第4話 重なる声

「こんな物しかありませんけど、どうぞ」

 

「いえいえ!頂けるだけで感謝です!!

 ありがとうございます」

 

 俺が小さなテーブルに作った料理を並べると、彼女は嬉しそうな笑みをこぼした。

 そして食器を並べて俺も食卓につく。

 

「え?」

 

 すると、不思議そうに彼女はテーブルの上を見つめる。

 何かおかしなものでもあっただろうか?

 特段変わったものは作っていないはずだけど、この世界の常識なんて俺は知らないからなんとも言えない。

  

「な、何かありました?」

 

 恐る恐る聴くと、彼女は視線をそのままテーブルに固定したまま続けた。

 

「箸?」

 

「はし?」

 

 箸がどうかしたのだろうか?

 食べる道具がないので自前で作りはしたが、そこまで下手くそな出来ではないと思ったのだけど。

 お気に召さなかったのか?

 

「あ、いえ。久しぶりに見たなぁと思って」

  

「そうなんですか?」

 

 箸を久しぶりに見るってことは、あまり箸は使われないのだろうか?

 

「あ、気にしないでください。ちゃんと使えますから」

 

 そう言って、彼女は誤魔化す様に笑ってから手を合わせて「いただきます」と呟いた。

 一口食べて、美味しいと言ってくれた。

 味付けも殆どしていないので薄味の鍋なのだが、お世辞でも言ってくれると嬉しいものだ。

 

 俺は女性と食事を取るなんて事、緊張するばかりで味なんて全く入ってこない。

 何を喋ったらいいのかもわからずついつい無言になってしまう。そんな空気を読み取ったのか、彼女が先に口を開いた。

 

「助けていただいて、本当にありがとうございました。

 私、アスハって言います。ラディア王国で騎士をしておりまして……、お兄さんは一人でココに?」

 

「あ、いや。一人ってわけでは」


 ラディア王国か、聞いたことがないな。

 この世界について色々と知ることが出来るいい機会かもしれない。が、受け答えばかりで自分から話を進めて行ける自信がない。

 

「そ〜ですよね。一人で暮らせる様な森じゃないですしね」

 

「え?」

 

「お兄さん、お名前は?」


「カナタです……」

 

 続けて名前を聞かれたので答えたが、今の発言は引っかかる。

 一人で暮らせる様な森じゃない?

 

「カナタさん……。

 私の故郷にありそうな名前です。

 なんか親近感ありますね〜」

 

「そうなんですか?」

 

 俺の本名はタナカ カナタ、上から読んでも下から読んでもタナカ カナタ。昔から名前を覚えて貰う時の持ちネタで、覚えやすいと評判の名前である。

 カナタって名前も日本にいれば幾らでもいそうなものだが、此方の世界でも多いのだろうか?

 そう言えば、アスハって名前も最近の日本ならば居そうな名前だ。


「もう、三年くらい帰ってないんですけどね」

 

「そうですか」

 

 三年か、俺も日本を離れて三年が過ぎたな。彼女も若そうだが、故郷を離れなければならない事情があったのだろうか。

 

「そう言えば、他のご家族?お仲間?はどこにいらっしゃるんですか?」

 

「あぁ、それならほら。家族じゃなくて、動物たちですけど」

 

 そう言って、彼女の質問に対して指指して答える。

 彼女が起きてからと言うもの、少し警戒しているかの様に部屋の隅でじっとしている三匹。

 そう言えば、彼らの餌をまだあげてなかった。準備しなくちゃいけないな。

 

「動物?」

 

 彼女が後ろを振り返る。

 俺は餌を取りに調理場の棚へ向かおうと立ち上がった。

 

「ひゃ!?」

 

 真後ろにいた動物たちに驚いたようだ。

 動物たちを見た彼女は小さな声を残して固まっていた。

 まぁ、そりゃあ意識外の場所に動物がいたら誰だってビックリするわな。

 

 少し申し訳ないと思いつつも、俺は餌を取り出してから三匹を手招きした。

 

「お前ら、飯だぞー」

 

 三匹は彼女の横をすり抜けて俺のところへ来ると、それぞれの餌をガツガツと食べ始めた。

 

 あとで他の奴らの餌もあげに行かないといけない。朝やってきた狼の具合も診ておきたいし、食べ終わったら一仕事としよう。

 

「ん?どうしたんです?」

 

 何故か動物たちを凝視したまま動かない彼女。もしかして、動物が嫌いだったかな?

 それならば家の中に三匹も動物がいるこの状況はかなりキツイかもしれない。猫に犬に鳥。どれかが嫌いって可能性も十分に考えられる。

 

 一旦動物たちは他の場所に移しておいた方が良かったかな。そこまでは頭が回らなかった。

 しかし、見せてしまったものは仕方がない。

 謝罪だけして他の場所に移してしまおう。

 

「動物、嫌いでしたかね?ごめんなさい。

 すぐに他の場所に移しますね」

 

 申し訳ない顔を作り、動物たちの餌を拾い上げて彼らを連れ出そうとすると、固まっていた彼女が漸く口を開いた。

 

「あ、いや。動物は嫌いじゃないですけど……えっ?なんで??」

 

「?」

 

 なんでと言われても、こっちが疑問なのだけど。

 一体何が言いたいのだろう。

 

「それ、三匹とも動物じゃなくて、魔獣なんですけど……。

 なんで飼っちゃってるんですか……?」

 

「魔獣?」

 

 唐突に放たれたその単語を、俺は意味を理解できずにオウム返しで聞き直した。

 

 彼女曰く、どうやら動物と魔獣は明確に違うものらしい。ゲームの中のような話であるが、魔獣とは魔力を有した獣の総称だという。

 

 一方動物は魔力を有していない獣の事。

 魔力とは世界中に溢れている魔素と言うエネルギーを取り込む事で蓄えられるそうだ。

 取り込んだ魔素を体内のエネルギーとして変換した力が魔力であって、魔獣はこれらによって活動を行う。

 

 それとは別に魔物という存在もいるそうで、それらは魔素によって具現化した悪意だそうだ。

 飼育係をして三年経って、俺の生活にいきなりファンタジー要素が溢れかえった。

 

 この三年間で魔物とやらに出くわさなくてよかった。ゲームの世界では当たり前に聞く用語であるが、実際に出くわせば死んでいたんだろうな。と思うと鳥肌が立ってくる。

  

「そもそも、私がこの森に入った事も魔獣が原因なんです」

 

「魔獣が?」

 

「はい。最近この森の魔獣の力が強まっており、森の周辺にある村では大きな問題になっているんです。

 その原因の調査の為に、調査隊を編成してこの森に入ったのですが、仲間と逸れてしまいまして。

 数日間食料が枯渇した状態で彷徨っていた所、体力が尽きて倒れてしまったんです」

 

 彼女はそう言って顔を伏せた。思い出して恥ずかしいやら悔しいやら、って気持ちになっているのかもしれない。

 

 しかし、なるほど。

 彼女が一人で倒れていたのはそう言う理由だったのか。この辺りは動物達も、いや魔獣だったな。彼らもあまり見かけることはない。

 食料を確保するのは難しかったのだろう。

 それに、最初に彼女が一人で暮らせる森じゃないって言ってた意味もそれか。強い魔獣が多く、食料の調達が困難。

 

 俺もバーニャに会うのが数日遅ければ早い段階で死んでいたんだろうな。バーニャたちには感謝しているが、それをみに染みて感じる。

 

「そうですか。遠慮なく食べて下さいね。味は薄いし、タレも何もないですけど、量は作ってますから」

 

「ありがとうございます。

 でも不思議です。魔獣は基本的に人間に対して敵対行動しかしないのに、こんなに懐いてるなんて。

 不思議な事といえば、この箸や貴方の名前もそうですね。この辺りは箸の文化なんて無かったのに。

 懐かしいな、日本を思い出します」


「日本!?」

 

 彼女の言葉にハッとなり、思わず大声を出してしまった。

 俺の反応が予想外だったのか、彼女も持っていた箸を止めた。目を開いて驚愕の表情を作り出し、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「えっ?……ま、まさかとは、思いますけど」

 

「俺も……まさかとは思うんですけど」


 ゴクリと息を飲む程度の感覚をあけて、二人の声が重なった。


「「日本人なんですか!?」」

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コミュ症ではじめた飼育係、3年経って女騎士を拾いました 三羽 鴉 @mu-min32

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