小高い丘

「あの、ちょっと外してもらっていいかな……?」


 涙ながらにそう言った赤岸に、玲音は無言で去る。


「おい、なんか言えよ!」


 しかし、玲音は振り返ることなく、そのままどこか闇に消えていってしまった。

 なんだろう。

 赤岸と会ってから機嫌が悪いな。

 仲悪かったっけな?


「ごめんね。いきなり」

「いや、いいんだ」


 しかし、そんなことより。


「どうしたんだ? やけにまともじゃねえか」


 もう誰だかわからないほどに、まともに話してくる赤岸に俺は戸惑っていた。

 口を開けばわけのわからんボケをかますこいつが、なんでこうもまともなんだ。


「あんなのキャラに決まってるでしょ」

「え、そうなの?」

「なんでわかんないのよ……」


 赤岸は更に泣く。


「え、すまん……?」


 もう正直意味がわからないが、俺は謝る。

 すると、赤岸は言った。


「ブランコ乗って話そ?」

「あ、あぁ」


 特に断る理由もないので、一緒にブランコに乗りに行く。


「久しぶりだなぁ、……この感じ」

「この公園来たことあるのか?」


 懐かしそうに呟く赤岸に俺が尋ねると、赤岸は悲しそうな顔をして言った。


「何もかも忘れちゃったんだね」


 ものすごいショックを受けた。

 脳が震える、というか。

 別にネタじゃないんだが、まさにそんな感じだ。

 脳みそと、胸の奥が振動する。

 深く、深くに何かが来た。

 赤岸の一言が、何故か胸の奥のモヤモヤに絡まった。

 だが、それが何故かはわからない。

 くそっ、イライラするな。


「いお……海瀬君はこの公園来たことあるの?」


 さっきからちょいちょい依織って言いかけるのはなんなんだろうか。

 知りたいが、聞くのは野暮なのでよしとこう。


「うん、小さい頃にな。小学生の頃、近所の仲の良い友達と三人でよく遊んだんだ」

「……その記憶はあるんだね」

「なんか言ったか?」

「ううん。何も」


 ボソボソと何か言ったような気がしたが、気のせいだったらしい。

 俺はゆっくりとブランコに腰をかけると、持ち手のチェーンを味わう。


「懐かしいな。この感じ」


 昔から、作りが雑なこの公園のブランコの持ち手は痛いのだ。

 ゴリゴリと手に刺さる。


「そういえば、家はこの辺なのか?」


 散歩中だった犬を鉄棒に括り付けている赤岸にそう尋ねた。


「うん、すぐ前の大きな家。赤い屋根の」

「へぇ」


 俺はそう言われ、赤い屋根の大きな家を探す。


「あれか」


 なんだか、見覚えのある家だった。

 懐かしさを感じる家だ。

 それにしても、不思議だな。


「こんな近くに住んでたんなら、俺たち昔会ってたかもしれないな」


 ふとそう思って俺が言うと、隣のブランコに腰をかけた赤岸は髪を耳にかけながら言った。


「本気で言ってるの?」

「え?」

「それ、本気で言ってるの?」


 なんだか、怒ったような口調だった。


「本気ってなんだよ? そんな冗談言わねえだろ」

「あっそ」


 なんだこいつ。

 人が答えたのに微妙な返事しやがって。

 腹が立つ。

 なんだかもやもやするな。


「俺も、この辺に住んでたんだよ」

「ふうん」

「興味なさそうな態度前面に出すな」

「そうしたい気持ちもわかって?」

「はぁ?」


 さっきから話が続かない。

 何が言いたいんだ、こいつ。


「お前、さっきから言いたいことがあるなら言えよ。っていうかさっきの我慢できないって何?」


 俺は、先程から思っていたことを聞いた。

 泣きながら、言ったあの言葉は凄く重みを感じた。

 なのに、それについて全然触れてこない。

 すると、不意に赤岸がブランコから降りる。

 そして、走って丘の上へ行った。


「なんなんだ、あいつ」


 俺はよくわからないまま、赤岸を追う。


「くそっ、地味に足速いな」


 なかなか追いつけない。

 俺なんかより、速いんじゃないかって感じだ。

 女のくせに。


「ほら、早く! 早くこっちに来なよ」

「うっせえな!」


 俺はやっとの事で距離を縮め、赤岸を目指して丘を登る。

 赤岸は既に頂上に到達しており、上から俺を見下ろしている。


「依織? まだー?」

「あとちょっと……」


 喧嘩後の疲労マックスな俺にこの丘の坂はきつい。

 足も限界だし、何より背中、横腹が痛い。

 そんな時、俺はふと上にある赤岸の顔を見つめる。

 何か、何かが引っかかる。


「あれ」


 何故かわからない。

 よくわからないけど、涙が溢れる。


「なんで……」


 止めようと思っても、どんどん流れる。

 なんでだ。

 なんで泣くんだよ。

 意味がわからない、でも、それでも止まらない。

 そしてそんな俺を見ながら、赤岸も涙を零した。


「依織。やっと会えた」


「……ゆ、め?」


 俺は、無意識にそう呟いた。

 すると、赤岸は泣きながら笑った。


「柚芽だよ? 六年ぶりだからって忘れてないでよ」


 赤岸柚芽。

 それは、俺の小学校の頃の好きだった女の子。

 今まさに、その姿が目の前にあることに驚く。

 そして、そんな中、俺は唇を奪われた。

 人生二度目の、キスだった。

 俺たちの涙はまだまだ止まらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る