彼女vs幼馴染

翌日のことだ。


「どうなってんだよ……」


 エアコンが入ったため閉め切られたクラスの戸を開けるとおぞましい光景が広がっていた。

 俺の隣の席と、教室の端の席の女が睨み合っている。

 そしてそれを取り囲むようにクラスメイトが眺めている。

 地獄絵図。

 まさにそんな絵面だった。


「い、依織!」


 目の前の惨事に呆然としていると、久しぶりなアイツが声をかけてきた。


「おう、権太」

「権三だ。二度と間違えるなくそが」


 ボケただけなのに、真顔で指摘してきた権三は、後ろを指して言った。


「何があったらあーなるんだ?」

「……」


 口に出すことすら憚られる。

 こんな所で昨日の修羅場を簡単に漏らして良いのか。いや、漏らして良いはずがない。

 何故か反語みたいになったが、俺は真面目だ。

 権三は言う。


「もうかれこれ最低でも三十分はこれだぞ?」

「三十分?」

「おう。俺が三十分前に着いた時には既に睨み合ってバチバチしてたからな」


 何がしたいんだアイツらは。

 いつも登校時間ぎりぎりにくるあの二人が早くに登校して、睨み合う?

 逆に仲が良さそうな気すらする。

 しかも、何故か睨み合うだけで何も言わないし。

 周りから注目を集めているにも関わらず、態度を変える気配すらないし。


 ハッ! そうだった。


 あの女たちは普通じゃない。

 かたやただの清楚風の変態だし、もう一人は好きな男子に振り向いてもらうために、頭のいかれたキャラになりきるようなクレイジーだ。


「はぁ、俺あの間に座らないといけないのか」


 今日一日が思いやられる。

 俺はため息をつきながら席に向かった。

 その道中、伏山に睨まれたような気がしたのは、俺の思い過ごしだろう。



 ---



「赤岸さん、消しゴムを取ってくれるかな?」

「自分で取ったらどうかな?」


 授業中のことだ。

 何故か消しゴムをかなり離れた柚芽の席まで飛ばしてきた玲音は、にこやかに言った。


「俺が取るよ」

「いい、やめて。依織は動くな」


 面倒だったので俺が取ろうとしゃがむと柚芽に手で止められた。


「私が拾ってあげるね?」


 やけに気味の悪い笑顔を浮かべながら柚芽は、落ちている消しゴムを取ると、あろうことか、玲音に向かって投げつけた。

 飛んで行った消しゴムはかなりのスピードで、玲音は咄嗟にその消しゴムを躱す。

 玲音が躱したことで、消しゴムは窓ガラスにあたり、音を立てる。


「はーい、どうぞ」

「あはは。ありがとう」


 恐ろしい笑みを浮かべた二人が笑い合う。

 もちろん目は全く笑ってないが。

 怖い。

 怖すぎる。

 早く家に帰りたい。

 しかし、そんなことを考えていると、俺の机の上に鋭利なものが飛んできた。


「……チッ」

「今舌打ちしたなお前!」


 投げたシャーペンが柚芽の席まで届かなかった腹いせか、舌打ちをした玲音に俺は叫ぶ。

 すると、今度は担当教員に怒鳴られた。


「おい海瀬、授業中だぞ。黙れ」

「なんで俺だけ怒られるんだよ……」


 この世は理不尽である。

 こういう時損をするのはいつも男なんだ。

 ってか先生も見ろよ。

 授業中にシャーペンを人に向かって投げつけるような輩がいるのに何故気づかん。

 お前は何を見て授業してるんだよ。

 などとそんなことを考えていると、目の前を光る謎の金属物体が飛んだ。


「は?」


 その物体は、金属音を立てながら、玲音の椅子の下に落下した。

 隣で笑い声が聞こえる。


「手が滑ってハサミ飛んで行っちゃったー」

「いや、笑い事じゃ済まねえから!」


 刃物はやめろよ!

 流石にな!

 その後俺のツッコミのせいで先生に怒鳴られたのは言うまでもないだろう。



 ---



「ねぇ依織くん?」

「あぁ、なんだよ?」


 そして放課後のこと。

 隣の席に柚芽が座っていることを確認しながら、大きな声で言った。


「ねぇ、今週末の水族館、私すごく楽しみ!」

「グハッ!」


 隣で刺されたかのような声が聞こえたが、無視しておこう。

 それにしても玲音。

 かなり好戦的だな。

 喧嘩売りまくり大バーゲンである。

 しかし、柚芽も負けていない。

 俺の腕を掴むと言った。


「依織は、イルカ好きだったよねー」

「ん? まぁそうだな」


 懐かしい記憶だ。

 昔、家族で一緒に水族館へ行ったんだ。

 その時の俺はイルカのショーに夢中だった。


「昔さ。水族館の帰りにお土産で私にイルカのシャーペンくれたじゃん? まだ取ってあるんだよ」

「ウグッ!」


 またもや隣、今度は玲音の方から呻き声が聞こえてくる。

 柚芽はそんな様子を見て勝ち誇ったように勝利の笑みを浮かべた。

 しかし流石は彼女。

 完璧な逃げ道を知っている。


「依織くん。一緒に帰ろ?」


 こう言われて仕舞えば柚芽にできることは何もない。

 彼氏と二人で下校デート。

 それはその彼女にだけ許された特権である。


「あ、うん」


 俺としても断る理由もなく、それを受ける。


「じゃあ行こっか!」


 玲音は俺の手を取ると、早速教室を出た。

 振り返ると、拳を握りしめる柚芽が見えた。

 少し、罪悪感に苛まれながら、俺は教室を後にした。

 間違ったことはしていない。

 彼女と幼馴染。

 彼女を優先するのは当たり前だ。

 だが、何故か。

 罪悪感が拭えない。

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