第3話 お嬢様、下っ端戦闘員になる

「ねぇ、イルワーク。私、やってみたいことがあるの」

「承りましょう」 



「私、下っ端戦闘員になってみたいの」

「今回はまた攻めましたね」

「全身タイツを装着して奇声を発してみたいのよ」

「ということはかなり古いタイプの下っ端戦闘員ということですね」

「その通りよ。私、ふるきをたずねて新しきを知ろうと思うの」

「お嬢様、何と立派な。そういうことであれば、このイルワーク、全身全霊でお付き合いさせていただきます」



「さて、生まれて初めて全身タイツなるものを装着してみたわ」

「着心地の方はいかがでしょうかお嬢様」

「思ってた以上のフィット感に驚いているところよ」

「メイド達の大半は泣いていましたね。まさかお嬢様ともあろうお方がこのような恰好をなさるとは、と」

「全身タイツに貴賤も何もないわよ。私は着たいものを着るわ」

「素晴らしいです、お嬢様。ただ、3人ほど結構ガチ目に笑いを堪えていた者がおりましたが」

「後で名前を教えてちょうだい」

「かしこまりました」


「さて、見た目は整ったわね」

「完璧でございます」

「後は奇声を発するだけね。わくわくするわ」

「しかしながらお嬢様」

「何かしら」

「私にご用意くださったこの衣装は何なのでしょうか」

「あら、見てわからなかったのかしら」

「見てわかれば良かったのですが。そもそもこれは衣装であっているのでしょうか」

「もちろんよ、イルワーク。私だけがこんな恰好をして奇声を発していたら、リリアンダルス家はおしまいだと思われるわよ」

「むしろ執事までもイカレていると思われるのではと」

「毒を食らわば皿までっていうじゃない」

「確かに」

「連帯責任という言葉もあることだし」

「ございますね」

「旅は道連れ世は情けとも言うわね」

「日々の学習の成果が如実に表れていますね」

「そんなわけだから、あなたも着替えてきなさい」

「かしこまりました」



「お嬢様、着替えてまいりましたが」

「やけに遅かったわね。こっちはタイツが蒸れてきてえらい目にあったわ」

「なぜ私服に着替えているのです」

「あら、言わなかったかしら。蒸れてえらい目にあったから着替えたのよ」

「左様でございますか。時にお嬢様、私のこの恰好ですけれども、これは一体――」

「総統よ」

「総統でしたか。この十字の形の被り物、私はまたてっきり、ヒトデの化身かとばかり」

「そんなわけがないじゃない。イルワークったらどこを見てそう判断したのかしら? それに、ヒトデだとしたら、星の形でしょう? それはどこからどう見ても十字架じゃない」

「ですが、この、先端に向かって緩やかに細くなるデザインと、全体的にぷっくりとした造形はどちらかといえばヒトデを想起させるのでは、と」

「一理あるわね。でも、これは十字架なの。あなたの名前は『十字架総統』よ」

「まさか名前まで与えられるとは。しかしこれではっきりしました」

「何かしら」

「我々がそれぞれに思い描いている下っ端戦闘員はどうやら別作品のようです」

「別作品? どういうことかしら」

「とりあえず、私も一旦脱いでよろしいでしょうか」

「仕方がないわね」



「やっと人心地つきました。あの被り物、見た目以上に軽いのは良いのですが、頭を動かすたびにぐらぐらして落ち着きませんね」

「逆にしっかり重い方が安定するのかしら」

「あれでしっかりとした重さがあったら倒される前に自滅する未来しか見えませんが」

「それはそれで良いんじゃないかしら」

「クレームものですよ。それはさておき」

「ええ、そうだったわね」

「まず、お嬢様に確認したいのですが、お嬢様の思い描いていた下っ端戦闘員の奇声とはどのようなものでしょうか」

「よくぞ聞いてくれたわね。それはね、『ホイ!』よ」

「やはり」

「一体何が『やはり』なのかしら」

「お嬢様、恐れながら……」

「ごくり」

「下っ端戦闘員の奇声と言えば、『イーッ!』でございます」

「い、いい?」

「左様でございます。可能な限り高い声で叫ぶのです」

「しかも高い声で、叫ぶ、ですって?」

「その通りでございます」

「そんな奇怪な……」

「『ホイ!』も充分奇怪だと思われますが」

「『ホイ!』はまだ掛け声の範疇だわ」

「成る程。ですが、残念ながら、一般的に『奇声を発する下っ端戦闘員』といえば、『イーッ!』なのです」

「何ということ……。私としたことが、こんなミスをするなんて」

「そして、その場合、私のポジションは『総統』ではなく『首領』となります」

「何が違うの?」

「呼び方のみです。とどのつまり、『ボス』です」

「成る程、呼び方が違うだけなのね、安心したわ」

「ですが、この『首領』、基本的には声のみの出演となります」

「どういうことなの」

「基地の壁面に飾られたレリーフから指令を発するのです。下っ端戦闘員はもちろんのこと、幹部ですらその姿を見たものはおりません」

「そうなると最早都市伝説ね」

「ですが、その統率力とカリスマ性たるや相当なものでして、そのレリーフを破壊してやろうなどと企てる者はおりません」

「まぁ、素晴らしいわ」

「というわけですので、私のようなものに到底演じられるようなものではございません」

「異論ないわね」


「さてお嬢様、下っ端戦闘員、やりますか?」

「もう良いわ。私それよりキャッサバのデンプンから作られた丸くてもちもちした粒の入ったミルクティーが飲みたいわ」

「タピオカミルクティーですね」

「悪魔的飲み物よ」

「かしこまりました。すぐにご用意致します」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る