第24話 厄災の神託

 向かってきた討伐軍を見事に撃退、ではなく壊滅まで追い詰めることには成功した。

 ただ人間にとっても、魔王である彰吾にとっても完全に予想外の結果になってしまった。


 なにせ彰吾の予定としては討伐軍の死傷者が二割~三割になるように攻撃して、ダメージを負ったドラゴンが逃げるのを追撃させて偽装ポイントに誘導する予定だった。

 しかし現実は半数以上の死者に無事な者は一割ほどと言う惨状であった。


「…どうしてこうなったんだろうな…不思議だ…」


 そんな現実を直視できなかった彰吾は自室のベットに寝転がりながら呆然としていた。偽装ポイントを確認させて保護したエルフ達の安全を確保して、ついでに追撃を更に損耗させ人間達をの軍を弱体化したうえで撤退させようと考えていたのだ。

 今後も考えた上での完璧だ!と自信をもって決行した作戦だった。


 それだけに予想外の失敗は彰吾としてもショックだった。


「はぁ…もういいや、寝よう…起きてから考えよう……」


 あまりの事態に考え込んでいた彰吾は色々億劫になって眠ってしまうのだった。

 と言うのも急遽改造したドラゴン人形の遠隔での指令の伝達や資格の共有機能、これは本当に急いで作ったために使用者への負荷が強く出るようになっていた。

 それでも彰吾は魔王としての強靭な肉体と元々の精神力の強さで使用することはできたが、負担であることに変わりはなく無自覚に限界近くまで疲れていたのだ。


 そして疲れて深く睡眠に入った彰吾が次に目を覚ましたのは三日も経過することになった。


―――――――――――――――――――――――――――


 限界を迎えた彰吾が眠りについてから一日が過ぎた昼頃、なんとか撤退することのできたルーシャスは蓄積した疲れやダメージを無視して謁見の間へと呼び出されていた。

 そこは玉座に座るのは艶めく白銀の髪を持つ見た目は少年のように若々しく、だが放つオーラは老齢の者特有の貫禄と権力者の持つ覇気を合わせ持った国王【レヴル・アルグリオ・クライドル】が居た。


「それで、件のドラゴンはどうだった?」


「はっ!その体は今まで戦った城や魔物などと比べても格別に硬く、吐くブレスは私の最大級の攻撃をも超える火力を持っておりました」


「なるほど、それほどまでの相手か…」


 実際に戦い敗れたルーシャスはの言葉を聞きレヴル国王は深刻に受け止めた。

 いかに新参の騎士団長とはいえ『王国最強』の名は伊達ではないことを国王が何より一番に理解していた。

 そんな人類を超越した強さを持つ人物が自分を超えると公言するほどの相手、これは前例のないほどの脅威の出現に他ならなかった。


 謁見の間に集まっていた重鎮達も近衛騎士の実力は十分に周知していたし、今回の討伐軍の戦力も普段通りの相手であれば余裕で勝ってドラゴンの素材を持ち帰れると確信していたほどだ。

 だが現実として討伐軍は全滅に近い状態で、自信をもって送り出した近衛騎士隊と団長のルーシャスも回復に時間を必要とするほどのダメージを負っていた。


 事態は完全に予想から斜めに逸れて最悪な結果となってしまって重鎮達の深刻に今後の手立てを考え始めていた

 しかし賢い者が居れば当然として愚か者も存在するのが人間という者で、重い空気が支配する中で笑う者がいた。


「ふっ…単純に自分が負けたことが受け止められないだけじゃないのですか?」


「はぁ…本気で言っておるのか『ファルラス枢機卿』?」


 レブル王から枢機卿と呼ばれた男はニヤリ…と嫌味な笑顔を浮かべていた。

 身に纏うのは高位聖職者を示す純白の法衣、だが聖職者とは思えぬほどに膨らんだ腹部と脂ぎった顔が合わさって笑顔の不気味さが増していた。


「もちろんですとも。確かにルーシャス団長殿は人類全体から見ても強者と言える人物でしょう。ですが、だからこそ純粋に実力で吐けたのではなく何かミスを犯して隠そうとしているのでは?と疑ってしまうのも仕方のない事ではないでしょうか?」


「…確かに近衛騎士団長は実力で選んでいる故に団体行動や書類仕事でミスをする者も多いのは事実だ」


「でしたら!」


「だがルーシャス団長は別だ。彼女には表にも出てもらう機会も多く、軍隊を指揮して戦う必要もあるので団長就任後に徹底的に専門教育を受けてもらっておる。これは周知の事実で少しでも情報を知ろうとすれば知れる情報であったが、どうやら貴殿はしなかったようだな…」


「なっ⁉」


 呆れたようにからるレヴル国王の言葉にファルラス枢機卿は顔を強張らせた。

 ファルラスは教会内での地位に固執するあまり他の情報に関しては欠片も興味を示すことがなく、そのせいで王国内の情報も重要人物である国王・宰相・各公爵家の物しか把握していなかったのだ。

 そんな怠慢が生んでしまった今回の失態は致命的だった。


「己の無知は後ほど公開するのだな。しばらく別室にて拘束しておけ」


「はっ‼」


「お、お待ちください!なにとz」ドスッ


 連れて行かれそうになり抵抗しようと騒ぎ出したファルラス枢機卿だったが、近衛騎士達が許すはずもなく一撃で意識を刈り取られて運び出されていった。

 これが見せしめともなって似たような考えだった者達も下手に発言することもできなくなり、真剣に今後の対策について会議ができると場が落ち着きそうになった時だった。


「し、失礼します!教会より火急の知らせです‼」


「…通せ」


 最初は拘束したファルラス枢機卿の事が伝わったのかと警戒したレヴル王だったが、さすがにありえない考えだ…と否定すると逆に知らせの内容に興味が出て通すように兵士へと伝えた。

 それから少し待つと合図の後に入ってきた人物を見て謁見の間は騒然とした。


「ほぉ…まさかドルトス教皇自ら来るとは思ってもいなかった」


「ほほほ!私としても本来なら来る気はなかったのですが、此度は我ら人類の危機に関する話ですので自ら動く必要があると思いましてな」


「人類の危機だと…?」


 そう聞いてレヴル王は会議の議題となっているドラゴンが一瞬頭をよぎったが、必死に浮かぶ考えを否定した。もし本当に人類の危機と関係がドラゴンにあるのならば、最悪の場合・・・きっかけを作ったのは自分達という事になり変えないからだ。

 認めることのできない考えを否定したくてレヴル王は目の前のドルトス教皇の言葉を待った。


「はい、神託が下ったのです。しかも私にだけではなく連絡関係のある他国の教会の最高位神官の全員が同一の神託を受けておりました」


「そんなバカな⁉」


「驚くのも無理はありません。ですが、事実なのです…」


 あまりに現実的ではない話にレヴル王は取り乱し、ドルトス教皇もどこか疲れたような様子で頷いて見せた。

 なにせ神託とは凶事などが近くで起きるときに神から受ける一種の警告に近い物が多く、大体が発生する近くにある大きな協会の最高位神官にのみ神託が下るのだ。


 しかし全世界で把握しきれる最高位神官が全員が神託を、それも完全に同一の神託を受けたという事は何の誇張もなく世界の危機という事に他ならなかった。


「して、内容は…」


「神託は『我が子達よ、大いなる魔の災いが訪れる。備えよ。されど絶望することはない、希望は汝たちの元へと来るであろう』とだけ…それ以降は何かにさえぎられるように途切れてしまい…」


「なんと…いうことだ。して、希望と言うのは?」


「わかりません。我らも模索中でして、なので我ら全教会から各国の王達に要請があるのです」


「…」


「どうか、災いの正体が判明するまでの間で構わないのです。人間同では争う事がないように願いたい!この通りでございます!」


「「「「「「っ⁉」」」」」」


 なんとドルトス教皇は自らの頭を地面へと付けて土下座までする勢いで王へと頼み込んだ。この行動に信者でもある貴族達は本当に動揺していた。

 地位のある人間はたとえ相手が目上の者であろうと簡単に頭を下げることなどできない。それを誰よりも身に染みて知っている貴族達は、教皇と言う世界でも有数の権力者が恥も何もかも捨て土下座していることに驚愕したのだ。


 そして同時に事態の深刻さを理解した。


「わかった。極力我が国は争わないと誓おう」


「ありがとうございます…」


 この状況で断ることなどできるはずがないと苦笑い浮かべながらレヴル王は困ったように頬を掻いた。

 その後はもはや会議を再開できるような状況ではなかったが、休憩と称して時間を挟むことで対策会議を続けることにしたのだ。もちろんと言うべきか、対策する相手はドラゴンから人類の危機へと内容は変わっていた。


 しかし正体も何もわかっていない状況でできる対策など多くはなく、漠然とした不安と恐怖心だけを残して会議は翌日も続くこととなった。









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