第25話 神託の裏側


 そして地上に神託が下されたのと同時刻、神界ではシルヴィアの目の前には黒い鎖で拘束されたアズリスが座らされて居た。


「はぁ…あなた、何をしたのか理解しているのよね?」


「もちろんしています」


 覚悟の決まった目をしているアズリスに対してシルヴィアは再度溜息が漏れそうになったが、何とか堪えて悩ましそうに頭を抱えた。


「…まったく、貴方の信者に対する執着は理解しているつもりだったのだけれど、ここまでだったとはね~」


「……」


「大切にすることは前も言ったように否定はしないわ。でも、最低限のルールは守るべきでしょう?」


「あなたに言われたくはないですよ‼最初に私に内緒で計画を勝手に変えたくせに⁉」


 子供に説教するようにやさしい口調でシルヴィアに対して、我慢の限界を迎えたようにアズリスは拘束されたまま怒鳴り返していた。ただ、どんなに大きな声を出そうとも拘束されているアズリスからは神としての力を一切感じなかった。


「そのことについては散々説明したはずよ。なのに貴方は聞く耳を持たず、私や他の神々に無断で神託下した」


「それは…でも、神託を信者に下すことは神々が自由にしていいことになっているじゃない」


「確かに神託するだけなら問題はなかったのよ。それは自分がよくわかっているでしょう?」


「っ…」


 確認するようにシルヴィアが言うとアズリスは何も言い返すこともできず悔しそうに唇を噛み締めていた。

 その姿を少し哀れに思いながらもシルヴィアは慰めるような言葉ではなく、本当に残念そうに眼を伏せた。


「せめて私のように他の神々に根回しをしてからなら、問題は最小限にできたでしょうにね~」


「そんなことしたらバレてしまうじゃないですか。気が付いたら絶対にあなたは邪魔したはずです」


「まぁ…確かに否定はしないわよ?すでに一度転生はしてしまっているわけだからね。神界のルールとして【1つの世界に召喚・転生は一度行えば、次は最低200年は期間を開ける事】忘れたわけではないわよね~?」


 どこかバカにしたようにも聞こえる言い方のシルヴィアだが、その浮かべている表情は何処までも真剣で神としての圧すら放っていた。

 ここまで本気のシルヴィアを見た経験のなかったアズリスは徐々に自分のやったことの重大さを認識し始めていた。


「…忘れてはいません」


「なら守りなさいよ。普段の真面目ちゃんが、本当にどうしちゃったのかしらね…」


 心の底から残念そうにシルヴィアは言うと悲し気に目を閉じた。

 しばらく誰も喋らない微妙な沈黙の時間が続くと何もなかった空間がひび割れ、そこから数体の黒い影が現れた。


「いよぅ~なんか辛気臭いところ悪いが…時間だ」


 そして最後に出てきたのはボロボロのローブを身に纏い、髪は無造作にボサボサで不潔な外見をしていたが顔は神秘的なほどに整っている男だった。

 急に現れた男は不気味な黒い影を従えて拘束されているアズリスの前へと進み出て、しゃがみ込むようにして顔を覗き込んだ。


「たくよぉ~バカなことしたなぁ」


「…うるさいんですよ。確かにルールを破ってしまったかもしれませんが、それでも私は後悔はしてませんよ」


「あぁ~そうかいぃ。だがよぉ、そんな話が通じるほど優しくもねぇ~のは知ってるだろうぅ?」


「っ」


 独特な言い回しの男の言葉にアズリスは悔しそうに唇を噛み締め、なにかを諦めたように目を伏せて項垂れた。

 その様子を見て満足そうに頷いた男は今度はシルヴィアの方へと振り向いて笑みを浮かべた。


「さてぇ~それで、もう別れはいいかぁ?」


「問題ないです。今回は苦労をかけて悪いわねグロイヤ」


「もんだいねぇ~よ。これが俺の仕事だからなぁ」


「ふふっ相変わらずのようで安心したわ」


「俺ら神は基本的に不変だろぉ?そこのがいい例だぁ~」


「確かにそうだったわね…」


 グロイヤと呼んだ男がからかうようにニヤニヤと笑みを浮かべながら言うとシルヴィアも否定することはできなかった。

 なにせアズリスに対してはシルヴィアを含め何柱もの神々が何度となく言い聞かせてきたのだ。


『信者を大切にしすぎてはいけない』『人間に近寄りすぎてはいけない』

『寄り添うのと、信頼は別だ』『優しくするだけが愛ではない』


 と、何十年何百年と言う歳月を重ねて言い含められて上での今回の神託騒ぎ、なによりも最大にして最悪の事をやってしまいシルヴィアすら庇えなくなったからこその現状なのだ。


「まぁ~消滅刑じゃなかっただけ運がよかったって思うんだなぁ」


「…確かにそうですね。本来なら消滅でもおかしくはなかった」


 神界で最も重い神への罰則が『消滅刑』と言う、文字通りの人間でいうところの死刑だ。

 ただ神には死と言う概念そのものがなく、ゆえに消すときは存在そのものを消滅させる必要があるためよほどのルール破りでもしなければ誰も実行に移そうとはしない刑だった。


 しかし今回のアズリスは消滅刑を求められるほどに一部の神を激怒させてしまっていた。

 なにせ…


「さすがに無断での他世界の住人を召喚したのは不味かったなぁ~」


「っ…」


 そう『無断での他の神の管理する世界からの召喚』を独断で実行してしまったのだ。

 本来は他世界からの召喚・転生には世界を管理する神と交渉し、更に自分たちの管理する神々で話し合って召喚する物の立場や能力に頼む使命などを決めてから行う必要というルールが存在した。


 このルールは何の規則もない時に好き勝手に召喚や転生をする者が出てきてしまったために、緊急的に必要に駆られて作られたルールだった。なにせ勝手に召喚や転生された世界では人口が極限に減ってしまい滅亡の危機にまで陥ってしまったのだ。

 さすがに他人事では済まされない事態に基本的には相互不干渉の神々も重い腰を上げざるを得なかった。


 そんな事もあったうえで作られたルールを、今回アズリスが破ってしまったことでかつて滅びかけた世界の神々やルール作りに奔走した神々、なにより無断で召喚された世界の神々がガチギレしてしまったという事だった。


「さすがに、あのレベルの神が怒ると俺も消滅しそうで怖かったぜぇ~」


「私もですよ…」


 グロイヤとシルヴィアは立場は違えど立場的にアズリスの処遇に関する話し合いに参加していたのだが、本気の怒りに満ちた神々の迫力は同じ神の2人をしても命の危機を感じるほどの怒気の充満していたのだ。

 その時の事を思い出して2人は冷や汗を浮かべていた。


「まぁ~せいぜい感謝するんだなぁ。自分の幸運と説得してくれたシルヴィアを始め、この世界の神共になぁ」


「……」


「無視かよぉ…きにはしないがよぉ、とにかく、俺は仕事を片付けさせてもらうとするからなぁ」


「えぇ、よろしくお願いするわ…」


 しばらく話していたが時間も無くなってきたことでグロイヤは自身の仕事へと移ることにした。

 もちろんグロイヤの仕事とアズリスの今後を知っているシルヴィアは少し悲しそうな表情を浮かべていたが、一度決まった決定に反対することはできない事もわかっていた。

 なによりもだけは免れた事を知っていた。


「じゃぁ、少しめんどくさいが転生の女神アズリス。お前に対しての神界の決定を伝えるぅ」


「っ!」


「『封神の刑:500年および300年の監獄界への収監とする』以上だぁ。よかったな~?さすがに滅神は過剰ってことで拒否されたからなぁ」


「そうですね。確かに、やったことに対して罰は軽い結果にはなりました。でも…よかったとは思いませんよ」


 少しおどけたようにしながら決まった判決を伝えたグロイヤに対し、アズリスは毅然と睨み返すような視線を向けて答えた。ちなみに滅神は文字通りに『存在を消滅させる』つまりは人間でいうところの死刑を意味していた。

 つまりは名無くて済む結果になったというのにアズリスは決して幸運だとは思っていなかったという事だった。


 普通なら疑問に思うようなアズリスの態度にグロイヤは楽しそうに笑みを浮かべた。


「やっぱりバカではなかったみたいだねぇ」


「…バカなことをした自覚はありますよ」


「なら、今回の罰がどういう意味を持つのかも、わかっているよねぇ?」


 意地の悪い笑みを浮かべたグロイヤの確認にアズリスは不快そうに眉間に皺を寄せるが、反抗できるような状況でもないので素直に答えた。


「神として助ける力を奪い、自分の信者達が今後どうなるのかを手遅れになるまで見守れ…と言ったところですか?」


「ははは!正解だぁ~」


「本当に悪趣味ですね…」


「俺に言われてもなぁ。決めたのは今回の被害にあった世界の神々だからな~」


「っ…何も言えないじゃないですか」


「ちゃんと理解しているようで何よりだぁ~それじゃ、連れていけぇ」


 話が終わるとグロイヤは今まで完全に放置されていた黒い影達が動き出し、アズリスを拘束しているのと同じ黒い鎖がそれぞれから放たれた。


「うっ⁉」


 その鎖は神の力を封じる力を持っている特別な物で全身を拘束されたアズリスは完全に力を封じられ、足元に開いた黒い地獄への入り口のようなものに飲まれていった。

 痛ましい表情でシルヴィアは完全にアズリスの姿が見えなくなるまでずっと見送るのだった。


「………」


 今回の事でこうなるとはわかっていても死と転生と関係性の深い概念をつかさどっていただけに、付き合いのながかったシルヴィアとアズリスは喧嘩することがあっても中は比較的良好だった。

 もちろん非がアズリスにあることはわかっていたが、それでも悲しくないわけはなかった。


 この痛いほど悲しい沈黙にグロイヤは連行の命令を下しだけに本当に気まずく感じていた。


「あぁ……俺が言えた立場ではないけどよぉ。気にしすぎるなよぉ?」


「えぇ、わかっているわ。永遠の別れでもないし…それでも少し考えもするわけよ。私がもう少し話し合っていたら…ってね?」


 そう言ってシルヴィアは悲し気な笑みを浮かべた。

 この件が起こってから本当にずっとシルヴィアが考えている事だった。

 なにせ問題の根本的な原因はアズリスに無断で元々の計画を大幅に変更した事にあり、もしちゃんと話し合いの場を設けていたらなにが変わっていたのではないのか?と言う考えがどうしても考えずにいられなかった。


 ただ場の空気を換えたかっただけのグロイヤにとっては更に重い空気になってしまい、本当にどう対処したらいいのか余計に困ることになってしまうのだった。

 しばらくはぎこちない空気が続いたが、なんとか気を持ち直したのを確認してグロイヤは他の仕事を処理しに向かって、残されたシルヴィアは少し黄昏てから彰吾の観察へと戻るのだった。




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