第28話 外伝 ハルコ之章③

 人でごった返す東京駅、その場に降り立ったのは何も感傷に浸る為ばかりではない。ハルコさんを除くと今日の参加メンバー最後の一人、そうマチコとの待ち合わせが、ここ東京駅だった。

 八重洲地下街を出て直ぐの広場、そこに時間ぴったり彼女は現れた。


「お久しぶりです、貫之さん。お元気でしたか?」


 そう言って、にっこり微笑むマチコ。しっとりと艶のある黒髪が、キラリと輝きを放ち。


「僕はこの通り元気だよ。マチコも元気そうで何より。ハルコさんとはうまくやっているかい?」


 マチコは巫女さん業の傍ら、僕に代わってハルコさんの元で働いている。こき使われてないといいんだけど、と僕。


「ふふ、ハルコさんは私にもよくしてくれます」


 ハルコはそう言って妖艶な笑みを浮かべた。絶世の美女、はもう宿っていない筈なんだけどな。


「なにデレデレしてるのよ、いやらしいわね! マチコも気を付けなさいよ。この男は真珠を見つけた豚みたいな顔だけど、やる時はやるんだから」


 はて、それほど顔に出したつもりはないが、すかさず真理の罵声が飛んだ。


「あら、真理さんはお嫌いなのですか? 私は貫之さんの事を慕っておりますよ。今日はお誘い頂いてありがとうございます」


 あは、何とも嬉しい事を言ってくれる。だけど、僕が誘わなくてもきっとハルコさんはマチコを連れてきたに違いない。



「さて……」


 ピクニックよろしく公園の隅で、ひとしきりお喋りと真理の罵詈雑言を楽しんだ僕は腰を上げた。

 陽も沈もうとしている。そろそろ行こうか、と僕。


「そうだな、これからが本番、なのだろう貫之よ。お前の上司でマチコ君が慕うハルコ嬢がどんな人物なのか楽しみだな」


 ふっ、奴はまだ知らない。かりそめではない、ホンモノの魔王の恐怖というやつを。


「……」


 並んで歩く四人。男が二人に美女が二人。はしゃぐ旧作に、何故だか口をつぐんだ真理。僕達は間も無く目的の場所へと到着したのだった。



 時間はというと後五分で午後の六時。ハルコさんに指定された場所は、僕の予想と違って高級感漂う洒落たレストランで。


「ねぇ、貫之。本当にここなの?」


 うん、真理が疑問に思うのは無理がない。僕も飲み会と聞いて、大衆居酒屋を想像していたのだから。


 と、僕達が店の前で逡巡していると、中からスキンヘッドの大男が姿を見せ。


「貫之様ですね。お待ちしておりました。お嬢様が中でお待ちです。さあ、お連れ様と一緒に中へどうぞ」


 慇懃な物言いで男が僕に告げる。それにしても……


 ――――お嬢様って、誰!?



 恐る恐る入った店内には落ち着いた雰囲気の間接照明が灯る。その灯りに照らされるのは、艶のある大理石のようなバーカウンターに、テーブルか一つきり。


「やあ、貫之クン。お疲れ様だね」


 そこには職場のオフィスでパソコンに向かっている姿そのままに、咥え煙草のハルコさんが一人、カウンターに腰掛けていた。


「今日は貸し切りだよ、貫之クン。皆も、まあ座るといい」


 そう言って、にやりと笑うハルコさん。


「随分と高そうな店ですね、ハルコさん。いや、お嬢様」


 僕の言葉に、あっは、とハルコさん。


「止めてくれよ、貫之クン。それより早速、乾杯といこうじゃないか。皆も喉が乾いただろう? それともお腹が空いているかい? つまみは用意したけど、足りなければ何か作らせるよ」


 なるほど、カウンターとは別のテーブルにはとてもつまみとは思えない程の食べ物がずらり。皆で並んでカウンターに座った僕は、首を横に振る。

 ハルコさんの差配に手落ちは無い。とすればこれ以上の食事は無用だ。


「遠慮する事はないよ。貫之クン、それに皆も。マチコ君も何か食べたかったら言うといい。ともかく」


 お疲れ様。そう言ってハルコさんはグラスを掲げる。

 さっきのスキンヘッドはこの店のマスターだろうか。いつの間にか僕達の前にはビールの注がれたグラスが並ぶ。その杯を僕も掲げた。


 ――――乾杯!


 ハルコさんを合わせた五人の声が重なる。その琥珀色の液体を喉に流し込むと、僕の心は微かな高揚感に包まれていった。



「ふぅん、貫之クン達はそんな事になっていたのか。詳しくは知らなかったけど、大変だったねぇ」


 僕達の話に静かに耳を傾けるハルコさん。そういえば細かな事情を話していなかったっけ。


「本当にこの街を救っていたんだね。偉いよ、貫之クン」


 そう言って慈愛に満ちた表情を向けるハルコさんは、既にワインを一本空にしていて。


「そうだぜ。貫之がいなきゃ、今頃東京は詠人の支配する街に変わっていただろう。まあ、俺が言える義理じゃないがな」


「そうよ! 旧作、あんた何もしなかったどころか、詠人と組んで私達の邪魔したんだから。ほら、マチコに謝んなさいよ!」


 乾杯からグラスをペロリと舐めただけの真理。しかしその声はいつもより大きい。 

 そうか、この四人はあそこで一堂に会していた訳だ。


「いいんです。黒野さんも仕方なかったんだと思います。皆、それぞれ強い意志があって。それに比べて私は何も出来ませんでした」


 対してハルコさんに付き合うようなペースで杯を空けるマチコ。おっとりしたその声に変化はない。おかげで酒を注ぐハルコさんも満足そうだ。いいぞ、マチコ、頑張れ!


「いいんだよ、マチコ君。人にはそれぞれ役割というものがある。皆が皆、主役を張らなくてもいいんだ。あたしも今回、何もしなかったしね」


 尤もマチコが何もしなかったというのは、半分は誤りだ。彼女がいなければ新宿攻略はもっと難しいものになっていたかも知れない。

 しかし、その時のマチコは小野小町の意思で動いており、あまり覚えていないらしい。


「聞くところによると、ハルコ嬢は武芸に優れているそうじゃないか。素手で詠人知らずアンノウンを撃退したとか。その武勇伝をもっと聞かせてもらいたいな」


 そう、ハルコさんは喧嘩空手百段リアルファイトマスターの異名を持つ。なんでもその技能は多岐に渡り、空手、柔道、剣道は勿論の事、アイヌに伝わる対獣格闘術ハンヌカムティカ、アステカの戦士が用いたという実戦対空格闘術パプテラマス、かつてアトランティスに存在したという一子相伝の暗殺術ナントビックリシンケン等々、多くの技術を修めているらしかった。


 だがきゅうちゃんよ、その問いは無謀というものだ。わざわざ虎穴に入っていく勇気は認めるが。


「うん? 坊や、あたしの話が聞きたいってのかい? なら、もっと飲みな。あたしを酔わせて語らせてみな」


 ほら、言わんこっちゃない。だがきゅうちゃんはハルコさんのその挑発を真正面から受け止めて。


「そうだな……マスター、俺とハルコ嬢に一番強い酒を」


 ハルコさんの口許がにやりと緩む。そして二人の前に置かれたのは、カロニという名のラム酒だった。挨拶代わりとばかりに、ショットグラスをキュッと呷る二人。


 黒野旧作VSハルコさん。こうして初戦が静かに始まった。


 

 

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