第21話 想定外


「ふぁ~眠い…」


 いつものように執事人形の鉄拳によって起床した彰吾は顔を洗い、朝食すら終わらせて現在は気分転換に出てみたテラスから魔王城を見下ろして眠気と戦っていた。

 無駄に広い魔王城は一番高いところのテラスから見渡しても遠くに城壁が薄っすらと見えるだけ、その手前にしても細かく見るには魔王と成った彰吾でも頑張らないと難しかった。


 それでも気分を紛らわせるのにちょうどいいので景色を見て過ごしていたのだ。

 ちょうどそこに遠くから飛んでくる小さい影を見つけて眠気に負けかけて閉じかけていた目を開いた。


「あれは偵察に出していた鳥型か、なにかあったのか?……面倒事の予感」


 帰ってきたのが念のために森の入り口付近まで飛ばしていた偵察用の人形だと気が付き、彰吾はまた面倒事がやってきたと確信した。

 少しして立っていたテラスへと降り立った。


「はぁ…確認したくないけど、しないとどうしようもないよな。……面倒だなぁ…」


 本当に嫌そうにゆっくりと手を伸ばして彰吾は鳥型人形から情報を受け取る。

 しばらく受け取った情報の確認に時間を使ったが、終わった瞬間に彰吾は力が抜けたように座って頭を抱えた。


「あぁ~~~~!なんでこんなに人類の動きが早いだよ。まだ一日しかたってないのに万単位の軍隊が動いてるし、こいつらが偽装場所で騙されてくれればいいけど…都合よくいくとは限らないしな」


 予想の数倍早く動き出した人類に彰吾は頭を抱えながらもブツブツと独り言を漏らしながら考え事を纏めていた。


「まずは偽装が失敗して進行してきた時の対策を考える必要があるか。というか十中八九、失敗だろうな~軍の規模がどう見ても討伐目的っぽいし」


 心底憂鬱そうに彰吾は空を見上げた。

 その目には偵察に出した鳥型人形から受け取った映像が再生されていた。見ただけでも大規模な軍隊だと理解できる人数、先頭にはなにやらキラキラと眩しい白銀の鎧の集団がいた。

 ただ、さすがに見ただけで強さなんかはわからなかった。


「この世界の人類の強さを知るのにはちょうどいいと考えるべきか…前に戦ったのは山賊っぽかったし、実力だけだとどの程度かわからなかったからな。今回は正規の軍隊のようだし最低限一国の戦力くらいは知れるか」


 人間との戦闘経験がほぼ皆無で記憶にあるのはエルフ達を助けた時の集団だったが、正直に言って人形兵も全力を出す前に全滅できたので強さがわからなかった。

 なので今回の軍勢を観察して全体的な異世界の人類の強さを測ることにして、頭を頑張って切り替えたのだ。


「あぁ~それでもめんどくさいな。帰ってくれないかな~無理だよなぁ…まずは偽装の確認で満足しないで進行してきた時ように、少し弱めに設定したドラゴン人形を向かわせる準備が必要か。倒されるか撤退で相手が引くなら良し、更に進行してくるなら…面倒だけど全力で叩き潰す必要が出てくるな。……無駄だとは思うけど注意の立て札でも城壁前に設置しておこう」


 わずかにでも偽装の破壊後を見て帰ってくれないかと彰吾も一瞬考えたが、瞬時に意味のない考えだと切り捨てて必要なことの準備へと意識を向けた。

 最初に準備しようとしたのが訪れる人間への注意喚起の立て札と少しずれていた。


「内容は何がいいかな?無難に『ここから先危険地帯、命の保証はできませんのでお引き取りをお勧めします。どうしても進む場合は死を覚悟することをお願いいたします』っと、こんなものでいいだろ」


 もはや適当になってきているが彰吾は手っ取り早く内容を決めると忘れないようにメモ帳に書いた。ちなみに何故メモ帳を持ち歩いているのかと言えば、どうしてむ眠気が勝ることが多くてせっかく考えたことを忘れてしまう事が多いからだった。

 そのためメモ帳には調薬室の増築やらエルフ達との交流など色んな事が優先度によって色分けされて書かれていた。


 今回の立て札の内容は『比較的急ぎ』という事で黄色で書かれていた。


 そして考え事を一つ終わらせると、さすがに外に居るのに飽きたのか室内へと戻ってベットに横になりながら考え事を続けた。


「あとは囮に使えるドラゴン人形の制作が必要だったか、さすがに成長してきた個体は薄っすらとだけど自我もあるみたいだし命令し難い。たぶん命令すればやってくれるんだろうけど、さすがに死ねって命令すんのは気が引ける…」


 基本的には異世界に来てからは毎日人形を魔力限界まで創造して命令を出す以外は寝て過ごしていた彰吾も、最低限とはいえ関わっている内に人形達に自我が芽生え始めているのを知っていて囮にするのに抵抗感を覚えていた。

 それでも人間達をごまかすために囮を用意する必要はあるので新しく別のドラゴン人形を創り出すことにした。


「はぁ…魔力も素材も大量に使うから数体で済ませてたんだけど、今回は仕方ないか~…いやだなぁ…めんどくさい」


 ただ人形を一つ創造するのにも材料がなければ魔力を数倍消費する必要があるし、なにより材料が有ったとしても魔力は消費する必要はあり、材料は創り出す人形の大きさに見合った質量分が消費される使用になっているのだ。

 現在では魔王城敷地内に森林エリアのように鉱山エリアもあって鉱石などの素材も枯渇しないような体制は構築されてはいた。


 しかし大量に消費しても安心できるほどの備蓄はできてはいないし、なにより広大すぎる鉱山の性質などはまだ人形達を使用しても把握しきれていなかった。

 そんな状況の中で大量に材料として資材を消費するのは後々面倒ごとになりそうで避けたかったのだ。とは言っても現状では他に選択肢があるわけでもないので実行するしかなかった。


「そうだな鉄を中心に防御力重視にして、攻撃力は街に送った奴3分の1程度まで抑えたほうがいいか?思ったより被害が大きくなっていたし、実力を測りたいのに全滅させたら意味ないからな。でも簡単に倒されても面白くないし、一定以上のダメージを受けるか与えたら撤退するように命令を出す必要はあるか…って、考えることが多すぎる‼」


 ある程度必要な事を口に出しながら考えていた彰吾は改めて量の多さに叫んでいた。基本的には寝て過ごしたいと心の底から思っている彰吾にとっては魂の叫びにも近い思いだった。

 でも、考える必要性は理解しているので叫ぶのは一種のストレス発散のような意味合いの方が強かった。


 証拠に少し言いたいことを叫び続けた後は、少し疲れた様子ではあったが考え事を続行した。


「…よし、重要度から番号付けして優先度を決めてしまおう。どう考えてもその方が動きやすいしな!」


 ストレス発散して落ち着いた彰吾はやることは決まったが、何を優先的にやるかを改めて考えてリストにすることにした。


『1.人類の戦力確認

 積極的に敵対するしないは関係なく敵対は確実、そのために相手の最低戦力の確認は必要。※最低戦力の基準は今回のような緊急時に数日で準備できる戦力を基にする。


 2.偽ドラゴン人形の調整

 人類の討伐軍が接近中のため偽装した場所に到達する前に準備する必要、ただ蹂躙しないために襲撃時よりも戦闘力の調整が必要なため時間が掛かる。


 3.念のための警告の立て札設置

 これは魔王城の目前まで接近されたときの為の警告文、設置する理由としては警告なしに攻撃すると後々なにか大変なことになると思ったためだ。


 4.エルフ保護に関する偽装

 保護することのできたエルフ達の安全のためにもエルフの存在には気が疲れないようにする必要がある。ただ気が付かれても魔王城内まで攻め込まれる可能性は低いので重要度は低い。』


 と言ったように必要なことを重要度順に並べて書き、一緒になぜやる必要があるのか理由もついでに書いておいた。

 なにせ興味がなくなると何もかも忘れて眠ることを優先してしまうので見たら思い出せるようにしているのだ。


「よし、まずは新しいドラゴン人形だけでも作って向かわせておこう。正直移動速度は予想できないし、偽装をした場所は森の奥だから一日は大丈夫だとは思うけど確証はないし急がないと…あぁ~!本当になんでこんな早く討伐隊とか送ってくるかな~~~~‼」


 完全に想定外の速さでやってきた大群への対処をさせられて彰吾は本当にイラついたように頭を抱えた。それでもやらなきゃいけないことは理解しているので叫ぶだけで収まった。

 それでも面倒なことに変わりはなくやる気なさそうに怠そうに動き出した。


「はぁ…にしてもやっぱり転送か何かの技術はありそうだよな。だとすると今後の動きも想定よりも数日速くなると考える必要があるか、さすがに送る兵力や物資なんかの話し合いで2~3日は最低でも掛かるだろうし即日とはならないだろうけど…」


 移動しながら彰吾は想定して組み立てていた今後の予定の修正と、それに対する人類側の動きを予測してそれに対する対策を考えていた。ただ考え事をするとブツブツと独り言を漏らす癖は相変わらずで、考えがまとまるまでの間ずっと話していた。

 何よりも今回一番の想定外の人間の高速の移動手段が彰吾の頭の中に残っていた。


 その方法がどういった手段で何度使えて、距離的な限界があるのか、再使用には時間が必要なのかどうかなど調べる必要があると思ってはいた。

 しかし街中に入って情報取集するわけにもいかず、人形達も動物型は監視や偵察には向いているが、特定の情報を探らせるのには向かなかった。


 なぜなら人形創造で創り出された人形達の知能は形の元となった種族に類する程度にしかならなかったのだ。素材を変えようとどうやっても知能を上げることはできなかった。

 それでも主人である主人公の命令に従う程度の知能は持ってはいたが、複雑な命令までは認識できなかった。


 最初にいくつも試して確認してそのことを知っている彰吾は他に情報を探る手段を考えて、そしていま直面している面倒事を利用する方法を思いついた。


「よし!これなら効率よく行けそうだな。あとは方法を決めて準備もしておかないとだな…」


 そして解決法が見えてくると先ほどまでの憂鬱な様子とは打って変わって、気分が楽になったのか彰吾は楽しそうに笑みを浮かべて必要な準備に取り掛かった。

 人間達の討伐軍が目的地に到達するまで約3日でどこまで準備できるのか、人間達の知らないところで速度の勝負が始まったのだった。


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