4-3


 保管場所発見から三日間日曜日を挟んで朝と夕方、夜中に調査をしたが、更に車が停まれるスペースが塞がれていたことは無く、時たまトラックやダンプが自家用車に入れ替わっていた事で簡易駐車場になると確信を持った。

 準備が整った俺が二時間前に引き取る日取りを決める為に仕事から帰って来たであろう時刻にヒロシに連絡を取ると「今からでもいいぜ」との返事が。

早速共犯者の家に向かい、憲蔵さん宅に原付ニケツで送って行き、一人井出宅に戻って待機し念願の足を手に入れる事に成功。


代金は諸々の手数料に謝礼金込みで十万円とした。


先輩は「こんなにも要らない」と万札五枚を戻そうとしたらしいが、頑として受け取るなと釘を刺しておいたからちゃんと全額払った筈……

いや、先程別れたアイツが実は自分に内緒で懐にしまった可能性も捨て切れない。

俺に先導させてヒロシん家から線路脇まで届けてくれたのは、途中で事故ったり捕まったら大変だからと妙に優しかった。

確かに、運転に自信があったかと言われれば怪しいと返さざるを得ない。

成程、折角購入したのに間もなくしておまわりにパクられたら元も子もない。

だがしかし、原チャリの後に乗せて送り返して帰って行くまでの間中も含めて終始機嫌が良かったのが引っ掛かる。

だけれども、こうして望みが叶ったのだから良しとしよう。


井出宅の傍で一服していた頭に浮かんだ疑惑に自分を納得させ、スムーズに事を運ばせる為に考えうるパーツを揃えた俺は我が家にバイクを走らせる。



 何時もの場所に原チャリを停めた俺が細やかなお祝いを兼ねたビール三缶をぶら下げてアパートに戻ると、隣の玄関先で何やらもたついているシノさんが居た。

その動きはあらゆるポケットを弄っていて、如何にも酒に酔っている様子だ。

その仕草でおおよその見当はついていたが、側に近付いて一応聞いてみる。

「ナニやってるんですか」

いきなり人の声がしたのに驚く素振りをせずにのんびりとこちらを首を振り、その人物が見知った相手だと認識したのだろう隣人の返答は予想通りだった。

「かぎがぁ、ねぇんだよぉ」

それもその筈。お探しの物はあんたからチョット離れた後方に落ちているから。

仕方なしに何の飾りも付けてない鍵を拾い上げて突き出す。

「はい、コレ」

「おぉ、どこにあったぁ」

ゆっくりとした動作の左指で摘まんだシノさんの上半身は軽く揺れていた。

「シノさん、あの時覗いてたらしいっすね」

今このタイミングが適しているかは考えずに口を突いた奥底で燻っていたのであろう自分の質問に本人自体が意表を突かれる。

気持ち良さげな面持ちの相手の揺れが瞬時に治まり、酔いが冷めたと見間違う速度で顔色が変わった。

「あぁ、あの日か」

一言呟いたシノさんは目線をドアノブに移したまま口を噤んだ。


俺の『あの時』で直ぐに思い出し、自分の『あの日か』で黙りこくったとなると相当な理由がある。

それは自らに不利益なのか、目前の人間に不都合なのか。

どちらにせよ、近いうちに追究つもりだった。

あんたが間接的な加害者だったのかを。


「足が竦んだんだ」

短いとも長いとも取れる時間が過ぎ、ようやくシノさんから押し出された言葉の滑舌は戻っていた。

「また自分のせいにされるんじゃないかって」

話の真意を読み取るのは難しかったが、次を聞いて腑に落ちる。

「彼奴が単管を浴びて死んでいた光景がちらついたんだよ」

過去の記憶が呼び起こされていたのか。

「あの日の昼に飯時間を削ってフォークリフトの練習をしていたアイツが締めた番線が緩かったのか、枕にしたバタ角に位置が悪かったのか、積み上げた単管が荷崩れを起こしたんだ」

あの出来事は間違いなく事故だったらしい。

「やっとの思いで仕事にありつけているのに、又管理不足だの問題が起きただので解雇されたら行く所が無いんだよ、俺は」

信頼を失うのが怖かったのか。

「正直迷った。お前だけがあそこに倒れていたなら変な噂も立てられないんじゃないかって」

人殺しのレッテルを張られていたのも知っていたんだ。


今ここで疑問をぶつけたのは正解だった。

素面の時よりも寧ろ酔っている場面で本音が漏れる場合が多い。

きっとこれまで喋った内容は事実だし、本心なのだろう。


俺は相手が誰であれ無下にされる、裏切られる、騙されると疑念を抱いてしまう。

恐らく幼少期に受けた仕打ちが影響している。

疑心暗鬼になってあらぬ疑いをかけてしまった。


「だが見過ごすつもりは無かった。信じてくれるか」

「当然ですよ」

これまでの告白を聞くまで信じられていなかった俺はそう言うしかなかった。

この人がそんな人間ではないと理解していたのに。

自分の内で葛藤した末に助ける選択をしてくれた相手を前に己を恥じる。

「そうか」

低く静かなその囁きに何の反応も返せなかった。

「これ、ありがとな」

鍵を挟んだまま下ろしていた手を肩口に掲げたこれにも対応が出来なかった。


その後に扉を解錠して開き、二つの疑惑を晴らしたシノさんの姿が暗がりに消えても尚その場から離れられずに立ち尽くしていた。

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