3-4~


 喧嘩には瞬発力と持久力のどちらも必要だ。

瞬発的に全力で打ち込むのには無酸素運動が適している。

しかし、動き続ける点に至っては有酸素運動が必須になる。


筋力が有り余っていても持久力がなければスタミナ切れを起こし劣勢に追い込まれることになり、必要な柔軟性が備わっていなければ本来の力が発揮できずに勝てる確率が低下してしまう。


付け焼き刃でもしないよりはマシ。

この日も自分に科したノルマをこなす。


千五百ミリリットルのペットボトル二本をガムテープでグルグルに固め、バンダナをお互いの口部に八の字に渡らせて巻き付け固定したお手製鉄アレイを持つ。

これならバンダナ部を握って上下させれば重量による負荷を運動に付与するのと同じ効力になる。

テーブルに背筋を伸ばして座り、両手のペットアレイを耳の横まで持ち上げ平行を保つ。

天井に向かって肘が伸びきるまでそれを上げていき、限界まで持ち上げたらそのままで停止し、その後ゆっくりと元に戻す、という動作を十回繰り返す。


お次はペットアレイを両手にしっかりと持ち膝を少し外側に曲げ、肩を上げないように肘を徐々に曲げながら上に引き上げる。

肩の高さまで上げたらその姿勢をキープし、三角筋を刺激していくイメージを浮かべながらゆっくりと元に戻していく。この動きも十回。


これが終わると首を鍛えるブリッジに移る。

床に仰向けになりお尻と膝を浮かせ、座布団に乗せた後頭部と両足で身体をしならせ全身を支える体勢を取り、腕組しながら身体をさらに曲げていき前後左右に首を二回ずつ揺らす。


それが済んだら畳に膝が触れない足と手の幅を狭めた四つん這いの形を作り、両足と両手で体を支えケツを高く突き上げる。

その状態のまま体を斜め前に倒し、限界まで下ろしたらゆっくりと元に戻すこの動作を繰り返し十回。


その次は四つん這いになり両手を地面につけ、首にしっかりと力を入れ、顎を引くようにして額を座布団に預ける。

首の前面に力が入っていることを確認しながら足から頭へ徐々に重心を左右に移動させて戻す動作を三回繰り返す。


筋トレで腕や肩、胸を強くすると重さと瞬発力である速さが付き、威力が上手く伝わる。

どれだけ頑張ったとしても強さがなければ意味をなさない。


腕立て伏せの体勢から肘を曲げ、身体を押し上げて元の体勢に戻るそのままの勢いを殺さずに身体を空中に浮かせてジャンプし、着地したら腕立て伏せ。を二十回。


殴るや蹴るを打つ際に骨盤の回転の可動域と速度が重要になる。

攻撃の終わりやバランスをとる場面でも使う骨盤を動かすのに重要な腹斜筋や腹横筋を素早く、しかも大きく回すことが可能になれば勝機が上がるだろう。

これは上半身を捻りながらの腹筋や、横に寝て起き上がる運動で側筋も鍛える。


動体視力を向上させる事にも抜かりはない。

ランニング中に走行している電車内に乗っている人を見たり、原チャリで走行中には看板の文字を読むや、対向車のナンバープレートの数字を瞬時に足し算した。

家では、なぞり書きでの鍛錬方法の応用として迷路などの線引きや、壁の隅から八の字を描くように、左上から右下に動かし左下に移して右上に移動させ左上、と眼球を繰り返し動かす。


知覚神経で得た情報を脳で整理して運動神経に伝え、実際に体を動かす反射神経を高めるには、瞬間的な力を発揮する速筋を鍛えることが重要だという情報も仕入れたからにはやらない訳にはいかない。


足を肩幅よりも少し広く取って眼を閉じ、片足立ちで左右交互に足を細かく交互に上げ下げする運動を五回ずつ、ふくらはぎに負担が掛かったと感じる位までやる。

睡眠不足が続くと、集中力が低下するだけでなく反射神経が鈍くなったとも言っていたので、夜更かしは厳禁。


食生活の改善も怠らない。

トレーニング中やその後の体内では筋肉分解だけではなく、同時に筋肉修復も行われて必要な栄養が消費され、その結果エネルギー不足になってしまい、疲労へと繋がってしまう。

そこでグルタミンを摂取すれば筋肉分解の抑制は勿論、消費されていくエネルギーを一時的に体内に蓄積しておく為に不可欠なグリコーゲンの手助けとなり、ダメージを最小限に抑えられる。

この栄養素は熱によって変性してしまうため、刺身や生卵をコンスタントに食し、筋肉の合成促進と分解抑制の効果があるとされるグレープフルーツも進んで摂取。

動物性食品に豊富に含まれているカルニチンは、体脂肪をエネルギーとして燃焼させるサポートをしてくれるので赤身の肉、魚肉、鶏肉、牛乳等で補う。

反射神経や反応速度を上げる鍵となる栄養素のルテインが含まれるブロッコリーやかぼちゃ、ほうれん草類の緑黄色野菜も好む好まざる別にして食べる。


人事を尽くして天命を待つ。

自らが出来得る限りの努力をしたのならば、後は天の意思に任せる。ふざけるな。

そう簡単に事が運ぶとは到底思っていない。無論承知の上だ。

だが、どちらに転ぶかは天命だという生半可な結末なんぞ望まない。

その終わりが一瞬だろうが数時間要そうが、自分が仕留め切る。


トレーニングも三周目が終わろうとしていた俺の窓ガラスに反射した面構えは、

目尻を吊り上げ、瞳孔は開かれ、左の頬を引き攣らせて口角を上げた薄気味悪い半笑いだった。

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