第41話 母様の意志

俺とジュールが話をしている頃から、兄貴の様子が少しおかしかった。

家に戻って、俺が母様と話をしているのを聞いて、兄貴は崩壊した。


「ヴィクトリア、そんな悪い言葉遣いをしてはいけません!

女の子はもっと優しい話し方をしなければダメだ。

それと、そんなに汚れたドレスを着て、もっときれいにしなくては。

髪だってボサボサだし、とにかくすぐにお風呂です。」


兄貴、一体どこのオカンだよ。


「そんなに汚れているかな?

そりゃ昨夜は風呂に入る暇なんてなかったけど、

今朝リラが顔とか拭いてくれたし、

ドレスだって洗濯する事は出来なかったみたいだけど、

ちゃんと吊るしておいてくれたよ。

そんなに汚く見えないだろ。」


そう言えば、髪をとかした覚えは無いな。


「ぐちゃぐちゃ言ってないで、早くお風呂に行って来なさい!」


やだよ。

俺は腹が減ったの。

母様の作った、出来立てホカホカの朝ご飯を食べるんだ!


兄貴は実力行使に出たけど、俺に敵う訳ないじゃん。

俺は余裕で、食卓の椅子に付いた。

部屋の隅でいじけている兄貴は放っておこう。

せっかくの母様のごはん、食いっぱぐれても知らないからな。

俺が城に行く時に、兄貴も一緒に行くんだからな。

でも可哀そうだから、一言忠告しておいてやろう。


「お兄様、少し休憩してからジュール様の所に向かいますからね。

ジュール様の所で、お腹の虫が鳴いたりしたら、

さぞや恥ずかしいでしょうね。」


すると兄貴は、のそのそと食卓に着き、もそもそと食べ始めた。

せっかくの母様のごはんを、そんな顔して食うんだったら食べなくてもいい!

俺は兄貴の分を消してやろうかと思ったけれど、

優しいからやめてやった。


それから飯を食っている兄貴は放っておいて、母様に報告をする。

詳しい事は言えないけれど、親父は改心して罪滅ぼしの為に旅立った事、

注:これは俺じゃ無く、ジュリがやった。

国王や、第一王子はとっ捕まえて、拘束してある。

今は国を建て直すため、信用のおける者達が今現在、

知恵と力を振り絞っている事。

だから母様達は、もう逃げ隠れする必要も無く、堂々と暮らしていける。


「そうなの、頑張ってくれたのね。」


「だからさ、親父はいなくなった事だし、

兄貴が爵位を継いで、元の家に住めるようにするから、もう安心だよ。」


「でも私はもう、あそこに帰る気は無いのです。」


そうか…そうだよな。

あそこには辛い思い出が有るからな。


「だったら他の所に新しい屋敷を持とうよ。

母様の希望する間取りにしてさ、庭も広くして。

母様はどの辺に住みたい?

静かな所?

それとも町が近い方が住みやすいかなぁ。」


色々な考えが沸き上がってきて、アイディア満載。

今回の働きで、ジュールは少しは無理を聞いてくれるんじゃないかな。

なんて思ってたんだけど、母様からは、思いがけない言葉が飛び出した。


「ヴィクトリアの気持ちは嬉しいのだけれど、

私は今のままの生活が出来れば、このままでもいいと思うのです。」


はい?


「今のまま、自分の好きな料理を作って、

それを皆さんに美味しいって食べていただける。

生活するにも、今なら大したお金もかからないから、

贅沢をしなければ、自分の稼ぎが有れば十分です。」


「だけど母様!

前の方がずっと生活するのは楽で、

綺麗な物や、美味しい物に囲まれて、ずっとずっといい生活だった筈だ。

俺は母様に、俺の為に失った物を取り戻してあげたいんだ。」


するを母様は、ゆっくりと首を振り、困ったように笑った。


「昔のような生活。

そんな物、まやかしの生活ですよ。」


まやかしの生活、

なんとなく意味は分かりそうな気がする。


「人に必要なのは、生きる事、ただそれだけなのですよ。」


その後、母様は自分が悟った事、今の気持ち、考えなどを、俺に語ってくれた。

長くなるから俺が説明するとね、



◎ 人に必要なのは生きる事。

   〇その為にはお金が必要。

    ・今の生活なら、必要最低限のお金が有れば大丈夫。

    ・母様は今の生活が気に入っている。

    ・人間関係良好。

    ・昔の生活の様な、見栄や煩わしい人間関係に戻る事は、気が進まない。

   〇贅沢を望むなら沢山働けばいい。

   〇自分達の今までの収入は、領民からの税金。

    つまり自分達は苦労もせず、貢がせたお金を好き勝手に浪費していた。

    (多少は領民の為に使っていたけれど、 

     そんなの全体の金額に比べれば微々たるもの。)


◎ お金をあまり必要としない自給自足もいいかもしれない。

    ・母さんが野菜を育てて、兄貴が獣を狩る。

    ・そんな生活ならば税金など微々たるものだろう。

    ・お金が必要ならば、自分で育てた野菜などを、

     誰かに買ってもらってもいいかも。

     下手すれば、私達の存在なんて確認されないかもしれないから、

     もしかしたら税金など請求される事も無いかもしれない。


「それってすごくいいかも。」


母様は最後の話に、かなり乗り気と見たけど、それは出来ればやめてほしい。

兄貴を狩りに行かせるのはいいかもしれないけど、

母様が一人の時、魔物に襲われたらどうするの。


「母様の気持ちは分かったけれど、

どうやら兄貴は、国を立て直す為に動いているみたいだよ。

そうなると国の上の方に食い込まないといけないだろうし、

国民を動かす為に肩書だって必要だと思う。」


「それなら、エドモントはエドモントで動けばいいのよ。

あの子に力を貸さないと言う訳では無いのよ。

私に出来る事が有れば相談に乗るし、してほしいと言う事はやります。

食事の支度でも、何でもね。

でも、出来れば今の生活も続けて行きたいわ。」


今までの生活に相当我慢してきたんだね。

そして今がとても楽しいんだ。

分かったよ母様、兄貴にはそれなりに頑張ってもらおう。

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