無自覚の自覚

『週末のデートの件だけど、依織くんが来れそうになかったらなしでもいいよ』


「……」


 部屋に帰ると、そんなメッセージが届いていた。

 当然玲音からである。


「どういう気持ちでこれ送信したんだよ」


 わからない。

 アイツが何を考えてこの文を送信してきたのかまるでわからない。

 なんだか凄い圧を感じる。


「断り辛いんだよなぁ……」


 本当に気遣ってくれているのかもしれないが、歪んだ俺の目にはどうしても脅迫文にしか見えない。

『私を死なせたくなかったらデートに来い』

 くらいに思える。


「いや、流石に拡大解釈し過ぎか?」


 そうだ。

 きっと体を気遣ってくれているだけに違いない。

 俺はそう思って、適当に『ごめんな。今度埋めあわせるから』と送信しようとした。

 そんな時、部屋のドアが開く。


「ブツブツうるさいんだけど? 隣の部屋まで聞こえて耳障り」


 相変わらず口が悪い我が愚妹が現れた。


「そんなにうるさいか?」

「まぁね。全部丸聞こえ」


 梓はそう言うと、俺のスマホを覗き込んだ。


「誰とLINEしてるのー……って、え!? えー!?」

「なんだようるせえな」

「だって、これ。デートって何?」

「デートはデートだろ。恋人同士で遊びに行くイベントだよ」


 目を見開いた梓は信じられないと繰り返しながら、スマホに釘付けになっていた。

 失礼な奴だ。


「え、あんたと青波玲音ってどういう関係なの?」

「は?」


 まさか、こいつ知らなかったのか?

 あんなに女子高イケてるグループに属しているこの女が、そんな有名なニュースを知らなかったのか?

 だとしたら愉快だ。


「お前、ハブられてんの?」

「あんたに言われたくない」


 はい、ブーメラン。

 返ってきたブーメランは見事俺の急所に刺さりましたとさ。グサッ。


「はぁ!? 嘘でしょ!? ありえない!」

「嘘じゃねえしありえてんだよ」

「だってこんなキモい童貞にあんな可愛い清楚な彼女ができるなんて……」

「フッ」

「何が面白いのよ」


 玲音が清楚だなんて……

 何言ってんだこいつ。

 馬鹿だなあ。

 まぁそんなことより。


「でも、お前と晶馬さんが結婚したら、俺と玲音も結婚しなくても家族になるんだけどな」


 俺がそう言うと、玲音が固まった。


「え、何? どゆこと?」

「そのままだろ。青波家と海瀬家が繋がるんだから」

「え、ちょっと、え? 嘘!?」


 なんだこいつ。

 さっきから壊れたみたいに嘘嘘言いやがって。

 そんなに俺が嘘ついたことねえだろ。


「青波玲音と晶馬さんって兄妹……?」

「あぁ。そうだぞ?」

「えええええ」


 梓は俺のベッドに転がり込むと、ゴロゴロと悶えていた。

 字面だけ見ると可愛げもあるが、実際はそんなことはない。

 あまり身長も低くなく、体重も決して軽くはないだろう妹が動く度にベッドがみしみしと軋む。


「お前、重いんだからあんま暴れんな」

「死ね」


 あくまでクールな切り返し。

 流石は我が妹よ。


「周りの女子がこそこそ話してたのそれかー」


 梓は壁を蹴りながら言う。


「一ヶ月前くらいから、特定の話題の時だけ私をみんな避けるのよ」


 可愛そうなこった。

 ラッキーな兄を持ったせいでハブられてしまった可愛そうな妹。

 俺は慰めを込めて温かい視線を送った。


「なにその目、キモい」

「お前には優しさってもんがねえのか!」

「あんたに使うのはもったいない」


 梓は俺に向き直ると、あのねと語り出した。


「優しさってのはお小遣いと一緒なの。

 誰かに貰うことはできても、自分からは増やせない。だって人から貰ってこそのお小遣いなんだもん。

 だからこそさ、貯めておきたいじゃん。いざという時に使うために残しておきたいじゃん?」

「そのいざという時が今じゃないのか?」


 俺が恐る恐る尋ねると、梓は鼻で笑った。


「あんたは一万円で賞味期限の切れた惣菜弁当を買う? 買わないよね?」

「……」


 ぶん殴りてえ。

 泣くまでボッコボコにしてやりてえ。

 尊敬の念はねえのか?

 自分にとっての人生の先輩に少なからずの礼儀ってもんがないものなのだろうか。

 しかも、なんだ一万円で賞味期限の切れた惣菜弁当って。

 お前の中の俺の価値どんだけ低いんだよ。

 なんか泣きそう。

 辛いよう……


「だってあんた暗いから優しさいっぱいあげないといけないじゃん。ネガティブな人間に優しさ振りまくのって燃費悪いのよ」

「……」

「俺は諦めの隠キャだとかさ、あんた言ってるけど、本当に自分のこと隠キャって思ってて隠キャって口に出す?」

「まぁ、普通じゃないか?」


 俺が聞き返すと、梓はまたも馬鹿にしたように鼻で笑った。


「じゃああんたは『俺は人間だ』って口癖のように言う? 『俺は男子高生だ』って」

「……」


 たしかにそう言われればそうだ。

 どうして俺は自分のことを諦めの隠キャとか、しがないオタクとか、そんなことばかり考えているのだろうか。

 梓の言う通り、実は心のうちでは認めてないとか?

 いやいや、ないない。


「そんなわけねえだろ。俺は諦めの隠キャだぞ? 諦めてなんぼだ。自覚なしのオタクなんてキモいだろ」

「ほら、そういうとこ」


 梓に指摘されて、ハッとする。


「俺、また諦めの隠キャって言ったのか」

「あんた、最近そればっかだよ。なんかあったの?」


 最近多くなったのは、間違いなく富川のせいだろう。

 そして、梓の珍しい優しい瞳に促される中、俺は思った。

 俺はどうやら、心の中では隠キャだとは認めてないらしい。

 いきり隠キャよりダサい、ネガティブな自分を正当化しようとする勘違い隠キャだったのだ。


 俺はふとスマホを見る。

 ――どうして玲音は、こんな俺を好きでいてくれているのだろうか。

 それが不思議でたまらなくなった。

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