体育祭

 ウチは写真とかで知っていたが実際に見る迫力は半端なかった。そろいのTシャツとか法被に身を包み、自分のクラスの観覧席は机を積み上げ仮設スタンドを作り上げていた。あれはクラスの机だけでは足りないはずだから、どこかから調達したんだろうが、驚かされる。そのままの姿で開会式もやるし、競技だって参加してくる。顔にペイントなんて珍しくもない。

 競技はどれも大盛り上がり。まあ、この辺は普段でもバカ騒ぎが日常の学校だから、体育祭ともなればリミッターも吹っ飛ぶぐらいと表現して良いと思う。とにかく凄い歓声で隣の人と話をするのも大変になる。

 プログラムは進み仮装行列になった。一年から始まったが、一組はコメディタッチだった。なかなか良く出来た掛け合いで。かなり受けていた。二組は坂元だった。戦国武者の鎧兜に身を包み、人が入った馬にまたがっていた。坂元の追っかけは多いので、黄色い声援が飛びまくっていた。

 三組は情報通り加納の女神様。ギリシャ風というより、ローマ風のコスチュームで出てきた。加納はとにかく追っかけが多くて、ゆっくり見たことがあんまりないけど、なるほど女神様のあだ名はダテやないのは良くわかる。明文館タイムズの、


『燦々と翳りなく輝く女神』


 こういう表現も決して大げさとは思えん。そりゃ、人気沸騰で追っかけが集団発生するやろ。場内もウットリって感じやもの。

 次は四組の小島。あちゃ、こりゃ、小島があれだけ嫌がったのが良くわかる。両肩剥きだし、背中もパックリの超ミニスカートやないの。四組はセクシー路線を狙ったってところみたいだ。小島も綺麗、いや小島の場合は魅力的って方が合ってるかも。それもセクシーと言うより可憐ってところかな。明文館タイムズは小島のことを、


『可憐に舞い踊る蝶』


 小島はホントは可憐じゃない。あれで陸上部のハイ・ジャンパーなんや。それも一年で県大会まで進むぐらい。だから引き締まった体なんやけど、見た目はひたすら可憐になるんよなぁ。加納とはタイプが違うけどタメ張る人気があるのはよくわかる。


「委員長、次はうちのクラスです」

「わかってる」

「例の演出、よろしくお願いします」

「うん、わかった」


 例の演出とは氷姫のイメージ。ウチも睨みまで使って反対したけど誰一人耳を貸してくれず押し切られてしまった、


『怖くて綺麗』


 これもウチを出すからには他にやりようが無い部分もあるのは確か。加納や小島のようにニコヤカに微笑みかけるなんて芸当はウチには出来へん。だから、やりたくなかったんだけど、ここまで来たらやらなしゃあないやんか。

 でもね、でもね、怖さの演出のためにひたすら睨んでくれは困惑した。そりゃ、そうすれば怖いとは思うけど、そんなことをすれば、あの人にも怖がられてしまうやないの。ウチがなりたいのは可愛い女。もう怖い女は卒業したいのに。でもウチは委員長、皆の期待を裏切れないし、悔しいけど笑われへん。


「次は一年五組の氷姫」


 行列の演出はウチが歩く途中に男が寄ってくるのだけど、ウチが右の掌を顎の下に付けて、ふっと吹きかけたら次々に凍ってしまうというもの。そのために黒子がスプレー抱えて付いて来ていて、


『シュー』


 こうやる段取り。そうしてとくに審査員席の前に来た時には、思いっきり睨んでくれって言われてる。開き直って睨み倒した。余程怖かったみたいで、演出と知っている男役でさえ震え上がってた。審査員席なんて真っ青状態だった。野次や歓声が出ている生徒席もウチが睨むと一瞬に静かになった。あれで良かったのか疑問も感じたけど、


「木村さん、すごい・・・」

「あれほど怖いとは・・・」


 怖いのを喜んでもらうのも変だけど、このクラスはうちの大事な居場所。恥しかったけどやりきった満足感は確かにあった。

 ただグランプリ争いは桁が違った。上級生たちはクラス総出で、一糸乱れぬパフォーマンスを展開していた。後で知ったのだが、文化祭が終わると体育祭の仮装行列の準備にすぐに取りかかるみたいで、夏休み明けからバタバタやり始めた一年とは練習量の差が歴然ってところ。

 蒸気機関車も出てきた。銀河鉄道999のパフォーマンスだったが、機関車が湯気を吹きながら走るのに驚かされた。メーテルとの別れのシーンを演出していたのだが、蒸気機関車の動力は圧縮空気を利用し、実際にピストンを動かしていた。そこまでやるかと思ったけど、そこまでやるのが明文館ってところで、ここがグランプリだった。

 学年優勝は三組がさらった。四組のセクシー路線はやっぱりちょっと失敗だったみたい。まあ、今のウチでは勝てへんと思っていたら、


「審査員特別賞に一年五組、木村由紀恵さん」


 選ばれた理由は体育祭の仮装行列史上、あれほど怖い演出は類を見ないだった。そんなものを表彰するなと思ったけど、クラスのみんなは大歓声だった。閉会式が終わった後は狂ったようにフォークダンス大会になった。それこそ日が暮れるまで。これも恒例らしいけど、オクラホマ・ミキサーであの人に巡り合えるのを期待して参加してた。ただ、相手の男性の反応がちょっと変。そしたらテルミが、


「木村さん、もう仮装行列終ってるから、目を元に戻してください」


 どうも仮装行列からずっと睨んでいたみたい。それと衣裳もそのままだったから、よほどみんな怖かったみたいだ。ああ、やっちゃったと思ったけど、これもきっと青春だよ。ただなんだけど、あの人の二人前でフォークダンスが終わったのだけは悔しかった。よほど悔しかったようでモモコが、


「委員長、目が、目が怖い」


 明日からは戻さないと。

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