デートコースは?

「てかなに? 断る気?」

「ん? まぁ」


 俺はそう言われてスマホに視線を落とす。


「この体でデートは無理だろ」

「行けよ。男なら」

「鬼か」


 俺の妹はどうやら男っていう生き物を超人かなにかと勘違いしているらしい。

 だが残念。

 男だって所詮は人間。

 不調もあれば人権だってあるんだ。


「はぁ……ほんとクソ隠キャ」


 先程まで隠キャがどうのこうの言ってた割にひどい言い振りだ。

 流石としか言いようがない。

 いわば通常運行。

 いつも通りだ。

 うーん、俺泣いていいかな。


「せっかくの青波玲音だよ?」

「意味わかんねぇだろ」


 せっかくのってなんだよ。

 そんなにアイツが特別だってのか?

 本性知ったら二度とそんなこと言えないと思うが。

 いや、逆に特別かもな。

 あそこまで中身と外見が合ってない女もそうそういないだろう。


「もっと張り切りなよ」

「はぁ……?」


 何言ってるんだこいつ。

 さっき俺に向かってクソ隠キャとか言ってたくせに。


 午後十一時。

 下を向けば彼女からのメッセージ。

 横を向けば興味津々な、だけれども俺には冷たい妹。

 そして部屋を出れば同居人である中年夫婦。

 どこもかしこも面倒だらけだ。

 はぁ……今日は早く寝たかったのに。

 どうせ明日も富川やらに絡まれて面倒なことになるんだ。

 体力が持たん。

 この世にも仙豆があればなぁ。


 だがそんなことよりもだ。


「なぁ、デートってどこ行けばいいんだ? カラオケとか連れて行けばいいのか?」


 俺がそう聞くと、何故か静まりかえった。

 今までうるさかったこの場が、何故か無音で満たされた。

 不気味なほどの無音状態。

 俺は気になって梓の方を見た。

 するとそこには口を半開きにして首をゆっくりと横に振る妹がいた。


「壊れたのか?」

「あんた本当にヤバいよ」

「は?」

「はぁ!?」


 聞き返したらキレられた。

 なんだこれ。

 しかし妹は何故か狂ったように頭を抱えている。


「え、マジで言ってんの? 冗談?」

「冗談言うような気力はない」

「だよね。知ってた」


 梓は真顔で頷くと大きなため息をついた。

 そして優しい瞳で言う。


「ごめんね? 私がもっとあんたに女の子として接してあげてたら良かったんだよね」

「……」

「いいよ。何も言わなくていい。ここまであんたが拗らせたのは私のせいだから」


 なんでだろう。

 この梓は優しい表情のはずなのに、何故か馬鹿にされている気がする感じ。


「カラオケじゃダメなの?」

「中学生まででしょ。高校生にもなって地元で済ませるってしょーもなくない? ってか男子とカラオケとか普通に行くでしょ。彼氏じゃなくても」

「え? そうなのか?」

「うん。友達とか普通に行ってるよ」


 衝撃だった。

 あの密室空間に男女二人で入るって結構難易度高いことだと思っていた自分が恥ずかしい。

 中学生レベルだったのか……

 一ヶ月前その程度で取り乱した俺とは一体なんなのだろうか。

 高校生と言えども所詮は童貞ということか。

 イケイケ中学生にすら勝てない漢ここにあり。

 悲しくなった俺はとりあえず聞く。


「じゃあどこだ? 映画館?」

「んー。微妙じゃない?」

「そうか?」


 そう言うと、梓は言った。


「映画に集中したらその時間デート関係なく、ただの映画鑑賞になるじゃん。せっかくのデートで二人で長時間無言とか嫌じゃない? 付き合い始めて長いならわかるけど」

「なるほど」


 流石はリア充。

 経験が豊富なようで参考になる。

 やはり俺とは違う次元の存在みたいだ。

 どうしてこうも兄妹で差がつくのか。

 いや、百パーセント親の愛情だな。

 すぐに結論に辿り着いて清々しくなる。

 そこで俺は思い切って聞いてみた。


「お前は彼氏とデートとかどこ行ってたの?」


 婚約の話もあるし、流石に今現在彼氏はいないだろうからそう聞いてみると、梓は何故か慌て始めた。


「な、ななな何が?」

「いや、お前の経験上どういうとこ行くのかなと思って」

「す、水族館とか?」

「なんで疑問形なんだよ」

「うるさい!」


 何故かキレられる始末。

 意味わからん。


「へぇ水族館ねぇ……まぁ確かにいいかもな」


 俺は腑に落ちないながら、水族館を考える。

 二人で綺麗な魚を眺めたり、イルカショー見たり。

 意外と楽しいかもしれない。

 俺も疲れそうにないし。


「それでいこうかな」


 俺はそう言って立ち上がった。


「えっ? デート行くの?」

「まぁな。断るのも気がひけるし」


 そもそも今回のデートだって俺が招いたことだ。

 前のカラオケの時に勝手に帰ったそのお詫び。

 ここはしっかり役目を果たさねば。


 さらに、それ以外にも玲音には申し訳ないことをした。

 彼女がいながら、それなのに他の女子からのキスを受け入れてしまったことで、玲音を傷付けた。

 今回のデートで俺は玲音のことが好きだと伝え直さなければならない。


「ありがとな」

「え?」

「いや、色々と」


 少しは吹っ切れた。

 梓と話したおかげで複雑な思いが少し晴れる。

 俺は玲音を幸せにすれば良い。


「俺は玲音が好きなんだ」


 何故か言い聞かせるように、俺はそう呟いた。

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