第20話 討伐軍


 そして時間は戻って彰吾がドラゴン人形から情報を得ていたのと同時刻、昨晩にドラゴン人形に壊滅された辺境の街ではようやく落ち着きを取り戻していた。

 ただ主要な施設はギルドや教会は崩壊、城壁の近くにあった兵の駐屯所も巻き込まれるようにして崩れていた。


 そのため現在は仮設の会議場として町で一番大きな酒場を貸し切って使用していた。


「今回の具体的な被害状況はわかっているか?」


「はっ!外壁の約半分が崩壊、領主様の屋敷・アールイ教会・冒険者ギルド支部は完全に崩壊。他にも住民達の混乱もあって倒壊した建物が多数存在します」


「人的被害につきましては現在調査中ですが、一部暴徒となった者達の事もあり被害は相当なものになるかと…」


「わかった。引き続き調査を続行しろ」


「了解しました!」


 酒場の上座に座っているのは服の上からでも明かるほどの発達した肉体を持つ男だった。身に着けているのは何かの革で作られた革鎧で髪は燃えるように赤くボサボサ、だがだらしなくは見えず目には歴戦の戦士を思わせる圧が宿っていた。

 彼の指示に従って報告をした兵士は調査再開するために酒場を後にした。

 そして残された男は深刻そうに息を漏らすした。


「はぁ…予想以上の被害だ」


「それは最初からわかっていた事でしょう。なにせ領主様と神父様のお2人がなくなってしまったのですから」


「んなことはわかってるんだよ!」


 思わず声を荒げて机を殴ってしまった彼だが会議のために集まった面々は誰も怒ったりはしなかった。何故なら気持ちとしては全員同じだからだ。

 昨晩の襲撃で破壊された領主の屋敷・教会・冒険者ギルド支部の三か所は確かに重要な場所ではあったが、それ以上に不幸だったのが二か所に街の代表ともいえる2人が居たことだ。


 本来ドラゴンの襲撃であっても防壁や結界もあり、防衛兵器なども準備されているこの街なら問題がなく避難の必要はなかった。

 しかし今回の相手は結界を砕き、防壁を破壊して無傷で街の上空までやってくる文字通りの怪物だった。その怪物は街の上空から攻撃を一切気にすることなく未知の魔法で破壊していったのだ。


 結界や防壁に魔法兵などで街の防御は完璧で、そう思っているからこそ領主や神父という街でも有力者の2人も起きてはいても避難することなく、屋敷や教会から指示を出そうと留まってしまい魔法の直撃で死んでしまった。

 本来ならギルド長も被害を受けていたのだが、結界が破られた段階で建物から完全武装で飛び出して迎撃に向かっていたために無事だったのだ。


 それだけに今回の件で一番自分を責めているのもギルド張本人である男『ガラルド・ストライク』だった。


「クソッ!それで騎士団や神官達の様子はどうだ」


「全体的には落ち着いている感じです。騎士団は騎士団長の『アルフィス・グランデール』様が率先して統括しているので大きな問題は起こっていません」


「神官達も指揮する者こそいませんが、各々が怪我人の治療に従事してくれています。おかげで全体的には重傷者は当初の3分の2ほどまで減っています」


「ならよかった。冒険者達もランクにかかわらず全員が瓦礫の撤去に従事してくれている。他にも外壁の壊れた所から魔物が入ってこないように周囲で殲滅に入っている」


「おぉー-!それは本当に助かります」


 ガラルドの言葉に嬉しそうに声を上げたのは街で一番の商人という事で会議に参加している者だった。別に国内から見れば一都市の商家にすぎないが、緊急事態で物資や資金の管理をするうえで必要な人材という事で呼ばれていた。

 他にも住人達の代表として来ていた老人も嬉しそうにしていた。


 なにせこの世界での城壁は敵国の進行を防ぐのはもちろんだが一番の目的は『魔物に対する防衛』なのだ。そのため城壁には魔物素材が練りこまれ通常の石材ではありえない強度を誇っている。

 ただ今回はその城壁が崩されているため外からの魔物の侵入は命にかかわる問題だった。


 それだけに冒険者達が外の魔物を間引いてくれているというのは戦えない者達にとって本当にありがたいことなのだ。

 しかし喜んでいる者達とは反対にガラルドの表情はどこか苦し気だった。


「喜んでいるところ悪いが、魔物狩りがどこまで続けられるかも不明だ。現在滞在してくれている者達も、内心ではいつまたドラゴンが襲ってくるんじゃないのか?と怯えている。すでに何組かの冒険者達は別の街へと出て行ってしまった…」


「それは仕方ありませんよ。正直、私達もできることなら別の街に避難したいですが、見捨てるわけにもいきませんし」


「他にも、単純にで逃げるだけの余裕がないから残っているという者は多いですからね…」


「こればっかりはどうしようもない問題ではではあるのだろうがな…」


 あまりにも酷すぎる現状にまたしても会議の場の空気は暗く落ち込んでしまった。

 そんな中でも思案顔で何か打開策がないかと会議は延々と続き、日暮れ近くに差し掛かった時に街の中を巡回していた騎士の一人が駆け込んできた。


「し、失礼します!緊急の要件で皆様にご報告に参りました‼」


「なんだ⁉なにがあった!」


 急に息を乱しながら駆け込んできた騎士の様子に『またドラゴンが来たのか⁉』と会議参加者達の間に不安がよぎる。そんな中で問い返したのは比較的冷静だったガラルドだった。


「何があったのか、落ち着いて話せ。そうじゃねぇと動きようがないからな」


「は、はいっ」


 冷静に落ち着いた声でガラルドが言うと騎士は静かに息を整えて、ここまで急いできた理由を説明し始めた。


「王都の方向より近衛騎士10名に加え、およそ1万の軍勢が向かってきています。先ぶれとしてきた使者の話によると、逃げた者達の話を聞き緊急性が高いとして討伐軍を転送してくれたそうです!」


「「「「おぉ――――――ッ‼」」」」


 報告を耳にした会議参加者達は全員が今度こそ本当の意味で喜びの声を上げた。

 なにせ今聞いた話が事実だとするなら、本当の意味で街は安全が確保されたという事になるという確信があったからだ。それだけの実績が近衛騎士達には存在した。


 曰く、街1つを滅ぼしたアンデットの王を数名で倒した。

 曰く、数千年生きた竜を討伐した。

 曰く、亜人の国を一つの部隊のみで2国滅ぼした。


 他にも数多の偉業についての話が国内には広がっていて、しかも話の半分以上が事実だと証明する痕跡が発見されているのだ。

 だからこそ怯えて復興作業に集中するしかなかった状況で、ようやく明確に見えた希望に喜んでしまうのは仕方ないことだった。


 しかし1人だけ冷静にガラルドだけが深く考え込んでいた。


「……」


「ガラルドさん?何か気になることがあるんですか?」


「あぁ…いままで近衛騎士たちが相手してきたのも怪物なのは間違いない。だが今回の相手は街の『守護結界』を破壊できるほどの化物と戦ったことはあるのだろうかと思ってな…」


「それは…」


「いや、気にしないでくれ。俺も少し神経質になっているだけだ」


 自分の発言を聞いて周囲が静まり返っていることに気が付いてガラルドは自虐的な笑みを浮かべて誤魔化した。それでも話を聞いてしまった者達の胸の中には確実に不安の種が生まれてしまった。

 だからと言って来ている近衛騎士達に忠告するなんてこともできなかった。

 何故なら、絶対的強者と知られる近衛騎士の強さに疑いを持つのは不敬罪で速死罪だからだ。


 それゆえに今回の話は誰一人外部で漏らすことなく終わった。

 この後に会議を続けるような空気でもなくなってしまい解散となり、一応生き残りの代表としてガラルドが騎士団長を呼んで一緒に近衛騎士団に挨拶するために向かった。


 そして街の崩壊していないほうの外壁にある入り口でガラルドと騎士団団長の『アルフィス・グランデール』は立っていた。アルフィスは短い茶髪の髪に薄く生えたひげ、一見すると干からびたおっさんにも見えかねない容姿だったが身に纏う鎧が立場を明確に表していた。


 そんな2人が見つめる先から陽光をキラキラと反射しながら歩いてくる一団が目に映った。

 一揃いの白銀の鎧が国一番の強者の証明。他の誰も逆らう事の許されない国の最終兵器達の姿だけでも威圧感があるなか、後ろには1万の軍勢を引きつれていることで自分たちが滅ぼされる側なのでは?と一瞬不吉な予感が頭によぎるほどの威容だった。


 しばらくして一団の先頭を歩く一際豪華な装飾のマントを付けた騎士が一人前に出てきた。


「私は近衛騎士隊5番隊:隊長の『ルーシャス・ハンドラ』だ。此度のドラゴンの襲撃を受けて現況の討伐に来た。少しでも情報があれば教えてもらおう」


 高圧的で上から目線のルーシャスだが流れるような金髪にメリハリのある体、ヘルムで顔は見えなかったが美女であるのは間違いなかった。

 しかし身から放つ圧は強者のそれでガラルドとアルフィスは冷や汗を浮かべながら必死に答えた。


「わ、私は冒険者ギルドのマスターをしておりますガラルド・ストライクと申します」


「じ、自分は領主様の騎士団で団長をしておりますアルフィス・グランデールと申します」


「それでドラゴンに関する情報という事なのですが、ここからも見える崩壊した外壁の奥の森へと跳んで帰るところを多数の者が目撃しております。他にも襲撃の数刻前に森の奥で爆発音のようなものを聞いた者もおりました」


「襲撃時に守備隊や冒険者に騎士達が攻撃を試みましたが傷1つ付かず、効果のある攻撃方法は不明です」


 少し早口になりながらもガラルドとアルフィスの2人は必死に自分たちの確認した情報を伝えた。

 その話を聞いたルーシャスは小さく一度頷いた。


「なるほど、巣の位置がある程度でもわかっただけよかったと考えましょう。では、私たちは討伐隊の職務を全うします。ついでに持ってきた物資はおいていくのでお好きなように使いなさい」


「「ありがたく!」」


 発言通りに軍勢の後ろには多くの食料や建材が積まれた荷馬車が数台あって、それを置いてルーシャス達は討伐軍としてドラゴンの消えた森へと目指して足を進めた。

 その軍勢の顔には勝利を疑う者は1人も居らず、森の先で待つのがドラゴンなどをしのぐ化物だとは知らずに…誰もがドラゴンを倒す英雄となる未来の姿を幻視した。

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