第16話 SPARKLE!
「ただいま」
「お帰りなさい」
由美が駆け寄ってくる。
「話がある、いいかい」
「ええ」
心配そうな顔をしている。
「ネットオークションのVIP会員になった。動く金額が大きくなるから、連絡が来たら一時間、遅くても二時間以内に対応しなければならなくなった。理解ってくれるかい」
まくし立てるよう一気に話す。
少し無理のある話だとは思ったが考える時間も無く、他に良い考えも思い浮かばなかった。
それでもほっとした表情になる由美。
「そう…なのね。…でも、それだとあまり遠くには旅行できないわね」
「事前に連絡すれば、1、2週間は大丈夫だって。だから新婚旅行には行けるよ」
「良かった。実は楽しみにしてたんだ。今日、旅行代理店でパンフレットも貰って来ちゃった。急いでご飯の支度するね」
理解ってもらえた気はしないが、由美の後ろ姿を見て気持ちが和む。
スキップするかのように早足でキッチンに向かう。
本当に楽しみにしていたのが見て取れる。
数日後、アポイントメントを取って由美の母、川原百合子に挨拶にゆく。
住まいをすでに知っていたことに由美は驚いたが、その経緯を説明すると、
「本当にあの人、頑固で見栄っ張りなんだから」
と言いながら目を潤ませていた。
(見栄っ張りじゃ無いけど、由美さんも頑固なとこ、あるよ)
と心の中で呟く。
部屋に上がり、今日はまず仏壇に手を合わせる。
由美の父、川原秀一の写真がある。
整った顔だが、芯の強さが表情に表れている。
写真だけで優秀な刑事だったと想像できる。
百合子の弟、山本刑事を庇って撃たれ、殉職したと初めて聞いた。
山本が姉の百合子に頭が上がらない理由の一つなのだろう。
今更思うが、由美も百合子も美人で山本とは血が繋がっているはずだが、どう見ても山本はハンサムとは言えない。
頭脳の方は明晰の様だが、ぼうっとしていると間抜けて見える。
それを刑事という職業に、巧みに活用している。
改めて百合子に挨拶をする。
「由美さんとの結婚をお許し下さい。大切にします、絶対」
「幸せにするとは言わないところがあなたらしいわね。…勝手に家を飛び出した破廉恥な娘など、お好きになさい」
「はい、ありがとうございます」
「それと以前、言っておいたわよね。それでどうなの。きちんと貯金できてますか?収入は安定してきていますか?綱渡りのような事が無いよう約束しましたわよね」
(約束はしていないと思いますが…。でも、この人の説教には愛を感じるなぁ。やっぱり親子だなぁ、雰囲気が同じだ。そして二人ともきれいだなぁ)
「何締まりの無い顔してるの。聞いているの」
(あれ、前も聞いたぞ、この台詞。やっぱり言い方が由美さんとそっくりだ)
「はい、聞いております。作品制作も由美さんが手伝って下さるので、ペースが上がっています。今のところ、まだ定期的に売れております。由美さんが手伝って下さるようになり、ファンも増えました」
「ふん、こんな娘でも少しは役立ってるようね」
(ええ~。今日は由美さんに優しい言葉を掛けてよ。由美さんも怒らないでねぇ)
恐る恐る由美を見ると笑っている。
「フフ、相変わらずね。思っていたより元気そうで安心したわ」
二人とも目を潤ませている。
(ケンカ別れしたようで、実はずっと繋がっていたんだ。やっぱり二人とも頑固だ。本当は会いたかったんだろうな)
健一の方が泣き出した。
「ずびばせぶ(すみません)、ぼぐがばやぐばびざづびぎでぐべば(僕が早く挨拶に来ていれば)ぼっどばびゃぐばがばぼびでぎだどび(もっと早く仲直りできたのに)」
「はぁ?あなた洗面所で顔を洗ってきなさい。由美、連れて行って差し上げて」
由美に連れられて洗面所に行く。
五分かかってやっと落ち着いた健一だった。
「お見苦しいところをお目にかけました。すみません」
「私も警察官を長いことしているから、人を見る目はあるつもりです。あなた、本当にいい人ね。由美をお願いいたします」
また泣き出しそうになる健一を由美が見つめる。
由美の可愛い顔のアップに健一の顔も緩む。
(ああ、天使のようだ。いや、女神様だ)
今回は由美のおかげで立ち直った。
「はい。大切にします!」
結婚式はせず、百合子と山本と、由美と健一の四人で祝いを兼ねた食事会をすることになった。
警視庁捜査一係付き管理官に復帰した百合子が、発生した事件を担当するため結婚式のような長時間、捜査本部を離れられないという事情もあった。
当然山本刑事も同様だ。
組織から結婚祝いとして500万振り込まれた(通常の普通口座に)事が驚きだった。
桁、間違えているのでは?という心配と、由美にどう話すかに頭を痛めた。
組織はロビーの件を注進した評価を兼ねてとの事だったが、そんな事由美には言えない。
ネットオークションのアドバイザー契約も兼ねての入金とごまかした。
そこまで売れていないのにと訝しげだが、お祝い金ということもありとりあえずは納得?したようだ。
新婚旅行の出発日が近いため、そちらの準備に気を取られた事もあるのだろう。
新婚旅行から帰ってきて三日経つ。
始末屋に昇格?してからはほとんど呼び出しが無い。
太田のように、誰かの担当となるにはまだまだ経験が不足しているようだ。
当分呼び出しも無さそうだった。
これで本業?の芸術家に集中出来そうだ。
結婚祝いの御礼の挨拶回りを兼ねてお土産も渡し終えた。
意外だったのは太田の由美に向ける優しいまなざしと、初めて見た緊張する様だった。
昼食後のコーヒーを飲みながらまったりと過ごしている。
レースのカーテン越しに入る優しい光が由美を包み込むようだ。
由美が大きくのびをする。
一瞬、由美を包み込む光がきらめき、光の世界に舞い込んだような錯覚に落ちる。
「うーん、ふう。…今日はなんだか暇ね」
「芸術家は暇な方が良いんだよ。こんな時間に作品をイメージする。それで制作に入ったらそれこそ作業にかかりっきりだ」
「あなたは夕方には切り上げるけどね」
「まあね」
「それにしても暇ね」
「ああ、暇だね。こんな時間がいつまでも続くと良いね」
「そうね。それも良いかもね」
時計の針もゆっくりと進んでいるような気がした。
暇な殺し屋 キクジヤマト @kuchan2019
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