第24話 喜びと、新たなる心配

気が付けばフワッとした浮遊感、続いてギューッとした圧迫感。

苦しい、兄貴苦しいって!

いつの間にか俺は兄貴に抱き上げられ、抱きしめられ、頬擦りをされている。


「ヴィクトリア、お前今まで一体どこに…。

ああ、かわいいヴィクトリア、やっと僕達の元に戻ってきてくれたんだね。

もうどこにも行ってはいけないよ。」


兄貴、なに、その甘々なセリフ、恥ずかしくないのか。

俺も久しぶりに会えてうれしいけどさ、さすがにそれはドン引きだ。


兄貴は小さい頃からよく俺と遊んでくれた。

実際くそ親父よりも兄貴にかわいがられた記憶の方が多い。

と言うか、俺の能力がばれるまで、親父が俺に興味を持つなんてこと無かったな。


て、それどころじゃなかった。

俺は今、兄貴の両手でギュウギュウに抱きしめられている。

兄貴ー、少し力を緩めてくれ。

せっかく食べた母さんの美味しい手料理が無駄になるー。


ジュリは俺達の様子が気になるみたいだったけど、

後が面倒になりそうだから、さっさと帰した。



さて、今俺は兄貴の膝の上にいる。

それも食事中の兄貴の膝の上だ。

おかしいだろ、俺は今一応7歳だ。

小さい子供じゃないんだから抱っこはおかしいだろう。

いや、まだ抱っことかされていてもいい年か?微妙なところかな。

しかし、俺はもう夕食はさっき済ませたし、

はっきり言って、こんな所に拘束されていたくない。


「お兄様、私がここにいると邪魔でしょ?下ろして下さいな。」


「いや、全然邪魔じゃないぞ。返って居てくれたほうが安心する。」


どうやら下ろす気は全然ないようだ。


「それに、ヴィーにはまだ聞きたいことがあるし、逃がさないようにね。」


おぅ、その笑顔怖いです。

しかし安心するというのは俺にも言えるようだ。

さっきから、兄貴の大きくて暖かい膝の上に座っていると、

心地よくて眠くなってくる。

目をこすりながら、何とか睡魔と戦っていたのだが、あぁ、だめだ、瞼が重い。

俺はとうとう目が開けていられなくて、

兄貴の膝の上で、こっくりこっくりと居眠りを始めてしまったようだ。


遠くで母さんの声が聞こえる。


「あらあら、ヴィーったら、眠ってしまったのね。

あなたの膝の上が気持ちよかったのかしら。」


「おや、いつのまに。聞きたいことが沢山有ったのに。」


いかにも残念そうな兄貴の声がする。


「エドお願い。

ヴィーをあまり問い詰めないでほしいの。」


「母上、私もヴィーが嫌がることはしたくはありません。

ヴィーがどうして家を出たのかも想像はつきますし、

この子に対する父上の仕打ちはあまりにもひどかった。

こんなに幼いヴィーを休みなく各地に連れ回し、

聖女として治療をさせ、金を巻き上げる。

中には酷い怪我を負ったり、死にかけた患者もいたでしょう。

体力的にも精神的にもさぞつらかった筈です。」


二人は俺に気を使い、小声で話しているつもりらしい。

でもねぇ、俺を挟んでの話だよ…。


「ええ、分かります。

だからあの時、私はこの子やあなたを連れて、

無理にでも家を出ていればよかったのです。

でも私はそれをしなかった。

だから、この子に苦労をかけたのも、あなたを不幸にしてしまったのも、

全て私のせい…。」


母様の声は、酷く辛そうだ。


「違います、母上のせいでは有りません。

全ては、金に目がくらんだあの男が悪いのです。

自分の年かさも行かない娘を食い物にするなど、

あの人は親ではない!ただの亡者、鬼です。」


憎々しげに兄貴が吼えるけど、

俺、起きているんだよね、今更言えないけど…。


「それにあの時、母上とヴィーが家を出たとしても、

あの人は国に協力を要請し、

どんな事をしてもこの子を見つけ出し、また同じ事を繰り返したと思いますよ。

だから母上が気に病むことは無いのです。

帰ってきてくれたヴィーを、これからどう守っていくかを考えましょう。」


「ええ、そうですね。あの人が捕まっていない以上、

きっとまだヴィーの事を諦めていない筈。

下手をすれば他の人もヴィーを探しているかもしれない。

何としてもヴィーが帰った来た事を知られないようにしなければ。」


「私も何とか知恵を絞ってみます。

こんな苦労を負わせてしまった二人に、

何とか報いる方法を。」


「あら、私は今の生活を、苦労なんて全然思っていないわ。

このお店だってほとんど趣味のようなものだし、楽しくやっているもの。

趣味でお金を稼げるし、お金の大切さだって学べたわ。

一番良かったのは、あの見栄ばかりの堅苦しい生活から抜けられ事ね。

今の私は、生きがいと自由で、とても楽しく生きてますから。」


母様の言葉に嘘はないだろう。だって声が生き生きしてるもの。


「そう言っていただけるだけで、私も少しは救われます。

しかし、今以上に母上やヴィーを幸せにするよう私も頑張りますので、

もう少し我慢してください。」


「ふふ、楽しみにしているわ。でもね、ほんとに私はとても自由で楽しいのよ。

気の合う友達なんて初めてだし、私は今のままで十分幸せなのですよ。

それよりもヴィーの事です。

見つからないようにすることも大切ですが、

もし、私達がこの子の意にそぐわない事をして、

再びヴィーがここからいなくなる事が怖いの。

またどこかに行ってしまわないか不安なのです。」


「しかし、母上は気になりませんか?

ヴィーがどうやって家を出たのか、

ジュリアさんに会うまでどう過ごしていたのかを。」


「それは……、気にはなりますが、

でもね、無事こうやって私達のそばに帰ってきてくれた。

今はそれで良いではありませんか。

後は、ヴィーが話してくれるまで、ゆっくり待ってもいいのではと思うの。」


と、言う事は、母様はこの先ずっと、俺に傍に居てほしいんだよな。

う~ん、俺としては一っ所に留まるのは性に合わないんだよなぁ。

でも母さん達には苦労を掛けちまったし、不安な気持ちも分かるよ。

何たって、母さん達にとっては、俺はまだ7歳の女の子なんだよな。


「しかし、母上。」


「エド、あなたも本当は気が付いているのでしょ?

ヴィーが、治癒能力以外にも何かしらの力を持っていると。

ただの子供ではないと言う事を。」


「それは…、確かに…。」


「この子はいずれ、また家を出ていくのではと私は思っています。

でも、少しでも長く私のかわいい娘として、傍に居てほしいのです。」


これは私のエゴですね…。そう小さな声で母様が言っている。


……ごめん母様、ごめん兄貴。

俺の能力を感づいていたのに。それでも俺の事を思い、心配をしてくれる。

やはり血を分けた肉親ってすごいな。

て、あのくそ親父も肉親だった。

もとい、思いやりのある家族は有難いな。

俺は今までいくつもの人生を送ってきたけれど、

二人にとっては、今が唯一の時だったんだ。

その唯一の人生の中で、あなたたちにとって、

俺は娘であり、妹であり、家族なんだね。

俺は今しばらく、母さん達の傍に居よう。

そして、自分の事ばかりではなく、少しでも親孝行をしよう。

ただ、あのくそ親父、まだ捕まっていないんだ。

母さんたちが心配なく生活できるよう、あいつの事も何とかしなくちゃな。

そう思った直後、ふわっと体が浮いた気がした。


「母上、ヴィーを寝かせて来ます。」


「ええ、お願い。

ただ、貴方のベッドでは無く私のベッドにしてね。」


え~私と一緒でもいいでは無いですか。とか、

小さい頃はよく一緒に寝ていたんですよ。なんか言っていたけど、

母様が頑として譲らなかった。

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