あなたは私の運命の人 ―出会えた奇跡に祝福を―

第2話 存在したお伽噺

運命の人などというのは、ほんの一握り、

いや、それ以下の人間に与えられた幸運だ。

俺はそれを願うほどのロマンチストではない。

中にはそれをお伽噺と言う人もいるが、それが実在する事を俺は知っている。

だが俺の知る限り、それに出会えた者は片手で収まるほどしかいないだろう。

だから、それ以外の人間が不幸かと言えば見当違いも甚だしい。

幸せな家庭を築き、何人もの子や孫に囲まれ、

穏やかに暮らしている奴を何十人も知っている。

だから俺も身の丈に合った人間と出会い、時期が来たら結婚しようと思っていた。

今までにそれを考えた人間も何人かいた。

しかし、最後まで踏み切れなかったのは、やはり何かしら違ったのだろう。

今日も任務で海の上だ。

いつもと変わらない一コマの筈なのに、いつもと何かが違う。

遠く水平線の向こうから、俺を呼ぶ声がする。

小さく、微かな、しかし確かに俺を呼ぶ声が。

「行かなければ…。」

「ハッ、何かご命令でしょうか。」

「この方向…。北西の方向に針路を取れ。

そして全速力で向かえ。」

「え？本日の予定はそちらの警備では無く…。」

「口答えはいい！早くしろ！！」

早く！早く！！さもなければ……。

声が消えてしまうのを恐れ、俺の気が急く。

船は海の上を滑るように進んで行く。

やがて、水平線の向こうに小さな船が認められた。

「あれだ！あの船へ向かえ！」

今すぐ飛び込んであれに向かいたいが、船の方が格段に速い。

それが分かっているので、何とか気持ちを落ち着ける。

ようやく小舟までたどり着き、梯子を下ろすのももどかしく、俺は海へ飛び込んだ。

「少将殿！」

すぐに小舟に泳ぎ着き、掛かっていた幌を思い切り剥ぐ。

「そ…そんな……。」

間に合わなかったのか？

そこには横たわる一人の女性、いや、少女か？

ひと目で分かるカサカサに干からびた白い肌。

それだけでも痛々しいのに、左の手首を中心に赤い水溜りができている。

「なんて事を……。」

震える手を伸ばし、横たわるその体を抱きしめた。

何て軽いんだ。

それに、この暑いほどの日差しの下でも、驚くほど冷たい体。

間に合わなかったのか？

焦燥感が募る。

このまま俺も一緒に逝ってしまおう。

そう思った時、微かに唇が動いた。

「あ…りが……と。」

生きている！ガサガサのつぶれたような声でも、確かに聞いた。

「ご…めん…ね…。」

わずかに灯っている命を手放そうと言うのか？

だめだ！逝くな！

俺を置いて逝くな！

俺は思わず唇を重ねた。

そして湿り気の無い口内に夢中になって舌を這わせ絡みつかせる。

どのくらいそうしていただろう。

こくりという喉を鳴らす微かな音を聞いた。

そして、うっすらと開く瞳。

まるで、星まで映しかねない空のような、深く青い瞳。

「な…かな……いで…。」

血にまみれた指が、力なく俺の目の前に上がってくる。

生きている！神よ！感謝します！戻って来てくれたのか？俺の下に。

「少将殿、どうか手当をさせてください。」

気が付けば小舟の上にはもう一人、衛生班のオブリーが跪いていた。

そして、艦の救助艇が横付けされている。

「頼む、助けてくれ。

俺の運命の人だ。」

息をのむ音。

「分かりました。

できうる限りの手を尽くします。」

応急処置を施した後、彼女を艦の医療室へ運ぶ。

「少将殿、お着換えを。」

「いい。」

一時も離れていたくない。

衛生士が彼女の服をハサミで切り裂こうとする。

「何をする！」

「落ち着いて下さい少将殿。

このままでは治療や検査をしようにも出来ません。

いくらあなたの運命の人と言えども、今は命が優先されます。堪えて下さい。」

仕方がないのか…。

「少将殿もそのままでは不衛生極まりない。

この方に触れる事を許可できません。

大人しくシャワーを浴びるなりなんなり、

とにかくその体を綺麗にして来て下さい。」

くそっ。

すぐに戻るから、何処にも行くな。

逝く時は一緒だから、待っていてくれ。

俺は自室に戻るのももどかしく、近くのシャワー室へと駆け出した。

俺は出来る限り早く、出来る限り清潔になるよう身支度を整えた。

そして彼女は待っていてくれた。

衛生士の話では、思ったほどの出血も無かったようだ。

「傍に落ちていたナイフが、ずいぶん錆びていましたから、

思ったほど切れなかったのが幸いしました。」

手首はきちんと縫合され、今は真っ白い包帯が巻かれている。

細かい傷と打ち身が有るが、これはほとんど快方に向かっているそうだ。

後は脱水症状と栄養失調に対する点滴をしている。

「峠は乗り越えましたので、安心して下さい。」

「……ありがとう。あの、手を…、」

「えっ？」

「手を握るぐらいなら、触っても大丈夫だろうか……。」

「ええ、そうしてあげて下さい。今はそれが一番の薬になるかもしれません。」

俺はベッドの脇の椅子に腰かけ、包帯の無い方の手を握りしめた。

「良かった。本当に良かった。」

俺は握りしめた手に口づける。

「遅くなってすまなかった。苦しかっただろ？かわいそうに。」

そう言いながら、カサカサになった頬をなでる。

「不思議だな。

会って、まだたいして時間が経っていないのに、

もう何年も何十年も愛しているような気持ちだ。」

「早く目を覚ましてくれ。

君は俺を見てどう思ってくれるだろうか？

好いてくれるだろうか？

やはり君が目を覚ますのが少し怖いよ。」

「君は一体何処から来たのだろう。

言葉が通じると言う事は、この国のどこからか、潮に乗って流れてきたのだろうか。

いったいどんな生活をしていたのだろう。

君は何が好きなんだろうな。

目が覚めたらたくさん話をしよう。」

「俺は君を幸せにしたい。

何に代えても幸せにする。

どんな我儘もかなえてあげたい。

だから早く目を開いて、その美しい瞳で俺を見てくれ。」

すると、眠る彼女の目尻から涙が一筋流れ落ちた。

そして、うっすらと口角が上がる。

俺は思わず口づけをし、問う。

「いつから聞いていたんだ？」

「えっと…。潮に乗って流れてきたのだろうか…あたりから。」

「悪い子だ。」

すると、待ち侘びた、その奇跡のような眼が開かれた。

「だって、幸せだなって……。

夢ならこのまま覚めないほうがいいなと思ったけれど、

またあなたが泣くのは嫌だから。」

「もう泣かない。君が目を覚ましてくれたから。」

「助けてくれて、ありがとうございました。」

「こちらこそ、生きていてくれてありがとう。」

「………。」

「愛しているよ。私の名はアダム・ギラン」

「私も…愛しています。

私の名前は……えっと………？」

どうやら自分の名前を思い出せない様子だ。

「無理をしなくてもいい、こうして君に出会えた。

今はそれだけでいい。」

「私は、こんなに幸せでいいのかしら…。」

「当然だ。

これから、もっともっと幸せにしてあげる。

だから…。」

「だから？」

「俺も幸せにしてくれ。」

「喜んで。」

そして俺たちは、また長い口づけをかわした。

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覗いていただきありがとうございます。

他サイトにて、BL版連載中。

もし男女の恋愛だったら……、と思って始めてしまいました。

取り合えずお試し、

もしかしたら、続編に突入する可能性も有ります。