第4話 お嬢様、恋文をしたためる

「ねぇ、イルワーク。私、やってみたいことがあるの」

「承りましょう」 



「私、恋文をしたためてみたいの」

「乙女ですね」

「ええ。驚いたかもしれないけど、実は私、乙女だったのよ」

「今世紀最大の発見でございます」


「さて、準備は整ったわ」

「便箋に、封筒、筆記具でございますね。しかし、お嬢様」

「何かしら」

「そのレトロな袴姿は一体――」

「大正ロマンよ」

「実にロマンティックでございます。異国の文化を取り入れるとはさすがお嬢様です」


「しかし困ったわ」

「どうなさいました」

「どう書いたら良いのか、皆目検討がつかないのよ」

「何ということでしょう。ですがこのイルワークめにお任せください」

「イルワーク、わかるの?」

「こう見えても、その手の文は昔からよくいただいたものでして」

「あらあら、イルワーク。あなたも端に置けないわね」

「端にも隅にも置けない私でございまして」

「まったく頼りになることこの上ないわね」


「それではまず、確認しておきたいのですが、お相手の方は男性ということでよろしいのでしょうか」

「そうね、私の記憶が確かなら、男性だと思うわ」

「何やらあやふやな印象で一抹どころじゃない不安が私の目の前を颯爽と通りすぎて参りましたが、了解致しました」

「まぁとりあえず、暫定ね。暫定男性」

「性別に暫定も何もないような気がしましたが、いまのこのご時世、私のような考えの方が古いのかもしれません。さすがお嬢様、時代の波に乗っていらっしゃる」

「丘サーファーと呼んでちょうだい」

「私の預かり知らぬところでサーフィンを始められていたとは、驚きです」

「いまは丘でもサーフィンが出来る時代なのよ、時代の波に取り残されないことね」

「肝に銘じておきます。さて、お嬢様」

「丘サーファーよ」

「失礼致しました、丘サーファー様」

「何かしら」

「恋文の話題に戻ってもよろしいでしょうか」

「よろしくてよ」


「まず、恋文をしたためる前にですね、お嬢さ――丘サーファー様が、そのお相手に対して何をお伝えになりたいのかをまとめる必要があるかと思われます」

「成る程、そういう作業が必要になるわけね」

「というわけで、まずは一度、こちらの別紙に伝えたい内容をまとめてみるのがよろしいかと」

「わかったわ、やってみる」

「お嬢様の小さな恋、このイルワークが全身全霊で応援させていただきます。とはいえ、この場に私がいれば書きにくいこともございましょう。私は、少々離れたところで見守らせていただきます」



「イルワーク、ちょっと良いかしら」

「どうなさいました、丘サーファー様」

「もうサーファーは止めたわ」

「失礼致しました」

「どうしても引っ掛かるのよ」

「引っ掛かる……お昼に食べた魚の小骨でございますか?」

「それもあるけど、違うわ」

「それもあるという事実に驚きを隠せません。どうしていまのいままで黙っていたのですか」

「イルワークが気付くまで黙っていようと思ったのよ。有能な執事であれば気付くはずだわ」

「まさかこのようなことで私の能力を試されていたとは。至らぬ執事で申し訳ございません」

「まぁ、それは一旦良いわ」

「喉の小骨を一旦後回しにされるほどの事態ということでしょうか」

「そういうことになるわね」

「そういうことでしたら、伺いましょう」


「あなたさっき『小さな恋』って言ったわよね」

「はい、申し上げました」

「私、一言もそんなこと言ってないわ」

「しかしながらお嬢様、『恋文をしたためたい』とおっしゃっていたではありませんか」

「何、『恋文』って恋をしないと書けないものだったの?」

「それはもう……『恋』の『文』と書くものですから」

「そういうことだったのね」

「何だと思っていたのです」

「矢に手紙を結び付けて……」

「それは『矢文』でございます」

「馬に乗りながら放つのよ」

流鏑馬やぶさめの様相を呈してきましたね」

「違うのね」

「そう肩を落とすことはございません、お嬢様。いまから流鏑馬の準備を致しましょう」

「私、馬に乗れないんだけど」

「そこからでしたね」

「それに、弓矢も無理だわ」

「そもそも無理のある話でしたね」

「でも、私、飛ばしたいのよ、手紙を。それなりの勢いで飛ばしたいの。相手に刺したいのよ」

「最後なかなか物騒なキーワードが飛び出しましたけれども、そういうことでしたら、このイルワークに考えがあります」

「出来るの、イルワーク!?」

「お任せください」



「イルワーク、この筒は何かしら。それから、このペン先のようなものは?」

「こちら、『吹き矢』でございます。この先の尖った方に文を入れ、筒の中に入れて、こちら側から強く吹くのです」

「成る程、それでこのペン先が飛んでいくのね、相手に突き刺さるのね」

「突き刺さるかは、お嬢様次第でございます」

「やってみるわね!」

「ご武運を」



「……で、なぜ先ほどの吹き矢が私のお尻に刺さっているのでしょう」

「いま、自分自身の肺活量に驚いているところよ」

「これは私に向けたメッセージと受け取ってよろしいのでしょうか、それとも事故?」

「いいえ、故意よ。まさに『故意文こいぶみ』というわけね」

「さすがでございます、お嬢様。ということは、お嬢様は最初から私に何かしらのメッセージを……?」

「そうよ。早く中を読んでちょうだい」

「感無量でございます。こみあげてくる涙で手紙が読め……ました。『プリンが食べたい』ですか」

「その通りよ」

「これはただのおやつリクエストではありませんか」

「その通りよ。今日は私、プリンが食べたいわ」

「かしこまりました」

「その後、庭で落とし穴を掘るわよ」

「かしこまりました、お嬢様。ですがその前に――」

「何かしら」


「喉の小骨を取るのが先かと」

「すっかり忘れていたわね」

「それからお嬢様」

「何かしら」

「私、男でございます。お忘れなきよう」

「忘れないように冷蔵庫に貼っておいてくれるかしら」

「かしこまりました」


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アデレナお嬢様はやってみたい 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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