第23話 ただいま

「さあ座ってちょうだい、ちょうどヴィクトリアが好きだったお菓子が有るのよ、

お茶も入れましょうね。」


部屋に入って思い知らされた。

狭い、この家は以前住んでいた屋敷と比べたら雲泥の差だ。

ほんの1年前までは何不自由なく、大きな屋敷に暮らしていたのに、

今は自分で働かなくては生活できない母様の現実に、

本当に申し訳なく思ってしまう。

屋敷にいた時は、使用人に任せていた沢山の事も、

今は自分で全てやるんだろうな。


部屋を見渡すと棚の上に、

俺の部屋に有ったぬいぐるみが、ぽつんと置かれていた。

女の子らしさを見せかけるために、一応飾ってあっただけのぬいぐるみだけど、やはり懐かしい。

あれから1年ぐらいしかたっていないのに、ずいぶん前のような気がする。

そっとぬいぐるみに触っていると、


「屋敷の物はほとんど持ってこれなかったけど、

それだけはね、どうしてもと思って隠して持ってきたの。」


差し押さえられるほどの価値が有るのか?これ。

ああ、なるほどこの首輪に縫い付けられているのは本物の宝石なんだ。

こんなの取っておかずにさっさと売って、生活の足しにすればよかったのに。


「家の中で持ち出せた、たった一つのヴィクトリアの物なの。

ごめんなさい、ぬいぐるみしか持って来れなくて。」


そんな事、母様が謝る事ないんだよ。


「それで……、こちらの方は?」


多分ずっと気になっていらんだろう。

ジュリを見てお母様が訊ねた。


「遅れまして。私は隣の国、リトアンナに住んでいますジュリアと申します。

ひと月ほど前にヴィクトリアさんと知り合いまして、

ほんの少しですが事情もうかがいました。

どうしても国に帰ってお母さま達の様子を確かめたいとおっしゃるので、

私もこの国に用が有るついでに、ご一緒させていただいた次第です。」


「それは、どうもありがとうございました。

何かお礼を…と思いますが

何と言っても、御覧の通りの状態で…。」


「そんな、お気を使わずに。」


「そういう訳にはいきません。

こんな所で申し訳ありませんが、もしよろしければ、

この国に滞在中ここにお泊り下さい。」


此処に泊まると言っても、満足に客を迎える余裕などないだろうに、

母様は世話になったジュリに、どうしても礼をしたいんだろうな。


「いえ、実はもうこの先の旅亭に宿を取っておりまして……。」


「まあ、そうでしたか…。

では、大したものは用意できませんが、

せめてお夕食を召し上がって行ってくださいませんか?」


「まあ、喜んでお言葉の甘えさせていただきますわ。」


すると差の時、控えめなノックの音がした。


「お取込み中ごめんなさいよ。

クリスさん、店の方は全部配って、片付けと戸締りもしておいたよ。

あとは入り口の鍵をかけるだけだからね。」


「まあ、ロゼさん何から何まで、ありがとうございます。」


「いいさ、何事も持ちつ持たれつだよ。

それとこれ…。」


そう言いながらロゼさんは数十枚の硬貨を取り出した。


「セレスさんは、ただっでいいって言ったけど、

みんなそれじゃ悪いからって、ちゃんと払っていったよ。」


「そんな…、ありがとうございます。」


「なに、いつも安く売ってもらっているんだ。

礼を言いたいのはこっちの方さ。」


そう言いながらロゼさんは豪快に笑った。


「さてあたしも家で夕飯の支度だ。

じゃあ、ごゆっくり。」


そう言いながら俺達に手を振って帰っていった。

俺もロゼさんにニッコリ笑いながら手を振り返す。

よかった、お母様の周りにいい人たちがいてくれて。



それからお母様の手作りの夕食を食べながらもお互いの話は続いた。


「それでは、お兄様は一緒に暮らしているのね。」


俺は母様に心配をかけないよう、ブリブリ言葉にチェンジだ。


「ええ、近くで場所を借りて皆さんに勉強を教えているのよ。

昼間働いている子もいるので、あの子は昼も夜も教えていてね、

そうそう、子供だけではなく希望するなら大人の人にも教えているのです。

中には剣を教えてくれと言う人もいるみたい。」


「そうなの。では帰りは遅くなるのですね。」


「遅いと言ってもそんなに遅くはなりませんよ。

ふふ、きっとヴィクトリアを見たら驚くでしょうね。」


楽しみだわ、と嬉しそうにお母様は笑っている。

夕食は質素ではあるが、俺の好物ばかりが並んでいる。

母様の手料理は久しぶりでうれしい。

メインはハプイのシチュー。トトラを中心としたサラダ。

それと俺が収納から出したシグエラの肉をステーキにし、あと軽く2品。


「このお肉、とっても美味しいわ。」


と母さんが言う。


「私が狩ったのよ。」


うっかり口を滑らしてしまった。


「狩ったって、ヴィクトリア一体何を……、

いえいいの、もしあなたが話す気になったら、教えてね。」


別に隠したいわけじゃないけど、俺が何をしていたのか聞いたら、

きっと母様は心臓麻痺をおこしかねないかも。


食事も終わり、ジュリは宿に帰るというので、

じゃあ俺も、と一緒にドアを出ようとしたら、


「どこへ行くの?ヴィクトリア。」


母様に止められた。

考えてみれば、そりゃそうだ。

一応俺、帰ってきた事になるんだな。

どうしようジュリ。

もしかして、俺はこのままずっとここに足止めになるのか?

ジュリも複雑そうな顔をしている。

俺はまだ自由に暮らしたい。助けてくれジュリ。


するとなぜかジュリの声が頭の中に流れ込んできた。

”どうしろと言うのですか。あなたが帰ってこられて、お母様はとても喜んでいるのですよ、またいなくなれば、とても悲しむでしょう?”

何だこれはテレパシーか?

まあいいや、今はそれよりも現状だ。

”そんな事言ったって、俺がここから出られなければ、お前はどうする気だ?”

”うー、どうしましょう。

でも、ここで立ちっぱなしでも、お母様に変に思われます。

取り合えず今日は私一人で宿に帰ります。

また明日伺いますからその時相談しましょう。”

”分かった。絶対に来てくれよ。”

俺は必死になってそう訴えた。


「セレスさん、明日又お伺いしてもよろしいですか?」


ジュリがそう尋ねた。

母様は少し怪訝な顔をしていたが、断りはしなかった。


「ええぜひ、お待ちしておりますわ。」


それではと、ジュリがドアを開けた途端、

外から入って来た人とぶつかりそうになった。

危うく倒れかけたジュリをその人の手が抱き留める。


「失礼、大丈夫ですか?」


その声は兄貴!

うわー、ちょっと照れくさいな。まず何て言おう。

なんて思っていたら、兄貴の目はこっちなんて全然見ないで、

ジュリにくぎ付けになっている。


「お客様でしたか。

……こんなに美しい人がいらっしゃるなら、もう少し早く帰るのでした。

私はエドモントと申します。どうぞエドとお呼び下さい。」


兄貴、ちょっと合わないうちに、ずいぶんナンパな野郎になったんじゃないか?


「ハァ……、あ、私はジュリアと申します。」


何と、兄貴はジュリの手を放さず、握ったまま話し続けようとする。

”お、お師匠様ー!、助けて下さい。”

しかたないな。

俺は兄貴の意識をこちらに向ける事にした。

ジュリ、お前はその隙に逃げろ。

俺はにっこり笑いながら兄貴に声をかけた。


「お帰りなさい、お兄様。」


「ああ、ただいまヴィク…ト……えっ?」

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