第5話

 ヘリコプターでの移動は悪くはなかった。絶えず聞こえてくる爆音さえ気にしなければ、快適と言ってもいいだろう。なにしろ、マーマンからすればかなりな速さで目的地へと向かっているのだから。じっと座席に座って真下の海を見ているうちに、目的地の島の海岸に付いてしまった……そんな感じだ。ヘリコプターが無事海岸に着陸すると、操縦していた三十代ぐらいの女性操縦士がヘリコプターのドアを開け、マーマンとドクター、フリーダイビングの経験がある青年は砂浜に降り立ちヘリコプターから離れる。小島の様子は、前に来た時とほとんど変わりがない。しかも砂浜にはマーマンが乗って来たボートが置いてある。ただ、空がどんよりと曇っているのが違うだけだ。マーマンはボートに近寄るとコントロールパネルに触れ、ボートの状態を確かめる。そしてボートが正常なのが解ると、マーマンとケイと名乗るフリーダイバーの青年、そしてドクターと操縦士の女性も加わって海の中の廃虚への入り方や、凍結された人々が集められている階に着くと、まず何をするかを確認しあった。そして確認が終ると、マーマンとケイはウエットスーツに着替え、ドクターと一緒にボートに乗り、操縦士の女性を海岸に残してボートで海に向かった。三人でボートを砂浜から海まで押して一斉に乗り込むとマーマンはボートを動かし、廃虚へと向かう。小さなボートに三人も乗ると窮屈だったが、廃墟の上に着くとボートを止めてマーマンとケイは潜水の準備をする。

「じゃあ、行くよ」

マーマンはドクターに声を掛けると、ケイと一緒に海に潜った。

 海の中の様子は、マーマンが発掘人の仕事をしていた時とほとんど変わりが無かった。ただ*かれら*がいないだけ。*かれら*は博士の研究仲間によって、安全な場所に移動さられたのだろう。視界が悪い中に廃墟の姿が見え、マーマン達は廃墟に向かっていく。廃墟に近付くと、まずマーマンが廃墟の開いた窓から中に入り、続いてケイも廃墟に入ると水面に向かって上昇し、水から顔を出すと大きく息を吸う。そして水に沈む階段まで泳ぐとゴーグルを外し、階段を昇って水から離れた。

「まったく……なんてとこだ」

始めて廃墟に入ったケイは廃墟の階段部分の様子を見まわすと、呆れたと言うように呟く。

「まだ驚くのは早いよ。さぁ、行こう」

マーマンはケイを促して階段を上の階まで上がると、ドアを開いて中に入った。

「本当だ。すごい」

廃虚の内部をつぶさに見たケイ一言驚きの声を上げると、内部の階段を下りてマーマンが墓場だと思い込んだ場所に着くまで黙っていた。

「此処か。凍結された人達がいる場所は」

ケイが再び口を開いたのは、凍結された人達が収められている壁を眼の前にした時だった。

「よくまぁ、これだけの人達を海の中に隠せたものだ」

ケイは溜息混じりに言いながら、壁の扉についている小さなボタンを押し、取っ手を引っ張る。すると扉がゆっくりと開き、中から大きな台に乗ったカプセル状の物体が飛び出す。

「これが凍結された人が入っているカプセルだ。放置されていたのに無事なようだな」

ケイはカプセルに触り、カプセルがちゃんと機能しているのを確かめると、手首に着けているコンピューター端末を使ってカプセルの詳しい状態を確かめ、画像を撮影しカプセルに付いている端子から中に入っている人のデータを取り込んだりした。一つのカプセルを調べ終わると別の扉を開け、出て来たカプセルを調べる。マーマンとケイは次々と扉を開き、カプセルが出て来るとそれを調べて記録を採った。扉のからで出来たのは全部で三十五個のカプセルで、全て異常は無い。ただ一つ、何故か空っぽのカプセル見つかったが。この後は凍結された人々のデータを持ってボートに戻るだけだ。空っぽのカプセルは、中を調べる為に蓋を開けられたまま、床に置かれた。

「さぁ、戻ろう」

ケイに促され、マーマンは男と一緒に内部の階段を昇り、外側の浸水した階段部分に入ると、今度は階段を下りて再び水中に潜り廃墟を後にした。海に出たマーマンとケイは海面目指して上昇し、海上に顔を出すと息を吸い、ボート目指して泳ぐ。ボートにはマーマン達を待つドクターの姿があったが、何処かおかしい。マーマン達が乗って来たボートの横には見知らぬモーターボートか横付けされていたし、ドクターも蹲っているようだ。

「ドクター、どうした」

ボートに辿り着くとマーマンとケイは素早くボートに上がり、ドクターの様子を見て、愕然とした。ドクターが腹から血を流していたのだ。そしてマーマン達の前に、拳銃を持った黒服の男が、ドクターの後ろから姿を現した。博士と海に沈みかけたビルに住んでいたマーマンを、連れ出そうとした男だ。

「お前がここら辺の海で発掘人の事をしている事は、ファドの発掘人他からすぐに効きだせたさ。さぁ、大人しくこっちへ来てもらおうか」

黒服の男はマーマンに拳銃を突きつけ、しわがれ声で命令する。この男は、かつて博士とマーマンを襲った男に似ている。あれからずっと、マーマンを追っていたのだろうか? 

海に飛び込んで銃口から逃れたかったが、傷付いたドクターを残しては逃げられない。黒服の男の言うとおりにするしかないのか……。マーマンは唇お噛みしめ、黒服の男はにやりとしながらマーマンの腕を掴もうとする。ケイは両手を上げて見ているだけだ。

「さぁ、こい」

黒服の男がマーマンを自分が乗って来たボートに連れて行こうとした時、蹲っていたドクターが突然身を起こし、黒服の男を両腕で殴りつけた。

「早くこいつを自分のボートに乗せろ」

ボートの床で伸びている黒服の男を前に、ドクターはマーマン達に指示し、ボートの縁にもたれ掛る様に崩れ折れる。ドクターはかなり重症らしい。ドクターの様子が気掛かりだったが、まず指示を実行するのが先だ。マーマンとケイはドクターの指示通りに黒服の男を男のボートに乗せ、ボートのエンジンを入れ、黒服の男のボートから自分のボートに戻る。意識を失った黒服の男を乗せたボートはマーマンのボートから離れると、猛烈な速さで水平線へと進んで行く。黒服の男が完全に姿を消すとドクターの様子を見ようとしマーマンは、ドクターが海に落ちるのを目撃し、すぐにドクターの痕を追って海に飛び込んだ。

 凍結された人達が入ったカプセルが、次々と大きな船の船倉に運ばれて来るのを、マーマンは彼等を呼ぶ笛を手にしながら、船の甲板で見守っていた。傍にはドクターに合わせる為に連れられてきた、あのおおきな茶色い犬がいる。マーマンと犬の前で人の身体の入ったカプセルは、海中作業用ロボットとプロの潜水士達によって海面に上げられ、さらに大型船の甲板に取り付けられたクレーンで船へと運ばれる。その様子をマーマンは何時間も見守っていたのだ。海にはもう夕暮れがせまっている。おそらく次に運ばれてくるカプセルが最後の一人となるだろう。日が暮れる前に、凍結された人々を全員廃墟から運び出す事ができたのだ。後は上空を飛ぶヘリコプターに護衛されながら、ドクター達の組織の拠点の一つがある町の港までカブセルを運んで行くだけだ。それより、ドクターを入れたカプセルはどれだろう? クレーンで運ばれたカプセルが甲板に置かれた台車に乗せられるのを見ながら、マーマンはぼんやりと考えた。海に落ちたドクターを追って海に飛び込んだ時、マーマンが見たのは沈んでいくドクターに近付く海の生物、*かれら*の姿だった。おそらく仲間と共に移動せず、一頭だけこの海に残った個体なのだろう。その*かれら*の中の一頭は、ドクターの身体を頭で押しながら廃墟に入って行く。マーマンも後に続いて廃墟に入ると水の中を上昇して顔を水の外に出すと、思いっきり息をしてドクターを探す。

「ドクター、どこだい」

ドクターは階段が水に沈む場所で、足を水に漬けて倒れていた。*かれら*がドクターを水から上げてくれたのだ。

「有難う」

マーマンは彼等に触れて感謝の気持ちを伝えると、水から上りドクターの様子を見た。そして二人が無事なのを見届けると、*かれら*はゆっくり姿を消した。

「ジュニア……此処は廃墟か」

*かれら*が消えると、突然ドクターが口を開いた。ドクターは重症ながら意識はあるようだ。苦しい息をしながらも話し掛けてくる。

「此処が廃墟なら俺を、お前が墓場と言っていた場所につれていけ」

思わぬドクターの言葉に、マーマンは戸惑った。どうしてドクターがあの墓場に行きたがるのか解らない。でもドクターが言う通りにするしかないだろう。マーマンはドクターを抱えて階段を上がり、ドアを通り抜けると廊下を通って内部の階段に辿り着く。そしてゆっくりと階段を下りて行き、凍結された人々が眠る階へと向かう。そして凍結された人々のいる階に来た時には、ドクターは力を使い果たし、床の上に倒れ込み、慌て起こそうとしたマーマンに、ドクターは床に置いてある空っぽのカプセルを指差す。

「頼むジュニア、この中で眠りたいんだ……」

時危機切れ途切れの言葉で自分をカプセルに入れるように言うとドクターはそれっきり動かなくなり、マーマンはすぐにドクターに言われた事を実行した。重いドクターの身体を蓋の開いたカプセルまで移動させ、何とかカプセルの中に入れると暫くドクターの顔を見る。そしてドクターの顔が目に焼き付くと蓋を閉める。蓋を閉じるとカチッと言う音と共にカプセルに鍵がかかり、マーマンはケイがやって来るまでカプセルの傍にいた。


 最後のカプセルが船に運ばれるのを見終わると、マーマンは海に視線を移す。結局、ドクターが入ったカプセルは見付からなかった。と言うより、廃虚に残されてしまったのだ。カプセルの中の人間は、蘇生の可能性が無いとされて……。海がドクターの永遠に眠る場所になったのだ。多分、博士と同じように。マーマンが見ている海には一頭だけ残った*かれら*が泳いでいる。最後まで残っていた一頭が、最後に姿を見せてくれていた。

「さよなら」

マーマンは茶色い犬を置いて船縁に近寄ると、小声で*かれら*に別れを言う。もう*かれら*に会う事はないだろう。自分はこの船で、ドクターの所属していた組織の拠点に行くのだから。そこで失った過去の記憶を、安全に思い出させてもらうのだ。記憶が戻れば自分はもうマーマンでもジュニアでも無い、本来の自分になっているだろう。

 青年は船から離れていく*かれら*を見ながら笛を海に投げ、人魚男{マーマン}と言う呼び名に分れを告げる。

心の中で、スーの詩集の詩の一説を暗唱しながら。


貴方の眠るこの海に、静かに祈りを捧げよう

    ―了―


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眠れる海に静かな祈りを demekin @9831

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ