第37話 白と赫の再会(1)

 ――「神々の時計クロノスワークス」LEVEL.1〈コンセントレイト〉


 俺はアバターに備わった固有スキル……「ギフト」を発動する。

 瞬間、時の流れが鈍化する。


 目の前に五人いる敵の動きがすべて遅くなり、その攻撃動作をしっかり詳細に、俺に見せてくれる。

 すると俺の能力――恥ずかしながら「神の眼」と呼ばれている先読み能力は、敵が次になにをするのか完全に把握する。


 左から順に……接近、様子見、接近、飛び道具、後退。

 オーケー、すべて問題なし。


 俺はここで、ギフトを解く。時の流れがもとに戻る。

 今までなら『神々の時計』を発動したまま敵を倒しにいったところだ。

 だが、このままではいけない。俺はこの戦い方を身に着けなきゃいけない。


 大丈夫。「予知」した内容は頭にある。

 俺は横に一歩動く。飛び道具をかわす。

 次は、接近してくる二人だ。ここで俺はギフトを再度発動!


 ――「神々の時計クロノスワークス」LEVEL.1〈コンセントレイト〉


 敵の動きは半分の速度になる。俺はその中でも同じ速度で動ける。

 つまり敵からすれば、俺は倍の速度で動いている。

 俺は瞬時に二人の頭部を的確に蹴り飛ばす。よし、調子は悪くない。


「――がッ!?」

「な、何!?」


 遅れて二人ぶんの悲鳴が届く。それと同時に俺はまたギフトを解く。

 残るは三人。飛び道具を投げていた一人が、ふたたび投げナイフを構える。


「――させるか!」


 読めている攻撃だ。大丈夫。俺はスライディングで敵に接近。

 急に身体を沈めたため、敵の攻撃は当たらない。接近に成功した俺はまたギフト! 〈コンセントレイト〉!


 二倍速で身を起こして相手の腹にボディブローを叩き込む。まだギフトは発動中。

 残る二人が武器に手をかける。鈍化した時の中でそれを見れば、俺には敵の攻撃の軌道がすべて読める。ここでギフト解除!


「――見えてる、よっ!」


 俺は見えた軌道を避けるようにスルスルと動く。敵の攻撃が空を切る。

 次で……最後だ。〈コンセントレイト〉!

 二人の背後に回る。二倍速で加速した回し蹴りを放つ。


 速度の乗った重い攻撃。ひと振りの蹴りで、二人を同時に仕留める!

 そしてすべてを片付けて、俺はギフトを解除した。


「……よし、いける」


 俺はふう、とひと息ついた。

 するとこちらに駆けよる影があった。長い銀髪の女の子。


「シュウ! やるじゃない!」

「エレナ」


「どう? なんともない?」

「ああ、超元気だよ」

「よっし!」


 エレナは自分のことのように嬉しそうにガッツポーズした。


「『神々の時計』の弱点は、反動でリアルの脳に負荷がかかることだもんね。それを細切れに発動することでデメリットをおさえるなんて……よく思いついたわね」

「はは、でも時間が遅くなったり戻ったりするから大変だよ。タイミングをミスったら死ぬなあ」


「実戦でこれだけできたんだから、大丈夫でしょ」

「……だといいなあ」


 俺とエレナは笑いあった。

 と、気を抜きかけた俺だが、急いで思い直す。ここに長居するのはよくない。


「じゃ、いったん帰るか……あいつらは、ここに残しといていいの?」

「うん。悪い奴が転がってる、って事実が人目についたほうがいいもの」

「そういうもんなの?」

「そういうもんよ」


 そう、人目につくのだ。

 ここは闘技場でもなんでもないただのゲーム内の街角で、この戦いは公式戦でもなんでもない、ただの私闘なのだから。


「じゃ、さっさと行きましょ」

「ああ」


 俺たちはその場を去った。

 しかし、なんで俺たちがそんなストリートファイトをする必要があったのか?


 話は昨日にさかのぼる。




「今日から、周辺の警備をやっていこうと思うの!」

「……突然どうしたの、エレナ」


「どうもしないわよ? 今日から、周辺の、警備をするの。日本語あってるわよね?」

「日本語は合ってるけど」


 今日も、エレナ……うちの女神さまは絶好調である。

 何の前置きもなく突然、一言目から、急な提案を始める。


 俺をこのゲームに誘った時もそうだった。

 俺をこのチームに入れてくれた時もそうだった。

 元気で大変よろしいことだが、周りはついていくのが精一杯なのだ。


「あのさ、エレナ」

「何よ、シュウ」

「もっとこう、経緯とか理由とか前段とか……説明、ないの?」

「したほうがいいかしら」

「したほうがいいなあ」

「えー、めんどくさーい」


 エレナはつまらなさそうな顔でソファにぼすっ、と腰を下ろし、口を尖らせた。

 まるでワガママなお嬢様だ。


 だがこの少女こそが、かつての〈キルタイム・オンライン〉で無敵を誇ったプロゲーマー……戦神『不可視の天使』なのである。

 加えて、つまらない日常を送っていた俺をここに連れてきて、楽しみを与えてくれた恩人でもある。

 さらに加えて、彼女はこの地下室を本拠地とするゲームチームのリーダーでもある。


 要するにつまり結局のとこ、彼女に逆らうことはできないのだが。

 とはいえ、こっちにも聞く権利くらいあるだろう。


「警備……って言ったっけ。現実の警察みたいにパトロールでもするつもり?」

「うん。もうほぼそれで全部正解」


「……何でさ。俺たちの目的は、汚いことしてる『運営』を倒すことじゃなかったの?」

「違うわ」

「えっ」


 違うと言われて俺は言葉を詰まらせた。

 つい先日、その汚い『運営』と癒着してプレイヤー狩りをしていた悪党、ゴルロワを倒したところだというのに。


「私たちの目的はね」


 俺がいぶかしげな目線を向けると、エレナは得意げに片目を閉じた。


「楽しいK.T.Oを取り戻すことよ。その邪魔になる『悪』を倒すのは、手段でしかない」

「……な、なるほど」


「覚えておいてね? たとえば……私たちが、『運営』とあらば見境なく誰でも倒すようになったら、ヤツらと変わらないもの」

「それはそうだな」

「そういうこと!」


 ちゃ、ちゃんと考えてるんだな……。

 素のエレナのあどけない雰囲気を見ていると忘れそうになるが、やっぱり大した人物なのだ。


 そうして俺は納得しかけた。

 エレナもうんうんと頷いた。

 違う。俺はなんにも解決してないことに気が付いた。


「で、それと警備に何の関係が!?」

「あはは、そうだね言ってないねー」


 エレナは嬉しそうにけらけらと笑った。

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キルタイム・オンライン -Kill Time Online- 渡葉たびびと @tabb_to

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