第26話 これも孝行

「二人切りで買い物など大丈夫ですか?何でしたら私も一緒に行きましょうか。」


昼飯に帰ってきた兄貴が俺達の話を聞き、

盛んにそう言っていたけど、

俺は平気だし、母様の事も守るから大丈夫だよ。

母様も仕事を休んではいけませんと、さっさと兄貴を送り出した。

出掛ける際に、兄貴が”ずるい”とつぶやくのが聞こえた。

うん、そっちの方が本音だろうね。




「髪が長ければもっと似合っていたでしょうに…。

本当にごめんなさい、私達の為に…。」


母さんがそう言いながら、俺の頭をやさしくなでる。

そう、一年前までは、腰の近くまであった髪は、男に変装する為に切り落とし、

ついでに逃亡資金の足しにするために売っぱらった。


「大丈夫ですお母様、髪などすぐに伸びますよ。」


「そうね…、前のようなあなたの姿が見たいわ。」


そう言われると、髪の長い自分を母様に見せたいのが子心。

魔力でいきなり長くするのはダメだ、母様達を驚かせるし俺の能力を知り悲しむ。

当分髪は切らずに自然に伸ばし、母さんを喜ばせてあげよう。

て、俺はそれまで此処にいなければならないのかな。


店で選んだドレスを何着も試着し、母様に見せて、喜んでもらう。

母さんは俺に似合うと数着のドレスを選んだけれど、

値札を見れば、かなりの金額になるんじゃないか?


俺は悪いと思いつつも、”こんなレースばかりの物はすぐ食べこぼしが付きます”とか

”これは色が嫌”とか”これはお母様のドレスに似ていて好き”などと言って、

何とか安価な物を買ってもらった。


更に靴とかリボンとかいろいろ揃えようとするので、

ジュリアさんのバックに入れてあります、と拒否をする。

後で使えそうな物をボックスから出しておかなくちゃな。

また一仕事か……。



商店街を歩きながら母様とあれこれ話をする。


「そういえば、ジュリアさんが今日もいらっしゃるはずだったわね。

時間は大丈夫かしら。」


「ええ、でも今日はお母様と過ごす事にしたと、先ほど連絡しました。」


”まあ、いつの間に……”


と母様がつぶやく声が聞こえた。

やべ、

俺は買い物に出かけるまで、家から一歩も出ていないから、

普通だったら連絡を付けられる筈がないんだ。

それをジュリと連絡を取ったなんて言って、母さんが疑問に思うのも当たり前。

口が滑ったよ。

でもこれ以上、下手な言い訳すると藪蛇になりそうだから、

母さんの今の言葉は聞かなかったことにしておこう。


「ねぇヴィクトリア、見て、これ。」


何だろうと目をやると、

母様は再び他の衣料品店のウインドウに張り付いていた。

そこには俺が昔着ていたような煌びやかなドレスが掛かっている。

有るから。似たようなヤツ、いや、それよりももっとキラキラしたヤツが、

ボックスの中に入ってる筈だから。

お願いだから、これ以上俺の荷物増やさないで。


それでも何か買いたそうに進める母様に、

それならこれをと、1枚の子供用のエプロンを差し出した。


「このエプロンを着けて、お母様みたいにお料理が上手になりたいです。」


どうだ、このセリフは必殺だろう。

こう言われたら、これを買うしかないよね。

そうそう、これだけでいいから。

他の物はいらないよ。


母様は店でエプロンを袋に入れてもらい、俺と通りに出る。

母様はとても嬉しそうに、エプロンの入った袋を抱きしめている。

散財させちゃったけど、喜んでもらえた。

やっぱり親孝行はいい物だ。


帰り道、母様はついでだからと食材も買っていく。

麦の粉、ジャガモイ、クミル、それと大きなブッカ、などなど。

母さんは、町の人達に良くしてもらっているようで、

歩いていると、いろいろな人が声をかけてくる。

母様も気軽に返事を返して、とても幸せそうだ。良かった。

それにしても、母様はいつもこんな重い物を持って歩いているのか。

アイテムボックスをプレゼントしたいな。

でも、ただの惣菜店の人が、そんな高価なもの持っていると反って変に思われるか。

ちょっと考えてみるかな。


と、先ほどから視線を感じるんだけど。

早々に、くそ親父に見つかったのか?

じゃないな、これはあれだ、ジュリだ。

あいつ、邪魔するなと言ったのに、何しに来たんだ?

仕方ないな…。

とにかく話を付けて来なくちゃ。


「お母様、喉が乾きませんか?

私、何か買ってきますから、そのベンチで一休みしていてください。」


「いえ、ヴィクトリア一人では危ないですから、私も一緒に行きます。」


母様は慌ててそう言うけど、ちょっと込み入った話の可能性も有る。

母様がいると、ジュリとざっくばらんに話せないからね。


「お母様、大丈夫です。心配せずにここで待っていて下さい。」


あまりやりたくは無かったけれど、母様には少し催眠術をかけさせてもらった。

ジュリの奴、ペナルティーだからな!


それから俺は、ジュリのいる方へ向かった。



「お~ま~え~な~、一体ここで何やってるんだ?」


細い路地の陰にいたジュリを捕まえ、問いただす。


「だって、だって、お師匠様が冷たい。」


しゃがみ込み、半分涙目になったジュリが、こちらを見上げている。


「冷たい?何言ってるんだお前。」


「だって、自分は此処に留まることにしたって。」


「うん、ちょっと親孝行しようと思ってさ、しばらく滞在することにした。」


「お前は好きにしろって。」


「ああ、言ったな。」


「お師匠様は、また私を捨てるのですか?」


「また捨てるって、前は捨てた訳じゃないぞ。」


「そんな細かい事を言っているのではありません!

結果として、私の前からいなくなってしまったではないですか!」


ダメだこりゃ。


「俺は確かにお前に好きにしろと言ったが、

イコール捨てるってのはおかしいだろ。」


「え…?」


「単に、俺が家族と過ごす時に、お前が割り込むのはナシだと思って、

その間は自由にしていろという意味で書いたんだが。」


「では、では私を捨てるのではないのですね?」


「当たり前だ。取り合えず、約束しただろう?一緒にいるって。

それに言っちゃなんだが、えー、あまり言いたくはないが…。」


「その取り合えずって何ですか。取り合えずって。

はっきり約束しましたよね。

それで、その後の言いたくないって言うのは一体何ですか?

どうせ言うんでしょ。ならさっさと白状して下さい。」


「あー、そのな、今の家族より、お前と過ごした時間のほうが長いんだ。

ちょっとは俺を信頼しろ。」


「お、お師匠様―!」


ジュリは嬉し泣きをしながら、抱き付いてきた。

お前、自分がいまどういうかっこをしているか自覚しているか?

そのドレス姿で、にじり寄ったり、わあわあ泣いたり、みっとも無いだろうが。

はたから見たら、凄く変だぞ、自覚しろ。

物凄ーく注目浴びるからやめろ。

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