清楚じゃなくて清楚風でした

「家にお兄ちゃんを自称する外国人が来たんだけど」

「安心しろ。あの人は正真正銘お前の兄だ」


 疲れ切った表情で言ってくる玲音に俺は苦笑する。

 今日は土日が明けた月曜だ。

 玲音はため息をつく。

 恐らく帰ってきた兄が面倒くさいんだろう。

 しかし、あの人はこいつの親族で間違いない。

 あの紳士なスーツを纏ったキチ○イ美青年は、玲音の兄にまさにふさわしいと思う。


「あの人すぐに心読んでくるんだけど」

「うーん、そういう人だよね」

「ボディタッチ多くてキモいし」

「oh……」


 晶馬さん、あなた妹にセクハラで訴えられますよ。

 何してるか知らんが。

 そんな事を呑気に考えていると、玲音が俺を鉄格子に追い込んでくる。

 ちなみにここは屋上だ。

 後ろを見るとちびりそうなので我慢。


「ねぇ、なんで依織くんの妹さんとお兄ちゃんが結婚することになってるの?」


 まぁ、そうなるわな。

 俺は複雑な話を明かすのをためらい、最善の楽な説明を選んだ。


「あの人、両親の会社の次期社長なんだとさ」


「……は?」

「だから、妹と結婚するかもしれない」

「嘘でしょ?」

「いやほんとだ。そうなったら俺たちも家族になるな。あはは」


 乾いた笑いが溢れる。

 そんな俺に対して玲音は固まっていた。


「意味わかんないんだけど」

「大丈夫。俺もわからん」


 昨日は結局あの後家に帰ってもらった。

 梓が珍しく父に反抗的な態度を示し、それどころではなかったからだ。

 まぁ当然である。

 いきなり婚約者だの言われたところでピンとこないだろう。

 しかも相手は十二歳年上。

 あの人が老いるのは想像できないが、老後を思うと微妙な歳だと思う。


「あの人、早く出てって欲しいな」

「そんなこと言うのはやめて差し上げろ」


 かわいそうだ。

 あんなにも玲音を愛しているのに。


「だって、帰ってきて最初になんて言ったと思う?」

「『玲音の彼氏に会ったよ』とか?」


 すると、玲音は青ざめた顔で首をぶんぶん振る。


「『お風呂でも入らない?』って言われたんだけど!」

「oh……」


 本日二度目のoh……を発動してしまったが、確かにそれはやり過ぎだあの変態紳士め。


「まぁ結局入ったんだけど」

「入ったんかい!」

「でね、私男の人のモノを初めて見たんだけど、アレって意外と……」

「それ以上は言わなくていいんだ」


 頼む。やめてくれ。

 あの人のブツのことなんて俺は聞きたくないんだ。

 でも、どうなんだろう。

 毛は何色なんだろうか。

 頭と同じなら下も銀色……

 やっぱりちょっと気になる。


「お兄ちゃんそれから興奮したみたいで、体洗いっこしたんだけど……」

「何してんの!? ねぇ、何してんの!?」

「妙に手つきが手慣れててさ。耐えるのに必死だったんだよねー」

「兄妹の仲超えてんじゃねーか!」


 え、何。

 そこまでいったの?

 おい、くそ兄貴。

 他人の彼女に何してくれてんだよ!


「でも最期には耐えらんなくて」

「もうやめてくれ。やめてください。それ以上聞いたら俺はあの人を二度と信用できな……」

「笑っちゃったんだよね。もう本当耐えらんなくて吹き出して、涙が出るほど笑ったよ」


「……は?」


 玲音の言葉に耳を疑う。

 間の抜けた疑問の言葉をひねり出すと、玲音は小悪魔ちっくな笑みを浮かべた。


「勘違いしたのかな?」

「え、いやその、何がかな?」

「君、私がお兄ちゃんと淫らな行為に至って、私が♡♡のを耐えてたと思ってたでしょ?」

「思ってない」

「いやん、眉毛がもうイヤらしい曲線になっちゃってる」

「なんだよそれ」


 眉毛がイヤらしい曲線ってなんだよ。

 そもそも俺の眉毛結構薄いしわかんねえだろ。

 適当なこと言いやがって。


 それにしても、この屋上でこうやって二人で話すのは久々だ。

 なんだか感慨深いものがあるな。

 玲音は屋上のベンチに座って呟いた。


「なんか、依織くんって色々巻き込まれるのにぼーっとしてるよね」

「悪口かな? 喧嘩売ってるなら買うぞ?」

「いやいや。赤岸さんとか、お兄ちゃんとか色んな変な人に巻き込まれてるからさ」


 あくまで自分はその変な人に含まれていないらしい。

 俺も命が惜しいのでここで『お前が言うな』なんて言えない。


「梓ちゃんって子と話してみたいな」

「……は?」

「なんか可愛いってお兄ちゃん言ってた」

「そうでもないぞ? 平気でパンツとブラだけで歩き回るし、歯磨きしないし」


 アイツ、外面だけはいいからな。

 なんだかんだ、中学の頃はよくモテてたみたいだ。

 俺とは違って。


「今度遊びに行ってもいい?」

「やめてくれ。カオスに陥る」


 ただでさえ、両親が帰ってきてゴタゴタしているうちに妹の婚約者とか言う変な奴まだ現れた。

 妹は昨日から両親と口を聞いてないし、何故か俺も口聞いてもらえないし。

 そんな時に、俺の彼女を家にあげる?

 頭おかしいだろ。

 さらには青波晶馬の妹だし。

 何が起こるかわかったもんじゃない。

 しかも、俺はまだ自分の気持ちに整理がついていない。

 晶馬さん曰く、俺はしっかり玲音を愛せているとのことだが、微妙な気持ちであまり不用意に関わりを濃くしたくないからな。


「そっか、じゃあまた落ち着いたらでいいや」

「あ、そう」


 久々のあっさり玲音ちゃん。

 やっぱりあんま固執ってしないよね。

 そんな事を思っていると、玲音は立ち上がる。


「そういえば、さっきの話なんだけど」

「おう?」


 どの話だろうか。


「お兄ちゃんとお風呂入ったっていう話」

「あー、それか」

「あれ全部嘘だよ。誘われたのは本当だけど断ったから、洗いっこもしてないよ」

「はぁ!?」


 じゃあなんだったんだ俺のあの時の気持ちは!

 返せ、俺の怒りに使ったエネルギーを返せ。


「でも、興奮したでしょ?」

「うるせえよ!」


 やはり、こいつは。

 清楚なんてキャラじゃない。

 言うならば、『清楚風』だ。

 付き合い始めて一週間くらい。

 早くも心が病みそうです。

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