第19話 千年樹の義腕


 今後の対策を立てて彰吾はソファーで力尽きて眠ってしまい、次に起きた時には日が沈み始めたところだった。


「うわぁ…もう本当にいろいろやり直したい…」


 想像以上に眠ってしまったことに彰吾は怠そうにしていた。

 それでも対策は早めに行動しないと効果が薄くなってしまうため急いで行動に移した。

 決めたことを実行するだけなので考える時間がない分早く終わったが、やることの量が多くかなり疲れていた。


「もう二度とやりたくない…絶対、次は下手な指示をしないように気を付けよう」


 そう決意しながらも変に目が覚めてしまった彰吾は他にやることもないので、前日に任せていた調薬部署へとなんとなく向かった。

 途中で責任者にしたルーグ老の失った右腕に義手を付けると約束したことを思い出した。自分の物覚えの悪さに嫌気がさしながらも気分を切り替え、約束を守るためにも調薬室へと向かった。



 初めていく場所に少し迷いながらも着いた彰吾が調薬室に入ると強い薬品の匂いが充満していた。

 邪魔をしないように静かに室内へと入った。

 そこではルーグ老に加えて数名の若いエルフが忙しそうに器具を使って実験していた。


 すると静かに入ったとは言っても扉を開けると空気の流れが出来て、人の数倍の感覚を持っているエルフ達はすぐに気が付いた。

 同時にルーグ老がとても老体とは思えない俊敏さで彰吾の前で跪いた。


「っ魔王様!このような場所に…」


「そんな気を使わないでくれていいよ。今日は時間が余っていて城の中を見て回っているだけだから」


「なるほど、そういう事でしたらどうぞご存分に見ていってくだされ」


 理由を話すと救ってくれた恩人を拒む選択肢など存在しないので彰吾を歓迎した。

 部屋の広さ自体は一般的な教室と同じていどで特別広いわけではないが、少人数での研究施設としてはそれなりだ。

 ただ大部分が資料などの書籍を保管する本棚と機材で埋まっていた。


「少し手狭かな?」


「そうでございますな…まだ大丈夫ですが、研究が進むと資料や材料も増えますので少し手狭になるかもしれんです」


「なら後で来ますので、どのくらいの広さにして欲しいとか意見を纏めておいてください」


「わかりました」


 どのように広くしてくれるのかルーグ老は理解できなかったが、もはやもう目的と言えるほどに信用している彰吾の言葉を素直に受け入れていた。

 あまりに素直に受け入れられたことに彰吾は少し驚いたが気にするのをやめた。


「それと義手の件が遅くなって申し訳ない。準備してきたから最終調整をしてもいいかな?」


「っ⁉本当に儂のために…ありがとうございまする!」


「うん、とりあえず体調べさせてもらえる?」


「もちろんです!」


 少しルーグ老の勢いに引いていた彰吾だったが表には極力出さずに作業を進めた。

 作業とは言ってもやることは簡単で背中に触れて魔力で体を覆うようにするだけだ。これで正確な身体情報を彰吾は得ることができた。


「…もう大丈夫だ。すぐに作るから待ってください」


「ここでお作りになるのですか?」


「あぁ別に大した工程はないからね…」『人形創造』


 少し意識を集中して彰吾は大量の資材の中から選んできた材料に【人形創造】スキルを使用した。

 膨大な魔力が手に集中していることに気が付いたルーグ老や部屋の中にいたエルフ達は何が起こっているか注目を強めた。

 その間にも彰吾は得た身体情報を基に義手のイメージを固めていた。


 しばらくすると彰吾の手元が光り出して消えた時には一本の木製の義手が握られていた。


「ふぅ…十分の一くらい使ったけど、それに見合う出来にはなったか」


 手に持った義手を細かく確認しながら彰吾はそう言った。

 ただ周りで見ていたルーグ老やエルフ達は何が起こったのか理解できず唖然としていた。

 そんな中でも彰吾はすぐに装着まで作業を進めようとした。


「よし、装着したいので上着脱いでもらって平気ですか?」


「え、はい…問題ないですじゃ」


 いきなり話しかけられて動揺したルーグ老だったが何をしたいのか理解できてすぐに従った。

 少しめんどくさそうなローブを脱いだ体は無数の傷跡が存在して、何よりもひどいのが失われた右腕だ。傷跡は塞がっていたが生々しい見た目で起こった事の悲惨さを理解させられた。


「これは…思っていたよりも壮絶だったようですね」


「そうですな。確かに辛く苦しいことも多くありました…ですが、今はこうして魔王様にお会いできて幸福でございます」


「そう言っててもらえてよかった。なら余計に幸福に感じてもらえるようにしようか、少し痛みが走ると思うけど我慢してくれ」


「わかりました」


 あまりやる気を出すことのない彰吾だが向けられる信頼には答えたくなった。

 真剣な表情で持った義手をルーグ老の失われた腕のあった場所へと当てると、薄っすらと纏っていた魔力がルーグ老の体へと流れて接着部分が徐々に肌に馴染んでいた。

 薄っすらと光っていた魔力が完全に収まった時には外観こそ木製だが、遠くから見たら義手だとは判断できないほどにしっかりと一体化していた。


「よし、これで問題ないはずです。機能としては痛覚はないけど神経には接続しているので普通の腕と同じように動かせると思います」


「は、はい!問題なく動かすことができます‼」


 興奮した様子でルーグ老は説明を受けた時には新たな腕を上下に動かしてはしゃいでいた。

 失ってしまった腕が使えるようになったことでテンションが上がるのは理解できたので彰吾も微笑ましく見守っていた。


 周囲のエルフ達もルーグ老の動く右腕を見て涙を浮かべ抱き合うように喜び合っていた。それほどまでにルーグ老という人物は慕われていたのだ。

 この空気を邪魔するわけにもいかないと彰吾も極力息を殺して落ち着くのを待った。


 しばらくして新しい腕を喜びあったルーグ老達は落ち着きを取り戻した。


「も、申し訳ない。つい興奮してしまいました…」


「気持ちは理解できますから気にしないでください。むしろ今回のようなことは心の底から喜ぶべきことですよ」


「そう言っていただけると嬉しい限りです」


「とりあえず詳しい説明してもいいですかね?」


 まだ感動が強すぎる様子のルーグ老に少し引き気味に彰吾は説明して平気か聞いた。そこでルーグ老は自分のつけている義腕の説明を全くされていないことに気が付いた。


「動揺していたようで申し訳ないです。ぜひ詳しく教えてくだされ」


「わかった。まずは素材は俺もよくは知らないけど『千年樹』と呼ばれる樹木で、サイズはルーグ老の身体に合わせて調整してある。魔力の通りも本来の体よりもよくなっていると思います」


「『千年樹』ですと⁉」


「知ってるのか?」


「はい!なにせ儂達エルフの装飾品や杖には千年樹の枝木を使用しますので、魔力の通りやすさはもちろんですが…なによりも精霊との契約時に意思が通じやすくなるのです」


 素材に使用された『千年樹』がエルフにとっては身近であったようで、ルーグ老だけではなくエルフ達も興奮した様子でいかにすごい物か説明していた。

 その説明を聞いて彰吾は強い興味をもった。


「へぇ~そんな効果があったのか…ふむ、もう少し詳しく効果を調べたほうがいいか。付けた後に言うのは何だけど鑑定させてもらってもいいか?」


「もちろんでございます。元からこれは魔王様からの賜りし物ですから」


「渡したばかりで少し悪いけど、なら言葉に甘えよう」『鑑定』


 譲渡したのに自分の勝手な頼みに少し罪悪感を感じていたが詳細確認はしておきたくて、許してもらえたので彰吾は遠慮なくスキルを発動した。


《鑑定結果:千年樹の義腕》

《備考:千年樹を使用して作られた義腕。精巧な作りによって生身と変わらず使用することができ、魔力と水を与えるとどんな破損でも自己修復する性質を持ち魔法発動体としても使用可能。自然のエネルギーが強いために妖精との親和性が強い》


「相変わらず丁寧なようで曖昧というか…雑だ」


 表示された鑑定結果を見た彰吾は初めて使用した時と同じ感想をこぼした。

 それでも普通では知りようのないことも知れるので結構な頻度で使用していた。


「えっと、見たことを説明しますね。まずは破損した場合でも魔力と水を与えると自然と修復されるようになっているようですね」


「おぉ~それは便利ですな」


「あとは魔法の発動体としても使用できるようですね。他にも妖精との親和性が高い」


「なんと⁉そんなに高性能なのですかっ!」


「え、そうですけど…これすごいのか?」


「すごいなんて表現では足りないほどですぞ‼もはや国宝級と呼んでもいい程ですっ!」


 この世界の常識に疎い彰吾は理解できていなかったが、長生きしているだけあってルーグ老は目の前の常識外の品に興奮を隠せていなかった。

 なにせ数百数千という長大な寿命を持つエルフであっても国宝級の品は一生に一度見れるかどうかというレベルの話なのだ。それだけに自分の体についている義腕の性能は規格外だったことに動揺を隠せなかったのだ。


「と、とりあえず…いったん落ち着いて」


「あ……再度、申し訳ございません」


「俺が常識には疎いのが原因ですから気にしなくていいですよ。むしろルーグ老達には、そう言った面での知識を教えてもらえると助かります」


「そういう事でしたら喜んで儂等も協力させていただきまする」


「ありがとう、でも今は調薬の研究がどうなっているか。他にも義腕に問題がないかなど確認することがあるので、数日後にもう一度代表者を集める予定ですなので質問などはその時にでもします。今日はやれることをやりましょうか」


 まだ恭しい対応をされることには戸惑う彰吾だが、それでも何度もされると少しは慣れたようで今日の目的を話して話題を逸らすことにした。なにせ下手にまた感動するようなこと(無自覚)を言って、また畏まった対応をされてもめんどくさいと思ったからだ。

 そんな彰吾の内心など知るわけもなくルーグ老は真剣な表情で答えた。


「わかりました。では、まずは一日ほどですが完成した薬品などの説明を…」


「ぜひお願いします!」


 もともと自分で頼んだことでもあって興味の強かった調薬に関する話題に食い気味に返事をした彰吾は、それから夜遅くまで1~2日ほどのルーグ老達の努力の成果を細かく聞いて楽しい時間を過ごした。

 後日、義腕の動作確認をやってないことを思い出して頭を抱えるの事になるのだった。

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