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 この日の晩は、日付が変更する二時間前に部屋を出て原チャリを飛ばして簡易駐車場に向かい、ブルーバードに乗り換えグレーのキャップに伊達メガネをかけてエンジンを点火させる。

下り方面に走らせ左に折れて踏切を渡り、程無くして現れた市内を走る県道27号の交差点で西に進路を取って市街地を離れる様に走行すること五分、第二北大通線の高架に当たると左にウインカーを出して側道に入る。

その道路は合流してから程なくして県道155号に名称が変わり、ランキング形式でポップスが流れるラジオを聴きながら法定速度を厳守したまま南下すると、ゴルフの練習場を左手に見たのを機に高架になり、その眼下には田畑の拡がる雄大な土地に数えられる程の一軒家の灯りが点在していた。

そのまま市境の橋長787メートルで片側一車線の久山橋を渡り切るとK市の郊外になり、どんな法則で設けられたか解り兼ねない緩やかなカーブにハンドルを切りつつ、そこを掠めながら街灯の無い中ひたすら進む。


ここまでの道中はテキ屋事務所に向かうのに利用しているので勝手知ったるルートなのだが、次に交差する県道を曲がらずに走るのは微かな記憶を頼りにして行かないといけない。


出発してから十五分でH市に入った道は暫く並行していた国道806号との合流地点にぶつかり、信号を一回待って更に南へ車を進めると直ぐに1キロ先と記されたH市街に誘導する標識が出現し、それに倣って走らせ台湾料理屋のある交差点を表面の剝げたステアリングを回し斜め右前方に進入して県道64号に入る。

時折民家やセンターラインが消える道を二十分程走行し、ラーメンチェーン店が目印の国道927号バイパスに到達すると方向指示器のレバーを指で下げ、右折専用レーンに並ぶスターレットの後方に付けた。

信号機が赤に点った後に光った矢印に誘導され流れる車列通りに交差点に進入し、

片側二車線の街路樹が植えられた如何にも国道ですと言わんばかりの道を中央分離帯側を走りながら西に進める。

途中で信号に捕まった際に横付けになったスープラに乗る気弱そうな若者と目が合ったが、ソイツがこちらに臆する素振りをしなかった事によって俺のヤンキー気配は帽子と眼鏡で消されていると確信した。

その後高速道路のインターチェンジを通過し、工業団地入口と掲げられた交差点を越し、バイパスに入ってから8キロ程でI町に変わる事を市町村標識に知らされ、大企業の自動車部品メーカーや大型車両の停まる運送会社をやり過ごす。

この辺りから人工的に植えられた緑ではなく自然な樹木が歩道の脇を覆い出したのを機に車線を左に寄せ走らせていると、其れらしき場所は奴等のテリトリーに足を踏み入れた頃から高鳴っていた鼓動を鎮めながら15分弱走行した逆車線方向に在った。

道路沿いの看板は電飾が破壊されていて、五十台以上は停められる駐車場の奥に建つ店舗の壁や敷地を覆う囲いの至る所には、ありとあらゆる色のスプレーで落書きがされている。


今日この夜間に拠点を探しに来たのは、ネオンが煌々と照らされていない建物を発見しやすくする為や、夜な夜な悪ガキ共が集合しているのを目撃し易くする為だった。


(ここか……)

今までの道すがらに廃墟と化したパチンコ屋の存在が認められなかったし、裏口らしき場所の周辺に単車と原チャリが数台置かれていた上に、ガラス戸にはご丁寧に『鬼畜龍総本部』と汚い字だがデカデカと記されているから間違い様がない。

支部なんざ聞いたコトも無いのに総本部を名乗るとはお笑い種だ。

一先ず通り過ぎ、直ぐのO町との境に設置された信号で左に曲がり二百メートル程先の車一台通れる脇道に左折して入る。

その舗装されていない道は十数メートル進んだ所の民家を最後に雑木林になり、更に走行すると幾つかの自然待避所が見受けられ、都合五百メートル無い位で開けて舗装道路にぶつかった。

そこを左折し、センターラインの引かれていない道を進むと国道927号に目視でタイミングを計って合流する形で当たる事を知る。


(こっちはこうなっているのか……)


そこからウインカーを左に出しで先程のパチンコ屋に舞い戻り通過し、今度は直ぐの交差点を右折して暫く走行してみたが、こちら側は右左折する道も無く、しかもソコソコの住宅地となっていた。

廃墟から結構離れた場所でスーパーともコンビニともつかない店を見つけた俺はその前で停車し、ハザードを点灯させヘッドライトを消灯し助手席の足元に丸棒が粗雑に転がる車内で一息つく。


(こちら側にコイツを置いておくのは不自然で怪しまれるだろう。

もし不測の事態が起きて逃走する羽目になった時は国道を駆け抜けなくちゃならないが、一旦車を隠すとすれば適しているのはあっちの雑木林の中だろうな)


奴と一戦交える場所はあの溜まり場だと数日前に決断していた。

公開処刑にするには奴等の地元で更に拠点、然も仲間の前で完遂するのが最も効果的に働く。

但し、あのクズ共がまともに言う事を聞くとは思えない。

束になってかかってくる可能性は大いにある以上、こちらも何かの策を講じておく必要がある。

心情としてはあの女に係わった全員を潰したいが、一遍にこなすのは冷静に見積もれば実現しづらいし、後々一人ずつに狙いを定めて潰す手もあるからには、その為にもやり遂げることがあってもやられる結果になる芽は摘んでおく。


(万が一の逃走経路を確かめておこう)

こう思い立った俺は、入念な下準備で己のストーリーを確実なものにするべく停車した後の行動を全て逆に行い、店の駐車スペースにバックで切り返してUターンをし国道を跨いで雑木林に戻り、ほぼ中間地点の広範囲に雑草がなぎ倒されていた場所にブルーバードを滑り込ませる。

サイドブレーキを引きエンジンを切った車内からドアを開け、こんなこともあろうかと履いていた現場作業靴で足を踏み出すと、そこには静寂と暗闇が同居していた。

完全に降り立ちドアを閉めたその場から車越しでバイパス側に目をやると、幹が真っ直ぐ伸びる木々の隙間から927号を走行するライトが微かに不定期で流れているのが確認できる。

(あっちからここまで人が走り抜ける事は可能みたいだな)

更なる念の為に愛車を回り込み、一歩毎に踏みしめながら光が漏れる方向へと膝下全体を警戒しながら歩いてみる。

しかしながらその足元は草はあれども平坦で、国道に沿った歩道の路肩が目視出来る辺りへ歩を進めるまでスムーズに運べ、立ち止まった箇所からは道を挟んで廃パチンコ屋が正面に見て取れた。

そして更に確信したのは、昔から薄々感づいていたが自分は鳥目と呼ばれる夜盲症ではないらしい。


(この企みは上手くいきそうだ。後は警察の管轄がどこで変わるか調べておくか)

一区切りをつけた俺は新緑を嗅ぎながら闇夜に包まれた車に踵を返す。


今夜寝付く時間はかなり先の朝方になりそうだ。

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