそう呟いた。








 二回戦の準備で生じた隙間時間。ティーセットを囲むのは、王子とハリーとユースの三人。


「どうっすか王子? 一回戦の結果は、満足しました?」

「クリスティア……だったか。あの女が勝ったな」

「っすね。いやぁ画びょうとは……これまた古典的な手を使いましたね」


 嬉しそうに話すハリーに、ため息を返す王子。


「ゴリラを当て馬になどすれば、俺とユースは国中の笑い物だ。だからあの動物がさっさと脱落して良かったのだが」


 王子はハリーを睨みつける。このお調子者がクリスに肩入れしている事など気づいていた。


 そんな視線に気づかない程鈍感じゃない親友役だったが、相変わらずおどけてみせる。


「さーて、二回戦の実況もがんばらないとね。クリスちゃんの次の対戦相手はだれかなーっと」


 わざとらしく茶を飲み干し、そそくさと後にするハリー。残された王子とユース。恋人である二人が繰り出すはずの甘い会話は。


「飲むか? ユース」


 無かった。紅茶にすら手を付けず、虚空を見つめるだけのユース。


「ああ、わかってるさ……君の考えている事なんて」


 彼女は飲まない、飲めやしない。それを知っていてもなお、彼は。




「次の試合を……見たいのだろう?」



 呟いた。


 他でもない、彼女に向けて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る