第14話 いつもの生活…になんでお前が
太田の言うように、今の状態は不自然だ。
提案を有り難く飲むことがベターだろう。
「ただいま」
「お帰りなさい」
もう、かなり元気になったようだ。
健一にとっても長く感じる一週間と少しだった。
「由美さん。相談、じゃない。話がある」
「え、何」
「引っ越すことにした」
「どうしたの、突然」
「二人で暮らすにはここは少し狭い。それに将来…○×△□。で、不動産屋で格安の物件を見つけ、申し込んできた」
「え、何ごにょごにょ言ってるの?聞こえない」
「と、兎に角。今リフォーム中だから、入居日が決まったら伝えるから」
「お金はどうするの?」
「このマンションも、もう売ったから差額の1500万、貯金から支払ってきた」
「い、1500万。私に相談も無しに、そんな大金」
(や、ヤバイ。これはヘタ打った。お、怒ってる~)
「はぁ。私も少しだけなら貯金あるから、家計をやりくりすればなんとかなるか」
「は、いえ、そんな。由美さんの貯金使わなくても」
予想外の反応に逆に戸惑う。
「二人で住む新居でしょ。それとも、他に誰か居るのぉ!」
「い、いえ。由美さんだけです。俺には由美さんしかいません。天地神明に誓って」
両腕を広げ、健一に抱きつく由美。
「それならそんな遠慮しないで」
(はぁ~、い、いつもより胸が。あー、でも今だめなんだよな)
とりあえず由美の承認は得られた。
引っ越しはなんとか終わった。
引っ越し前の清掃も業者が済ませており、由美にとっては初めて見る新居だ。
「メゾネットタイプか、良いわね。キッチンも広ーい。お風呂、システムバスよ。一緒に入れるくらいここも広ーい」
(い、一緒に入る。背中、流させて頂きます。背中だけで無く…)
健一にかまうこと無く階段で上の階へ上がる由美。
「え、トイレが上にもある。すごーい。ねえ、部屋決め、私がしても良い」
「もちろん。逆にお願いしたい。決まったら荷物、持ってくから」
寝室だけ健一が決めていた。
ダブルベットを置くためだ。
収納は据え付けられている。
ウォークインクローゼットもある。
最近はタンスなどは不要なようだ。
二人では部屋が余る。
とりあえず食事と最低限の生活が出来る様荷をほどく。
元は上と下、別々だったのだろう、玄関は上の階も下の階も同じ様な作りだ。
新居の改築を見、改めて組織の潤沢さが判る。
例の鍵は貸倉庫に置いて来た。
もう無くなっているだろう。
新居が作業場に近いのは助かる。
少しだけ遠くなった位だ、これまで通り歩いて通える。
いつもの生活が続いている。
新作の作成もすでに始めている。
山本刑事が引っ越し祝いだと和牛を持ってきた。
昼食に三人でステーキにして食べた。
何のことは無い、多分、自分が食べたかったのだろう。
「新居はどうだ」
由美の方を見て山本が尋ねる。
「広いし、設備は良いし、快適よ」
「俺には聞かないのかよ」
「家と言うものはだな、女性が住んで住みやすいかどうかだ。男の意見など、不要だ」
(それって、二人の関係を認めてくれている?うそだぁ、マジ?)
「ゆ、由美さんも快適だって、言ってるじゃないか」
「お前は高く売れる作品をもっと作れ」
「判ってるよ。今、制作中だよ」
「なら良い。コーヒーまだか」
「はいはい、淹れているわよ」
コーヒーをカップに注ぎ運んでくれる。
「お、まだあの豆、残ってたか」
「そろそろ無くなるから、また持ってきてくれ」
無言の山本。
昼に山本が来るのも、いつもの生活の一部になった様だ。
入札の連絡が何度かあり、そのたびに最高金額を提示するが、落札するのは渡辺だった。
太田に言われたように、普段から気を巡らすようしている。
次第に神経が研ぎ澄まされ、感覚が敏感になってゆく。
意識せずとも四六時中それが出来る様になれる気がする。
ターゲットに対する洞察力が高くなった分、繊細な計画を立てることが出来るようになった。
最高価格もかなり高くなっていた。
もう、感覚が麻痺したのか、依頼を実行することに慣れてしまった。
元の生活には戻れないだろう。
自分は”殺し屋”なのだと自覚していた。
その世界の住人になったのだ。
気がつけば二年の月日が経っていた。
状況は二年前と変わらない。
由美との関係もそのままだ。
いつまでもこのままではいけないと思いながらも、一歩足を踏み出せないのは、その世界の住人が由美と一緒になって幸せに出来るのか、幸せになっても良いのか悩んでいたからだ。
由美には内緒で手作りの指輪も作って、ポケットに入れ持ち歩いていた。
それを出し、握りしめる。
「よし、決めた」
突然携帯が鳴る。
入札の案内が来たのだ。
しばらくそれを見つめ、先ほどとは違う覚悟を決めた。
貸倉庫はまだそのままだ。
例によりパソコンが置いてある。
情報を確認し、最高価格を提示する。
それでも落札するのは、やはり渡辺だった。
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