懐かしい記憶

 懐かしい景色が広がっていた。

 辺りは暗くなり、あまりよくは見えないが、それでも懐かしさを覚えた。

 錆びれたブランコに鉄棒。

 ペンキが剥がれた滑り台や、よくわからない遊具など、昔の記憶のままだ。

 特に小高い丘は、よく覚えている。

 小学生の頃、友達とよく遊んでいた場所である。


「ここ、知ってるの?」

「あぁ」


 俺は、確か小学校四年生の頃までこの辺りに住んでいたはずだ。

 親の都合で引っ越すことになったが、それまでの楽しい思い出は残っている。


「あの丘で、遊んでたんだ」


 俺は丘を眺めて呟く。

 懐かしい記憶だ。

 近所の女子と男子と、三人で遊んでいた。


 しかし、何故か名前と顔が思い出せない。


 一ヶ月前も、ちょうどこの公園で遊ぶ夢を見たのに、その時も二人のことは思い出せなかった。


「それにしても、こんな近くにあったなんてな」


 驚きだ。

 幼い頃に住んでいた地域のすぐ近くで暮らしていたなんて知りもしなかった。

 俺も今の家に引っ越して二年も経つのに、おかしな話だ。

 まぁ引きこもり気質だったせいだろうが。


「依織くんの思い出の場所か」


 玲音はそう呟くと、俺の手を握ってくる。


「どうしたんだよ?」

「なんか触りたくなったの。だめ?」

「ダメじゃないけど」


 俺はそんな玲音と手を繋いで、公園を歩いて回る。

 体の痛みなんて忘れて歩いた。

 懐かしさと、胸の奥のモヤモヤが引っかかって、俺は歩き回った。

 玲音も、無言でついてくる。


「なんか喉乾かない?」

「うん」


 俺はそう言うと、玲音と自分の分のジュースを買った。


「ほら」

「ありがと」


 玲音は驚いたように俺を見る。


「なんだよ。珍しいもん見るような顔して」

「いや、そうだよね。そうだよ」

「なんだよ」


 わけのわからない自問自答をする玲音に、俺は困惑する。

 すると、玲音は笑って言った。


「初めて会った日も、そうだったから」

「ん?」

「優しくしてくれたから。君は」


 そうだ。

 忘れもしない、六月の初めの頃だった。

 坂の上に佇む一人の美少女。

 白い柔肌は太陽に照らされ、黒い艶髪は、風になびいて。

 運命的な出会いだった。

 我ながら運がいい、いわゆるフラグを上手いごと立てたのだ。

 まさに作り話のような出会い方だった。

 しかし、もうあれから一ヶ月以上経っている。


「時が経つのって、早いな」

「何、おじさんみたいに」


 ボソッと言うと、玲音が笑う。

 俺もそんな玲音を見ながら、ほっこりした。

 俺は買ったコーラを一口煽る。

 そして、帰ろうと玲音に告げようとした。

 だが。


「い、いお……海瀬君?」


「……赤岸じゃねえか」


 後ろから声をかけられ、振り返るとそこには赤岸柚芽が立っていた。

 ラフな格好だが、スポーツしてる女子高生って感じがやけにリアルを醸し出している。

 手にはリード、その先には犬がいた。


「犬の散歩?」

「まぁ、うん」


 普通に返答をしてくる赤岸。

 うーん、違和感しかない。

 教室だったらあんなにおかしいのに、今はやけに普通だな。

 しかし、そんなことを思ってると。


「顔!」

「?」

「その顔どうしたの!?」


 赤岸に指摘され、自分の頰を撫でる。

 そして激痛と共に、全てを思い出した。


「殴られたの?」

「あ、いや違う。転んだんだ、さっき」


 咄嗟に出まかせが口からついて出るが、どうしようもない。

 だが、赤岸は首を振る。


「どこでこけたらそんなことになるの」

「いや、ちょっと階段で、なぁ? 玲音?」

「は?」

「え、なに。怖い」


 話を振ると、玲音は凄く興味のなさそうな、目の奥が恐ろしい睨みをきかせてきた。

 とりあえず触れないほうがよさそうだ。


「嘘、下手すぎ」

「嘘じゃねえよ? 頭から落ちてヤバかったんだぜ? 危うく死ぬところってのを玲音が助けて……」

「富川でしょ」

「え?」


 俺が必死に偽りの説明をしようとすると、赤岸は真面目な顔で言った。


「富川にやられたんでしょ?」

「なんでわかったんだよ。あ、違う。今のなし」


 自ら嘘を告白していくアホみたいな醜態を晒してしまい、万事休す。

 あまりことを表沙汰にしたくないし、どうしたものか。

 幸い赤岸は友達少なそうだし、どうにかなるか?

 だがそんなことを思っていると、次の瞬間に俺は唖然とした。

 何故か。

 赤岸が、突然泣き出したからだ。


「え、どうしたんだよ。大丈夫か?」


 俺は赤岸に尋ねるが、泣きじゃくるばかりで返答を得られない。

 困って玲音に振り向くと、シカトされた。

 俺はどうしようもなく、あたふたする。


「目にゴミでも入ったのか? 目薬買ってこようか?」


 とりあえずそう聞くと、赤岸は首を振る。


「違うの。違うの……」


 そして、赤岸は涙で目を赤く腫らした顔を俺に向けると、言った。


「もうこれ以上、我慢できない……」

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