05

「おや戻ったようだ。どうだった?」

「それらしきものはありませんでした。」

梟さんの問いに兎さんが淡々と答えた。

「あらあら鴉じゃなかったのね。またふりだしだわ。」

口元を袖で覆って肩を落とす姫さまに一つ提案を持ちかける。

「あの、それじゃあ森の出口を調べたらどうでしょう。」

「出口?」

「はい。姫さまは、鏡は森から持ち出せないと仰いました。

 だから、持ち出せる限界の場所に落ちてる可能性はあるかな、と。」

私の考えに、狐さんが感心の声をあげる。

「あーなるほど。弾かれて、放置されてんじゃねーのって事だな?」

「そうです!……弾かれて…?」

その言葉にはっとする。

「血…。もしかして、鏡を掴んで足を切ったとか…。」

「装飾鏡だよ。持った程で切れたりしないさ。」

梟さんはそう言うが、

「例えば、割れてたりしたら…」

「!」

「…割れた破片だったら…さぞやスッパリいくでしょうね…。」

脳裏にフラッシュバックする光景。

足の裏の傷。鮮やかな裂傷。

「あの人…。」

「カナコちゃん?」

「やっぱり、鴉さんかも。」

「どういう事です、説明してください。」

事のあらましをざっと説明する。

「なるほど。やっぱりクソガラスでしたか。」

「いやでも、ヒトだったんだろ?」

憤る兎さんに、狐さんが冷静に問いかける。

確かに『鴉さんはモノノ怪じゃないからこの森には入れない』と言ったのは兎さんだ。

「ご神体に触れたのなら有り得ます。しかし、割った挙句、血を付けるなど…!」

「そこまでされてちゃ、姫さまの具合の悪さも納得だよね。」

鼠さんが近くに来ていた。心配そうな表情をしている。

血は穢れで、近付けるなと言っていたのはそういう事だったのか。

その所為で今姫さまの具合が優れないらしい。

だけど―

「えっと…その、割ったのも鴉さんでしょうか…。」

「以外に誰がいるのです。」

そう言い切られると、何と言っていいものか言葉に詰まる。

「いえ、その。思っただけです。」

大人しく引き下がると、兎さんはやる気満々の様子で宣言した。

「とにかくクソガラスをひっ捕まえます。」

対して狐さんにはそうそうやる気もないようで。

「でもよぉ、姿、見てないぜ。」

「確かに。巣にも居なかったね。」

そこまで広い森ではない。今まで誰も出会っていないのが引っかかる。

「でもだよ、ヒトになってたんならこっちに居る筈だよね?」

鼠さんの問いに兎さんは首を振った。

「鴉は太陽の眷属なので、此方側には来られない可能性はあります。」

「じゃあどうすんだよ。今あっちには行けないんだぜ?」

「ですので、早くこちら側の鏡を見つけて下さい。」

「結局それかよ。」

狐さんは半笑いで肩を竦めた。

「カナコの話ですと、鏡には血が付いている筈です。

 皆さん、血の匂いを辿るのはお得意でしょう。

 僕は触れられませんので、皆さんに回収をお願いしますよ。」

「仕方ねぇなぁ。」

流石にそこは素直に納得するらしい。

「では再探索と行こうか。」

梟さんの号令で皆それぞれ森へ向かう。

私は姫さまに声を掛けられて立ち止った。

「カナコちゃん。ごめんなさいね。迷惑かけて。」

いいんですよと断ってから、ふと思い立って訊いてみた。

「姫さま、鏡の場所を感じ取るとかは出来ないです?」

「うーん。そうなのよね。

 普通だったら感じ取れて然るべきなんだけど、今はとっても具合が悪くて。」

「そうなんですか。」

姫さまはよょょと泣き崩れる仕種をした。

「うう、神さまなのに、役に立たなくてごめんなさいね。」

「そんなことないです!無理しないで下さい。」

徐々に具合が悪化しているのが見ていてわかる。

姫さまの為に、早く鏡を見つけて来よう。


捜索へは鼠さんと行く事にした。

お社の裏の方へ向かっているようだ。

鼠さんは暫く無言だったけど、唐突に話し始めた。

「なぁ、アンタさっき、変な事言ってたよな。」

「変な事?」

自分の発言を顧みるも、どれを指しているのか解らない。

「うん…割ったのも、鴉かって。」

鼠さんはこちらを見ない。

「ああ。だって不思議じゃない?狐さんが言ってたでしょ。

 『今まで興味を示さなかったものを、突然』って。」

「うん…。」

「それで、割ったかどうかはともかく、鏡は社から出てたんじゃないかなって。」

「・・・ふぅん。」

聞いてみたもののそんなに興味がなかったのだろうか。

鼠さんの反応は薄い。

「見つかるといいね、鏡。姫さま調子悪そうなの、どんどん酷くなってるみたいだし。」

「・・・うん。心配だ。」

立ち止ってそれだけ呟く。

梟さんや狐さんに比べ、姫さまの事をとても心配しているのが伝わってくる。

鼠さんはサッと茂みに潜り込むと、銀色のわっかを持って出て来た。

「あ、それ…?」

見た事のある形だ。姫さまの髪飾りによく似ている。

「鏡の、装飾枠だよ。鏡面は…割れたからか、付いてないけど。」

「おおお…。」

「この辺りに、他の破片は落ちてないみたいだ。どうする?」

「そうかぁ。じゃあ、一度戻ろうか。」

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