第15話 覚悟の告白…の後の覚悟
制作中だった作品も出来上がり、久しぶりにゆっくりと朝食を摂ることが出来た。
「由美さんも今年で23歳か」
「初めて会ってから、もう3年になるかしら」
「由美さん」
「はい」
「由美さんが23歳になったら結婚しよう」
「!嬉しい」
「左手出して」
由美の左手の薬指に指輪をはめる。
サイズもぴったりだ。
「手作りで宝石も無いけど、思いは込めたつもりです。こんな婚約指輪でごめん」
「ううん、これが良い。宝石なんてお金を出せば誰だって買える。でも、これはお金では買えないわ。世界一素敵な婚約指輪よ」
(うぉー!この言葉のきらめき。これが由美さんだ。世界中の男どもに自慢したい)
「うぉー!」
両手を強く握りしめ、雄叫びを上げる。
由美を強く抱きしめる健一。
「由美さん。初めて会った時からこのときを夢見てました。愛しています」
由美も力を込めて抱きつく。
「私も愛してます」
口づけをする二人。
この一瞬が永遠と続く事を願う。
(これで思い残すことは無い。思いだけでも声に出して伝えたかった。由美さんには申し訳ないけど。ごめん。そして、さよなら)
「ちょっと出かけてくるね」
健一のいつになく真剣なまなざしに少し不安になる由美。
「いってらっしゃい。すぐ戻ってくるわよね」
「ちょっと作業場に寄ってから用件を済ませる。少し遅くなるかな」
作業場に寄って、以前作って工作機械の中に隠してあったバレルをポケットに入れる。
「おお、今日は早いな。何だ、由美は来ないのか」
山本刑事が声をかける。
「由美さんは体調がね。まだ昼には時間があるぜ。コーヒー飲むかい」
「飯は無いのか」
「パスタくらいならすぐ出来るよ」
「頼む。大盛りでな」
「了解」
ペペロンチーノを作り、二人で食べる。
上着を脱いだ山本が拳銃を携帯している。
「銃、触らしてもらえないかな」
「俺を撃たなきゃな」
「リボルバーって言うんだよね、こういう銃」
「オートマチックより、俺はこっちが好きだ。…お前、今日はなんか変だな」
「由美さんにプロポーズした」
「それで振られたか」
「いや」
「…そうか、姉貴にはお前から報告しろよ。きちんと挨拶はしておけ」
「判っている」
(生きていたらそうするよ)
太田がいつも座る所が何故そこなのか、今では良く判る。
一番目立たないが逆にそこからはロビーにいる全員の動きが判る。
太田が近づいてくる。
「今日はお早いですね」
「依頼を断りに来た。あんたの後から来たのでは締まらないからな」
「…組織に逆らうと」
「そう受け取って貰ってもいい」
「覚悟はございますか」
「今ここでお前を撃っても、良いいか」
ポケットに手を入れる。
「…実弾はお持ちでは無いはずですが」
「今日、山本刑事が来てね。…もう、お判りでしょうが」
「…素晴らしい。揺るぎない覚悟を感じますが、殺気が見事なまでに抑えられている。銃を使うのは感心出来ませんが…。まあ良いでしょう。あなたに新しい地位を与えたのは正解でした」
「新しい地位?」
「おめでとうございます。今日からあなたも“始末屋”となりました。今回の件は他の者を手配いたします。今後つまらない入札を受ける必要はございません。ただし、連絡が入った場合、一時間以内、遅くとも二時間以内、たとえそれまでに事が終わっていたとしてもそこに行かなければ処分されます」
「海外旅行には行けそうに無いな」
「いつ、いかなる場合も対応出来るよう、普段から情報、状況、状態を自己管理出来なければ始末屋とは言えません。…有給休暇は事前に連絡して頂ければ取れますよ」
「連絡先を教えても良いのか」
「始末屋は組織の中で、いわば重役となります。当然のことです。ですから新婚旅行には行けますよ」
隙の無い笑顔を見せて立ち去る。
(11。いや、12、だな)
お前を撃つと言った時、ほんの一瞬動きが止まった者や不自然な動きをした者の数だ。
(習うより慣れろとはよく言ったもんだ。この2年で太田に鍛えられたのかな)
「すみません、コーヒーをポットで」
12人の客にコーヒーを注いで廻る。
携帯に着信が入る。
『excellent! 全員の承認が取れました』
時々見かける監視係と思われる男の隣に座る。
「これ、太田さんに渡しておいてくれないか。忠告ありがとうって、持っていると使いたくなるからだね。あの頃は真意を誤解していた。もう、必要ない」
そう言って持ってきた銃のバレルを渡す。
弾丸など入っていない。
入っていたとしても、これだけでは実戦で使い物にはならない。
もちろん状況にもよるが。
炭酸ガスのボンベと指向性を持たせた噴射ノズルも渡し、
「あそこの席、全体が見渡せるのは良いけど、周囲より少し低くなっていて空気が循環しない。変えた方が良いと言っておいてくれ」
男は渡辺を見つめ、その後にっと笑う。
渡辺の肩をポンと叩き、出て行く。
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