第3話

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「……地方に住む方々に気象の情報をお知らせします」

ラジオから女性の声がして、天気予報を伝えていた。その声にマーマンは意識を過去の思い出から現実に戻し、暫し明日の天気に聞き入った。明日はまた海に出て、あの海の中の建物を調べみないとならない。その為には明日の天気を知っておかなければ……。

「午前はおおむね晴れ、しかし午後は荒れ模様の天気となるでしょう」

女性の声が簡単に天気予報を伝え終ると、ラジオは再び音楽を流し始める。もう少ししたら、今度はこの地方で起こったニュースや様々な情報が聞こえてくるだろう。ここのラジオ放送は、この三つしか流さないのだから。もう寝よう。明日は早起きして海に出たほうがよさそうだから。マーマンはラジオを消すとベッドを離れ、本格的に寝る準備をした。シャツとズボンを脱ぎ、机の上のランプを点けてから部屋の照明を消して再びベッドに戻り、眠りについた。 


 次の朝、マーマンは夜が明ける前に目を覚まし、ウエットスーツ用のインナーを着て、いつものバックとウエットスーツを入れた袋を持って宿を出ると海に向かった。まだ薄暗く発掘人達が誰も通っていない道を通って海に出ると、さっそく今日の仕事の準備をする。袋からウエットスーツを取り出して着込むとボートに乗り、座席の下にバックを置くとコントロールパネルに触れる。と、ボートはすぐに動きだし、滑る様に沖合へと進んでいった。そしてマーマンは、静かに動く船の上で、笛を吹きながら*かれら*の気配を感じよとしていた。じっと海を見詰めて笛を吹き、ビアス状のイヤーホーンを付けて耳を澄ませていると、浪間を泳ぐ*かれら*の姿が見え、イヤーホーンを通して海中の*かれら*の声が聞こえる。

「来てくれたのかい。さぁ、こっちだ」

マーマンは笛を吹くのを止めてイヤーホーンを外すと、*かれらに*呼び掛ける。そして彼らが近付くとボートの速度を少し早め、彼らと一緒にあの廃虚へと進んで行く。

 ボートが昨日、マーマンが海の中で見付けた奇妙な建物ある場所まで来ると、マーマンはボートを止め、笛を置いて本格的な潜水の準備をし始めた。精神と身体を海に潜るのに最適な状態に整えるとゴーグルを着け、*かれらが*待つ海に飛び込み、呼び名通り人魚男{マーマン}となった。

 海の中は相変わらず視界が悪かった。しかし今日はゴーグルを着けていたし、あの海中の廃墟の位置は、しっかりと頭に入れていた。しかもマーマンが廃墟に向かって潜って行くと、*かれら*がマーマンを先導するように建物へと潜っていった。

(ありがとう!)

心の中で*かれら*に感謝しながら、マーマンはかれらの後を追って行く。廃墟の最上階はそう深くない場所にある。マーマンはすぐに最上階の窓の一つに辿り着くと、開いた窓の一つに入るかれらに続き廃墟の中に入っていく。驚いた事に、廃墟の中は明るかった。建物の天井の照明が灯っているようだ。マーマンより先に廃墟に入っていたかれらは、水の上から降り注ぐ光に誘われるように上に向かって進んで行き、マーマンも*かれら*に釣られて上昇し、顔を水から出して大きく息を吸う。

「ふぅーっ」

文字通り一息ついたマーマンは、ゴーグルを額に上げて自分のいる場所をじっくりと見た。

マーマンが辿り着いたのは、この奇妙な建物の階段の様だ。狭い空間に半分以上水に浸かった階段が見える。マーマンは階段目掛けて泳ぎ、海水に浸かった階段に足を掛けると水から上がり、階段を昇りはじめた。二、三段昇ったところで下を見ると、一緒に建物へ入った*かれら*が二頭、海水から頭を出しているのが見えた。

「ありがとう。外で待っていてくれないかい」

マーマンが*かれら*に一時的に今いる場所か離れるよう手で合図をする。そして*かれら*の姿が水の中に消えると、再び会談を昇り始めた。十数段階段を昇ると踊り場に出て、そこからさらに階段を昇ると、上の階の扉の前に辿り着く。鉄で出来たその扉は重そうだったが、鍵はかかっていなかった。マーマンは扉の取っ手をひっぱり、身体が通り抜けられるほど扉を開くと、扉の向こうに入っていく。

 扉の向こうは、人が三、四人並んで通れるほどの広さの廊下だった。廊下の壁に階段に出る扉があり、廊下の向う側は幾つもの部屋に仕切られ、部屋の扉が整然と並んでいる。

そして扉と扉の間には大きな窓があり、廊下から部屋の中がよく見えるようになっている。マーマンはその窓を見ながら廊下をゆっくりと歩き、部屋の中の様子を確かめる。いったい此処は何なのだろうか? 廊下から見える部屋の様子は、何とも不思議なものだった。やや広め部屋の中にはベッドやテーブル、戸棚などの家具が置かれていたが、そのほとんどは壊れていた。そして壊れた家具の間に、大きな収納ケースが、置かれている。動く物は何一つ見当たらない。それどころか人間が生活していた形跡も無かった。それなのに何故か建物全体に灯がついているし、大きなゴミもあまり落ちていない。この灯は何処からきているのだろうか? この建物は、いったい何の為に建てられたのだろう? なんとも寒々とした部屋を一つ一つ覗き込み、時には中に入ってみながら、マーマンはこの廃墟の正体が解るものを探す。しかしいくら部屋の中を探しても、建物の正体が解る物は見付からなかった。部屋の中の収納ケースを開けて見ようとしても、収納ケースには鍵が掛けてあるらしく、全く開きはしない。もう廃墟の中をうろつくのは止めて、ボートに戻った方がいいかも知れない……部屋に入っていたマーマンが建物の探索を止めようと思っていた時、何かの物音がこちらに近付いてくるのが聞こえた。それもかなりな速さで。マーマンは慌てて家具の影に隠れ、物音の主をやり過ごそうとした。そしてマーマンが身を隠すのと同時に、物音の主が部屋に入って来た。

「なんだこりゃ!」

入って来たのは、円筒形の胴体をしてその横に幾つもの関節がある鉄の腕を二本持った、自分で動く機械だった。奇妙な機械は、本体の下に付いている円盤状の物を回転させながら、部屋の中を動き回る。何をしているのか?

その答えは、機械の動きを見ているうちに解った。この機械は床に散らばっている埃を、下部の円盤を回転させながら吸い取っているのだ。こうして吸い取った埃は、胴体の中に集められているようだ。機械の胴体には丸い窓が付いていて、胴体の中で吸い込まれて物が回転しているのが見える。どうやらこの機械は、掃除用のロボットらしい。マーマンはかつてファドの町の発掘人達が、これに似た機械を探し当てていたのを思い出した。もっとも、その時探し出された機械は、今見ているものよりも遙かに小さかったが……。掃除ロボットはひとしきり部屋の中を掃除して回り、床に落ちていたプラスチックの大きな破片を見付けると鉄の腕の先の鉤状の指で掴み、部屋から出て行った。これでこの廃墟にゴミが少ないのかが解った。人間がいない中で、掃除ロボットが律儀に仕事を続けていたからなのだろう。どうやらロボットは、マーマンには気が付いていないらしい。それにしても、人間がいない中でロボットだけが動いているとは、なにか不気味だ。マーマンはみを隠すのを止めると部屋を飛び出し、ロボットの後を追って行った。

 掃除ロボットは廊下を掃除しながら進むと次の部屋に入り、手早く掃除すると再び廊下に出て次の部屋に入る。それを四、五回繰り返して廊下の突きあたりに壁に開けられている何かの出入り口に入っていった。ロボットの姿が出入り口の向こうに消えると、マーマンは出入り口に近寄り、中を覗く。ロボットが入って行ったのは、どうやら様々な機械の収納場所の様だった。薄暗い照明の中にマーマンが見た事も無い機械が整然と並べられ、収納場所の奥には機械のがらくたが積み上げられ、その横では床に丸く穴が開けられていた。掃除ロボットは穴の縁で動きを止めると、鉄の腕で持って来たプラスチックを床に置き、さらに胴体の窓の部分が自動的に開くと、胴体から埃の塊を鉄の腕で取り出し穴に捨てる。これでロボットは一仕事を終えたらしい。胴体の窓を閉めると穴から離れ、完全に動かなくなった。ロボットが無造作に置かれた機械の一つになったのを見てマーマンは、収納場所に入って積み上げられた機械を見上げる。

「おおぅ、すごい。」

壊れ、もう役に立たなくなった機械乗り山を前に、マーマンは簡単の声を上げる。おそらくおおくの人にとってはただのがらくたの塊なのだろうが、発掘人にとっては、間違いなく宝の山だ。これを資源回収業者にもっていけば、どれだけのもうけになる事か……。

とりあえずもうけになりそうな物を持ち帰ろうとして、マーマンさっそく発掘人の仕事を始める。積み上げられたがらくたに手を伸ばし、持って帰れそうな物を探し始めた。そしにしても、たいしたものだ。この掃除ロボットは。おそらく掃除ロボットが集めに集めたであろうがらくたの山を探りながら、マーマンはただただ呆れていた。今は休んでいる掃除ロボットは人間のいないこの建物の中で、ひたすらがらくたを片付け続けていたのだ。誰にも知られずに……。しかも集めてきたがらくたを、大雑把ながらも種類ごとに分けて置掛けている。何んとまぁ、たいしたものだ。そしてロボットの努力の賜物で、マーマンは人稼ぎしようとしていた。がらくたの山をじっくりと調べ、稼ぎになりそうな物を探す。そしてがらくたの山の前に放置されていた、携帯電話の入った大きな籠に目を着けた。おそらく、ロボットが拾った携帯電話を籠の中に入れていった物だろう。ロボットにとって、携帯電話はがらくたの一種なのだろう。しかし発掘人にとっては、良い稼ぎを齎すものだ。資源回収業者達は、携帯電話に高い値打ちを着けていたからだ。本当は籠ごと持って帰りたかった。しかし今日はこの建物を調べるだけにしようと思っていたので、大量の収穫を海の上に運ぶ準備をしていなかった。手で持てるだけ持って帰るしかない。しかしそれでも、良い稼ぎにはなるだろう。マーマンは籠から携帯電話を幾つか手に取り、状態の良さそうなのを選んでいった。とりあえず、傷が無く防水加工をした物を五個選び、片手で抱えるように持つと掃除ロボットの塒を後にする。がらくたの収納場所から廊下に出るといそいで階段に入りしっかりと閉めると、階段を急いて降りて行く。そして階段の浸水部分まで来ると、*かれら*が水中から頭を三つ出しているのが見えた。*かれら*はマーマンが階段を下りる気配を感じて来たのだろう。水中からマーマンを見ている*かれら*は、小鳥の様な声を出してマーマンを呼んでいる。

「わかった、さぁこれをたのむよ」

*かれら*に話し掛けたマーマンが携帯電話を三回水に向かって投げると、*かれら*は一頭ずつ見事に携帯電話を口で受け止め、頭を水中に入れた。マーマンもゴーグルを着けて潜水の準備をすると、水に飛び込み*かれら*の後を追った。*かれら*は携帯電話を銜えたまま建物から出ると、海面へと登って行く。マーマンも二つの携帯電話を片手に握りしめ、*かれら*に続いて上昇し、ボートの近くの海上に首を出した。

「ふうぅ」

マーマンは大きく息をするとボートの中に携帯電話を投げ入れ、ボートの縁に手を掛けて海から上がった。それと同時に携帯電話が三つ、ボートに飛び込んできた。マーマンはその携帯電話を自分が投げ入れた分と一緒に拾いバックにいれる。

「有難う」

マーマンは*かれら*に礼を言いながら、ボートに置いてある籠から魚を取り出し、彼等に投げてよこした。*かれら*は魚を口で受け取ると、海に潜ると姿を消していった。

「さぁ、これで今日の仕事は終わりだ」

マーマンはゴーグルを目から外すとボートの座席に座り、ボートを動かすとファドへの帰路に着く。仕事を始めた朝とは違い、空には灰色の雲が迫って来ていた。船着き場に着くころには、おそらく雨が降っているだろう。天気予報通りになってきている。雨が降る前に帰ろう。マーマンはボートの速度を速めながら、海原を進んで行った。

マーマンがファドの船着き場も戻った時には、曇り空から小雨が降り出していた。マーマンはいつものように今日の収穫を持って船着き場に上がるとボートを係留し、ウエットスーツを脱いでインナーだけになり、ウエットスーツを座席の下の物入れにしまうと携帯電話を入れたバックを持って船着き場を後にした。雨は降りだったが、気分は晴れやかだ。大きな収穫を手にしたわけではないが、今まで海で見付けた以上の収穫が得られたのだ。そしてそれ以上に、自分だけが知っている宝のありかを見つけ出せたのか、なによりも気分を良くさせてくれていた。マーマンは雨の中を速足で街中まで歩き、まずパン屋で昼食のパンを買って食べた。腹を満たしてパン屋を出ると町の外から来た資源回収業者のトラックとテントを見付けると、さっそくテントに入って商談を始めた。テントの中には積み上げられた鉄やプラスチックの山があり、その前に資源回収業者が仕事をする机と椅子が置いてあり、初老の資源回収業者が席についていた。マーマンは黙って携帯電話を机の上に置き、資源発掘業者の査定を待つ。すぐに携帯電話を手にした資源回収業者は、二、三分じっくりと調べ回った後、携帯電話を机に置かれた蓋付きの箱に入れ、肩に掛けた袋から現金を取り出しマーマンの前に置く。商談成立だ。しかもまずまずの儲けだ。マーマンは現金を受け取ると自分のバックに入れ、テントを後にした。雨はすっかり本降りになり、マーマンは雨の中を一気に走り、自分の宿に戻ると何時もの様にシャワーを浴び、着替えをして食堂の椅子に座り一息付く。仕事が早く終ったので夕食までには時間がある。それまでゆっくり寛げそうだ。マーマンは席を立ち食堂のカウンターでコーラを注文すると、コップを片手に席に戻りを口にする。窓の外を見ると、外は土砂降りの雨になっていた。昨日聞いたラジオの天気予報どおりだ。降りしきる雨の中を、人々は傘を差すかレインコートを着るかして歩いている。マーマンは暫くその様子を暫く眺め、コーラを飲み干した。空になったコップをテーブル置くと、マーマンは何かデザートを取りに行こうとしたところ、窓の外から傘もレインコートも持っていない人物が宿屋に近付いて来るのが見えた。あの、ドクターと呼ばれている男だ。ドクターは食堂の窓の前まで来ると、中を覗きこむ。一そしてマーマンと目を合わせるとドクターは再び雨の中を歩きだす。

「いったい何者だ、あいつは……」

マーマンはドクターに少し不気味な物を感じた。どうやらドクターはマーマンに興味があるらしい。しかし何故……。気にはなる。しかしあまり詮索しても仕方ないだろう。此処では、他人の事を探るのは得策ではないからだ。

「まっ、考えてもしょうがないか」

マーマンは呟きながら席を離れ、デザートを取りにカウンターに向かった。

 次の朝から、マーマンは海に沈む建物中で、発掘人の仕事を本格的に始めた。雨はもうすっかり止んでいて、空はきれいに晴れている。ボートで海に出るとかれらと一緒に海に潜り、建物に入る目ぼしい物を探し出し、防水性の袋に入れて廃墟の外に出る。そして袋をボートから錘で海中に垂らしたロープに着けた鉤に引っかけ、ボートに戻ると袋ごとロープを引っ張った。やや大きめのプラスチックは*かれら*が口に銜えて運んでくれた。

「有難う」

マーマンは*かれら*がボートに収穫物を運んで来るたびに、*かれら*の頭を撫で、お礼の魚を彼等に渡した。ボートと海中の建物とを幾度となく往復しそれなりの収穫を得ると、マーマンは*かれら*と別れて町に戻り、資源回収業者のもとに持って行き、報酬を受け取る。そんな日々が数日続くと、マーマンの懐具合は次第に潤っていく。そして廃墟の掃除ロボットが集めたがらくたの出所の一つも解った。開いている窓から流れてくるがらくたを、階段部分を掃除しに来たロボットが拾っていたのだ。ロボットが拾った物を廃墟から持ち出したお蔭で、マーマンは潤ったのだ。町の歓楽街に行って遊べるほどの金を得られたものの、マーマンは羽振りよくしないようにしていた。大金を得て派手な振る舞いをしたために、仲間から痛い目に合わせられた発掘人を何人も見て来たのだ。一儲けした時には、大人しくしているのにかぎる。とはいってもマーマンが大きな稼ぎを得ているのは隠せられなかった。マーマンの噂は町中に広まり、その噂を聞きつけた人間達が、マーマンにすり寄って来る。マーマンは金目当てに近付く人間達を何とかかわしていた。しかし自分の周囲に得体の知れない若者達が姿を見せるようになって来ると、マーマンは危険を感じ始めた。得体の知れない若者達は、あのシードラゴンの一員に間違いなないだろう。シードラゴンの制服は来ていないが、なんとなく雰囲気で解かる。どうやらシードラゴンは、マーマンに興味を持っているらしい。でも何故? 気味が悪い。それにシードラゴンには、良くない噂が多すぎる。海の様子に詳しい船乗りや羽振りの良い発掘人達を脅し、儲けになる情報を聞き出してしているなどと言う話だ。しかもマーマンは、博士と一緒に住んでいたビルを襲ったあの黒服の男がシードラゴンの人間と歩いているのを目撃した。マーマンを追ってファドまで来たのだろうか? 仕事を終えて宿に戻る途中だったマーマンは、見つからないように近くに止めてあったトラックの影に身を隠して黒服の男達をやり過ごすと、宿への帰り道を急いだ。もうこの町を出た方がいいだろう。それにもう十分ファドでは稼がせもらっていた。新しい町に行ってそこでの仕事が上手くいかなくても、暫く生活には困らないだろう。宿に戻るとマーマンは荷物をまとめ、次の朝早く宿を出た。自分の所有物を仕舞い込んだ車輪付き旅行鞄を引き、貴重品の入ったバックを持って船着場に向かい、さらに途中で出会った行商人から買った食料を旅行鞄の上に乗せて船着き場へと向かう。重い旅行鞄を引きずりながら船着き場に着くと、荷物を全て自分のボートに置き自分もボートに乗り込み、船着き場を後にした。これから何処に今かは決めていない。とりあえず今日は海中の建物をもう一度調べ回り、その後はこの近くにある無人島で一晩過ごすつもりだ。無人島とは言っても、陸地の高台が人間の起こした地殻変動で沈み込み島となった場所で、人の暮らし痕跡が残っている。食料さえ持って行けば、一晩ぐらいどうと言うことは無い。まずは無人島に行き、今晩の寝場所を用意しよう。マーマンはボートを無人島に向かって走らせ、目的地に到着すると無人島の砂浜にボートを上げ、島に上陸すると荷物をボートから降ろし、島に残された家屋を見て回り、状態の良い家を見付けると、バックと旅行鞄を持って中に入り、その家に一つしかない部屋を見回した。部屋の扉の横にはカウンターらしきものがあり、中にはテーブルと椅子が五組みと、ソファーが一つ残されていた。そして部屋の奥には厨房の跡がある。食堂か何かだったのだろう。まあまあ良い場所だ。寝るときは、ソファーをベッド替わりにすればいい。その前に、少し休憩してから海に出よう。マーマンは荷物をカウンターの上に置き、旅行鞄から食料を取り出すとソファーに座って腹ごしらえをした。身体を十分休めるとマーマンはソファーから立ち上がり、ウエットスーツに着替えて外へ飛び出し、海岸に着くとボートを海に戻して乗り込んだ。島から海中の廃虚がある場所に往くのに時間はかからない。すぐに目的地に到着すると、マーマンはボートを止めゴークルを着けると海中に飛び込む。

 海の中はいいも通りにマーマンを迎えくれていた。ただ違うのは、*かれら*の姿が無い事だけだ。今回は仕事をせず建物をじっくり調べるつもりだったので、*かれら*を呼ばなかったのだ。たった一人海中の建物を目指して潜り、建物の開いている窓から中へ入り、今度は上昇して水の上に頭を出し、大きく呼吸する。

「ふうぅ」

肺が空気に満たされるのを感じながら、マーマンは水に沈む階段まで顔を上げながら泳ぎ、水から上がると階段を上の階まで昇って行った。上の階の扉を開けて入ると、中の様子は何一つ変わってはいなかった。掃除ロボットが集め回ったがらくたが数を減らせているのを除いては。よかった。他に誰も来ていないようだ。マーマンは安心すると建物の中を速足で歩き回った。何時もならすぐにがらくたの収納場所に直行するところなのだが、今日は違う。がらくたの収納場所にはいかずに部屋の間の廊下を歩き、この階の中央にある階段に向う。前回この建物にやって来た時に見付けた、水に沈む階段とは別の階段だ。見付けた時は発掘人の仕事を優先させた為に、何処に通じる階段なのか調べてはいなかったのだ。マーマンは階段に足を掛け、慎重に降りてく。

 このもう一つの階段は水に沈む階段よりも広く明るかった。多分、多くの人が利用する為の階段として作られたのだろう。しかも水に沈んではいない。難なくマーマンは下の階に降りると、そこの様子を見て回った。下の階も上と同じように、幾つもの部屋に分れその間を廊下が通っていた。へ部屋の中に収納ケースが置いてあるのも同じだ。その下の階に降りても同じだった。しかしさらに下の階に降りると、様子が変わっていた。その階は部屋には別れてはいず、広い空間に大人の背丈ぐらいの高さの分厚い壁が等間隔に並んでいるだけだ。そしてその壁の片側には、上下二段のロッカーの扉の様なものが並んでいる。

壁に近寄って調べてみると、その扉は取手とネームプレートらしきものが付いているただの扉だった。しかし取手を引っ張っても、扉を開けようとしても開かずない。扉の内側に入っている物は、頑丈に守られているらしい。マーマンは扉を開けるのを諦め、改めて扉を見た。そしてネームプレートらしきものに二つの数字が書いてあるのに気付く。

「まさか、お墓?」

マーマンは、町外れの墓地の墓石には、数字がネームプレートと同じようにして書かれているのを思い出した。墓の主の生年月日とこの世を去った年と日付が、名前とともに書かれていた。まさか……この小さな扉の内側に収められているのは、亡くなった人達なのだろうか。思わぬものを見付け、マーマンはしばし呆然とする。そして我に返った時、マーマンは急ぎ足で階段に戻り、上へ上へと昇っていく。墓場の重苦しい空気から逃れる為に,一刻も早く、この階から離れたかった。階を二つ上がり、ロボットががらくたを集めていた階に到着すると、水に沈む階段へ入る扉を抜け、今度は階段を水に沈んでいる所まで降り、ゴークルを着け潜水の準備をすると水の中に入っていった。水に潜り廃墟の窓から外に出ると、*かれら*の姿が見える。*かれら*は何処かでマーマンが廃墟に入るのを見ていたらしい。マーマンを見付けるとすぐに傍へと寄ってきて、マーマンが海面に顔を出すまで一緒に泳いだ。まるでマーマンを守るかのように。

海面に顔を出すとマーマンは大きく息を吸い、*かれら*が輪になって泳ぐのを見た。遊びたがっているようだ。マーマンが再び潜って*かれら*と暫く泳ぐと満足したらしく、*かれら*は海の底へと消えて行った。*かれら*の姿が全て消えると、マーマンはゴーグルを外してボートに乗り込み、一夜を過ごす小島に向かった。

 小島に付くとマーマンは、今夜の塒に決めた家屋にさっさと向かい、中に入るとウエットスーツを脱ぎ、シャツとズボンを着るとソファーに寝転ぶ。時間はもう、夕方近くだ。それにしても、あんなものを見付けるなんて……。マーマンは海の廃墟で見た光景を思い出し、背筋に冷たいものを感じた。墓地や息絶えた人間なら何度も見ている。夕暮れに町外れの墓地を歩いても平気でいられる。しかし海の中で大勢の人の亡骸が横たわっているとなると、話しは別だ。海の廃墟に眠る人々の魂に、押しつぶされそうな気がする。もうあの廃墟にはいくまいと心に決めたマーマンは、ソファーから起き上がり、カウンターに置いたカバンからコーラの缶を取り出す。それにしても何故あの所に墓があるんだ? コーラを口にして気持ちが落ち着くと、様々な疑問が頭の中に湧き上がってくる。あの廃墟は建てられた当時は陸地に立っていたのだろう。その時から建物の一角に墓が作られていたのだろうか? コーラを飲み干しながら、マーマンはぼんやりと考えていた。しかしいくら考えても、謎は解けない。そのうち外で誰かが近付いて来るような音がして、マーマンは意識を現実に戻し、外を確かめようとドアを開けた、外に出る。その途端、外にいた誰かに思いっきり殴られ、マーマンは意識を失った。 


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