第23話 ドラゴン人形VS討伐軍《後編》


 地上部隊の援護攻撃でドラゴンの視界は爆炎で完全に塞がれていて、その間にルーシャスを先頭に近衛騎士たちは無防備な胴体部分へと攻撃を仕掛けに動いていた。


 誰よりも先に飛び出していたルーシャスは抜いた細身の剣を手に油断も驕りもなく真剣にドラゴンを見つめていた。


「まずは防御を崩す『ウィンド・エンチャント』」


 攻撃の前に風属性の付加をして剣の貫通力を強化、更に魔力の流れやすいミスリルの力を最大限引き出すために魔力も限界まで込めていた。

 そして極限まで高まった魔力は青い光を放ち、風のエンチャントと混ざり合い青い風となって剣に纏っていた。


『蒼乱一閃』


 ルーシャスが短く呟くと剣には魔力とは別の光が一瞬煌めき、気が付いた時にはドラゴンの胴体に見て分かるほどの傷が付いていた。

 しかし自分の付けた傷を見たルーシャスは不服そうに眉間に皺を寄せた。


「浅いか…」


 確かに傷を付けることはできたが想定よりも浅く、すら出ていなかった。そのことにルーシャスわずかに悔しそうに顔を歪めた。


 だが、すでに攻撃を仕掛けた以上は引くという選択肢もなく後続の近衛騎士達も攻撃を仕掛けていった。

 全員の刀身が緑に輝きルーシャス同様に魔法が付与されていて、前後左右から囲むように一斉に胴体に突き刺した。


 ルーシャスとは違ってスキルは使用していなかったが魔力を流して強度を上げて、更に風属性の付与で貫通力を強化した刃は下手な槍よりも高い貫通力をもってドラゴンの胴体へと刺さっていた。

 刺さってはいたが剣の先端が本当に少し入っているだけで、これも大きな傷とはいえなかった。


「手を緩めず波状攻撃を続けよ!各自、。我らの力を見せてやれ」


 自分達の力に自身のあった近衛騎士達は想像以上に高いドラゴンの防御力を前に動揺していたが、一人冷静だったルーシャスだけが冷静に指示を聞いて正気を取り戻した。


「「「「「「っ!了解‼」」」」」


「私も全力攻撃の準備を始める。一応相図はするが、遅れた場合は容赦なく巻き込む…悪く思うな」


「「「「「「わかっております!」」」」」

 

 無慈悲にも聞こえる言葉に近衛騎士達は気にすることなく笑顔で答えて見せた。

 なぜなら近衛騎士隊の隊長各は文字通り、別格の強さを持った者達のみが付くことの許される地位なのだ。

 ゆえに線上に団長が出た線上での味方側の被害者は大半が巻き込まれた者達だというほどだ。


 だからこそ近衛騎士とは団長達の攻撃に対して回避、あるいは巻き込まれても五体満足で生き抜ける者が選ばれるようになっている。

 それだからこそ近衛騎士達は巻き込まれるような攻撃にも慣れているし、このような自分達の攻撃が通じ難い敵には団長達の大技までの時間を稼ぐことも団員達の仕事の一つでもあった。


 そしてやる事さ決まってしまえば近衛騎士達に迷いはない。

 各人が自己判断で必要な時に必要な行動をして見事な連携で空中戦を開始したのだ。


 1人がドラゴンの背後に回り込んで小規模な竜巻のような魔法を使って攻撃すると、攻撃している者が狙われないように別の者が危険を承知で顔付近へと近寄って視線を誘導するようにヒット&アウェイを繰り返して自分に注意を引き付けた。

 他にも時折ドラゴンが尻尾や腕に羽などを振り回して攻撃を仕掛けてくると、数人がかりで拘束系の結界魔法を使用して阻害して時間を稼ぐことに集中していた。


 だが、妨害とはいっても一瞬動きを止められる程度だった。

 本来なら中型のドラゴンであろうとも10分は止められるはずの結界がこのありさまで、下で戦いを見守っていた討伐軍には動揺が広がっていた。


 対照的に上空で戦っている近衛騎士達は今回のドラゴンが通常の個体とは違うと認識していたので動揺は少なく、結果的にわずかとはいえ隙ができるのを防ぐことができた。


 なにより傷を負っても下から回復魔法が飛んできて近衛騎士達を治し、更に強化魔法までが何十人という規模で一人に対して集中的に施されていた。

 素の状態でもドラゴン相手に掠り傷などの軽傷を負う程度の近衛騎士達が強化されたことで隙はよりなくなり、通常攻撃でも軽症だがドラゴンへと確実に傷を増やしていった。


 しかし今戦っている近衛騎士たちの目的は倒すことではなく、あくまでも団長のルーシャスが全力の技を放てるようになるまでの時間稼ぎという事だ。


「あと少し頑張りなさい!」


「「「「「「了解!」」」」」


 魔力を極限まで自身の剣へと収束させているルーシャスは体力が消耗し始めている近衛騎達へ檄を飛ばす。

 これに士気を高めた近衛騎士達は動きの切れが増して、より洗練された連携でドラゴンの動きを封じにかかった。


 そんな人間達の変化にもドラゴン、ではなく感覚を繋いで城で寝ながら見ていた彰吾は集中している魔力に少し興味を持っていた。

 本来なら発動前に潰すこともできたのだが、今回は彰吾の目的も『適度に攻撃して、適度に負ける』という事なので都合がよかった。


 ただ何もしないで大技を受けるのも不自然だと思った彰吾は少しだけ本気で反撃するように命令を出した。


 あくまでも攻撃をするように指示したのだ。

 目標は大技を用意しているルーシャスの横を通って地上の部隊に向かうよう、偶然狙いがそれてしまったかのようにして少し討伐軍を減らす意味での攻撃だった。本当にそれだけのつもりだった…


 指示を受けてドラゴン人形は迅速に行動に移し、魔力を口元へと集中させてブレスの準備へと入った。


「っ⁉絶対に撃たせるな!!」


 急激に集まりだした魔力を見てルーシャスは技の準備を途中で止めて全体に響くように大声で叫んだ。


 魔力に敏感だった他の近衛騎士達も声を聞く前に各自の判断で行動を開始していた。

 いままでは地上部隊に被害の出ない規模の攻撃手段に収まるように加減していたのだが、今回のドラゴンの攻撃には地上部隊への配慮をしている余裕を奪うほどの威力を感じさせた。


『シルフィード・ブラスト!』


 共通して使われたそれは風の精霊の力を利用して発動された極大の風魔法。

 巨大な空気の砲弾はドラゴンに激突すると凄まじい衝撃波が周囲へと解き放たれ、直撃していないはずの地上の樹木の数本が圧し折れているほどだった。

 更に同じ魔法が何度となく放たれた…が、ドラゴンは掠り傷程度の小さな傷が増えだけで気にした様子もなく口元へと魔力を集め続けていた。


 その光景にも諦めることなく近衛騎士達は最低でも方向を変えさせようと自信の持ちうる限りの攻撃を続けた。



 そして上空で近衛騎士達が奮闘するのと同じ…いや、それ以上に地上部隊は修羅場と化していた。


「広域結界解除!局所結界に変更して攻撃に備えろ!なんとしてでも食い止めるんだ⁉」


「支援魔法は上空の近衛騎士の方々を最優先!今は攻撃をなによりも上げて、少しでも攻撃を逸らす手伝いをするんだ‼」


「歩兵隊は狭まった結界の範囲に収まるように隊列変更急げ‼」


「大盾隊!もし結界が破られてもいいようにスキルの発動準備を怠るな!最後の守護は我らだぞ‼」


 各部隊事に隊長各達が大きな声で指示を飛ばし、それに従った大勢の人間が以後くので下は混乱状態になりつつあったのだ。

 何より問題だったのは正規の兵隊ではない傭兵や冒険者などの、雇われたか志願してきた者達だった。


 命令系統の把握もまだ甘く、なによりも金で雇われてきただけの者は生き残ることを最優先に考えるので逃げようとするものが続出してしまったのだ。

 更には志願兵の中にも現実と理想の違いに耐え切れなくなってか、力なく項垂れて諦めてしまうものまで現れてしまっていた。


 そのために士気は放置していても徐々に下がってしまい隊長各と冒険者や傭兵達の間に溝すら生まれ始め、もはや一つの軍隊としては機能していない箇所すらあった。

 通常時ならばさして気にすることなく時間を掛けて交流をもって解決する方法もあったが、現実はそううまくは回っていないという事だ。


 こうして色々な要因が重なった結果、軍として行動できない地上部隊を完全に放置して上空ではついにドラゴンとルーシャスの両者の準備が終わろうとしていた。


「全員離れなさい!」


 先に準備の完了したルーシャスが手元で青く輝く剣を両手で押さえながら叫んだ。

 その声が聞こえると攻撃していた者も含めて近衛騎士は一人残らず一斉に全力で距離を取った。


 全員が十分に離れたかどうかも確認することなくルーシャスは、顔に大粒の汗を浮かべながら剣を大きく振りかぶった。


「っ!」『テンペスト・スカイロード‼』


 青く輝く剣は振り下ろされると制御から解放された風の力が方向を定められて解放された姿だった。

 それは横に伸びる青い一つの線のように見えた。

 しかし実際は圧縮に圧縮を重ねたハリケーンや竜巻のようなもので、触れた物は問答無用に削られ吹き飛ばされてしまうのだ。


 この技で敵国の砦を1人で落としたからこそルーシャスは近衛騎士団長になることができた。なにより、今回のような硬い魔物にも有効な一撃必殺の技として使用できるのは、この世界の人類としては最高に重要な力と認識されたのだ。


 ゆえに技を出せば決着がつくことに慣れていた地上部隊に致命的な隙を生んでしまう事になった。


 周囲の雲すらも吹き飛ばして進んだ青い風の刃はだらゴンに当たるともの凄い火花を散らせ、周囲は今までとは比べ物にならないほどの衝撃波に襲われることになった。

 それこそ地上の森は一部が完全に更地と化してしまって災害にでもあった様相になっていた。


 少数の移動の遅れた地上部隊が巻き込まれて木の下敷きなどになっているようだったが、ルーシャスは気にする余裕もなく目を細めて今度こそ戦慄していた。

 なにせ放てばほぼ勝ちが決まり、当たれば必勝の技を放ち当てたのだ…なのに目の前には大きな傷を負ってはいるが悠々と空に浮かぶドラゴンが居たのだ。


 しかも口にため込まれた魔力はもはや目に見えて分かる強い光を放っていた。


「はぁ…はぁ…に…げろ…」


 気力も体力も魔力までも使った最大に技で倒せなかったことにショックを受けたルーシャスだったが、乱れた息を整えることもなく何とか部下たちに逃げるように伝えようと必死に声を出していた。

 それでも力をろくに入れることもできないような状況で発した声が混乱している者達に届くはずもなく、最悪にして最低の瞬間が訪れた。



 臨海まで溜まった魔力をドラゴンは地上の部隊目掛けて解放した。

 それは光の滝のように地上へと落ちていき、飲まれた人は跡形もなく消え去った。

 時間にして3秒ほどの短いブレス、だが被害は一万以上いた分の約半数が消え去り、三割が動けぬ重症、残りの二割は軽症で済んで幸運だった者達だ。


 そんな余りの惨状に気力を使い果たしたルーシャス限界を超えたのか上空で力を失い落下して、近くにいた他の近衛騎士達によって受け止められていた。


「………総員、退却…王都に救援要請を…」


「くっ…了解…しました…」


 最後に意識を失う前に何とか声を絞り出して命令を出すと、今度こそ本当にルーシャスは気絶した。命令を聞いた近衛騎士は悔しそうにしながらも生き残りを集め、迅速に撤退するのだった。



 そんな人間達の上空を傷ついた体で旋回していたドラゴン人形もゆっくりと魔王城の方へと飛び去って行き、結局は初めての彰吾と人間の戦いは『彰吾側の大勝利(予定外)』となった。

 ちなみに戦況を改良までしてリアルタイムで見ていた彰吾は数日頭を抱えることになったが…ある意味で自業自得であった。


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