陽キャの猛攻


「はぁぁ……」

「俺の顔見てため息つくのやめろや」

「非リアは呑気で楽そうだな」

「お前喧嘩売ってんだろ? おい」


 とある昼休みのこと。

 俺が弁当の蓋を開ける中、権三がヒソヒソ声で言う。


「なぁ、最近酷くねぇか?」

「まぁ、な」


 あれからなんだかんだで一ヶ月が経った。

 六月から七月は変わり、夏休みモードに入りつつある学校生活。

 楽しげなムードが漂う中、俺はそうはならなかった。

 何故か。


「あー、あの陰キャマジキモくね?」

「本当にそれー」

「あは。こんな彼女いるとか俺の方が勝ち組っしょ」

「それは言い過ぎー」


 富川だ。

 ついにいじめ実行部隊隊長が動き始めた。

 膝の上にやたら語尾を伸ばす頭の弱そうな女を置いて、何やら誰かを馬鹿にしている。

 誰をとは言わないが。


「あのクソ女。顔がちょっといいだけで調子に乗りやがって。何が『そう言うの男女差別って言うんだよ?』だ。クソッ腹が立つ」


 どうやら相当根に持ってるらしい。

 もう一ヶ月経ったのに、面倒な奴だ。

 膝の上の女も、富川には笑いかけているが、正面を向いているときは、凄くだるそう。

 なんだか、ビジネスカップルみたいだな。

 カースト有利にするために、形式上付き合ってるみたいな感じ。

 富川は知らんが、あの女は絶対それだ。


「おいおい、玲音ちゃんは別にいいだろ」

「まぁな……」


 すると富川はこちらを見てきた。

 不意に目があったので、取り敢えずウインクしてみた。


「あー、イライラする! 陰キャのくせに棚ぼたで可愛い子と付き合えたからって調子乗りやがって! マジキモいわー」

「本当それな!」


 名前も覚えてない、伏山の取り巻きの一人が同調する。

 どうやら、リア充集団にも上下関係があるようだ。

 見たところ、伏山、富川の順に後は下っ端みたいな感じに思える。

 陽キャも大変なんだな。


「依織、大丈夫か?」

「何が?」


 心配するように聞いてくる権三に俺は首をかしげる。


「あんなに言われても平気なのか?」

「うーん」


 別に平気かと言われればそうでもないんだけどな。

 俺は自分の弁当に目を落とす。

 そしてため息を吐いた。


「今、それどころじゃないんだ。あんな奴らにかまってるほど暇じゃない」


 今の俺の周りの環境を考えると、むしろ居心地がいいくらいだ。

 所詮富川なんて、キモいだの陰キャだのしか言ってこないし、対して面倒もない。

 元々俺は諦めの陰キャ。

 今更どうこう思う訳でもないさ。


「見てみろあの女の顔」


 俺はそう言って権三を促す。

 退屈そうな顔で、富川の膝に乗ってる女だ。


「うわぁ、外面だけなんだな」

「だろ? 富川って惨めに見えない?」

「確かに」


 権三が吹き出すと、富川に睨まれる。


「こ、こわっ」


 それきり権三は黙々と飯を食べ始めた。

 しかし、それにしても。

 最近伏山がやけに静かだな。

 昼休みに俺が喧嘩を売った以来だ。

 ここ一ヶ月くらい、大きなアクションを起こさない。

 てっきり、富川じゃなくてアイツが絡んでくるのかと思ってたのに。


 今も、黙って俺の方を睨んでいるだけだ。

 圧力が凄い。

 怖いので俺も視線をずらした。


 最近の昼休みはいつもこうだ。

 クラスの中心部の席を陣取って俺や玲音の悪口大会。

 大体玲音にはフォローが入り、そこまで怒りが爆発した様子はないが、俺には違う。

 玲音のことは富川以外、みんな嫌っていないが、どうやら俺は嫌われているらしい。

 逆鱗に触れたんだろう。

 そして、


「もうやめようぜ。あんなくだらない奴の話するの。気分が悪くなってきた」


 そう、これだ。

 いつも伏山のこの一言で終わる。

 ただ、この一言が一番キツい。

 なんだか一番精神的にくるのだ。


「あ、海瀬君おはよう」

「で、お前はなんなんだ? おはようってもう昼なんですけど?」


 さらによくわからない人が帰ってくる。


「え? そうだっけ? さっき起きたばっかだったから」

「……」

「何か突っ込んでくれないとボケが成り立たないんだけど」

「急に素に戻るのやめて?」


 赤岸柚芽は今日もやはりおかしかった。

 赤岸は権三にチラと目をやる。


「あんたなんでいるの?」

「あ、あぁ。すぐにどくよ」


 いそいそと弁当を片付けると、権三は席を立つ。


「ちょ、待て待て待て」

「ん?」

「お前らどういう関係なんだ?」


 あまりにも自然に言いなりに動くもんだから、思わず尋ねる。

 前々から、なんでコミュ障の権三が赤岸と話してるのかが不思議だったんだ。

 すると、権三は顔を赤くしながら言った。


「いや、その。俺、中学の頃赤岸のこと好きだったんだ」

「は?」

「だからな。赤岸って可愛いじゃん? だから俺、告ったんだよ」

「嘘だろ?」

「もう、そんな話しないでよ〜」


 嘘だろ……?

 そういう感じ?

 そういう関係だったのか!?

 確かに昔、なんで権三のタイプの女子を赤岸が全部知ってるのかと不思議に思ったことがある。

 あの、玲音が質問してた時だ。

 権三に彼女を作るとか言ってた日。


「え、じゃあ付き合ってたの?」


 俺がそう聞くと、赤岸は笑った。


「付き合ってた訳ないでしょ。振ったのよ。こんな男に興味なんてないから」

「あー!」

「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」


 なんだこいつら。

 本当に息が合ってるな。

 俺は思わず呟いた。


「お前ら付き合えばいいのに。お似合いだぞ?」


 すると、


「あ?」


 何やら凄い目つきで人を殺せそうな雰囲気で睨まれた。

 そして、背後から視線を感じる。

 そっと振り返ると、何故か伏山からも睨まれていた。


「どういうことだよ……」

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