第14話 崇徳院之章①
「ほれ、着いたぞい」
薄暗い霧の中に浮かぶゴジラの頭、破壊された建物、そして至る所で呻きをあげる
「蝉丸さん、ヨミビトをお願い。サモン……」
『詠人召喚開始……サモン
群がってくる
「マスターよ、近くの
さっそくのお出まし、敵は坊主が三人。詠人召喚システムのスキャンで相手の名前を探る。
「
蝉丸さんが気を付けろと名指しした六歌仙の一人、僧正遍照。おそらく強敵に違いない。そして前大僧正慈円というのも僧侶の格だけなら先の遍照よりも上、はたして歌人としての実力はわからないがこちらも注意したほうがいいだろう。
「これはこれは、何やら騒がしと思い来てみれば、蝉丸翁がお越しとは。我らの呼び掛けに応じず
僧正遍照が口を開く。
「蝉丸さん、下がって! ここは不比等に任せよう、さあ早く!」
僕の呼び掛けに、しかし蝉丸さんは不敵な笑みを浮かべた。
「マスター、悪いがの、こやつの相手は儂が努める。邪魔立てはせんでくれ。ほれ、不比等にはそっちの小物をくれてやろう」
何か因縁でもあるのだろうか。でも蝉丸さん、雑魚には滅法強いが相手は
「へぇ、爺さんやる気だねぇ。漢の喧嘩に水差しちゃいけねぇよ、なあ貫之。よし、今回は二番手、三番手で我慢してやるか」
不比等もそう言うなら仕方ない。僕は蝉丸さんの戦いを見守る。
「いい気になるなよ、
「ほっほっ、今の儂は
僧正遍照が放った龍の如く唸る突風、しかしそれは不自然に蝉丸さんを避けた。
「お主の天の風も当たらんのぅ、どうれ歌術『
何も無い空間から突如鉄の塊が現れ、僧正遍照を襲う。ちらりと見えた文字は荻原工務店? どこかの看板だろうか。
「歌術『
僧正遍照に直撃するかに思われた巨大な看板はぶつかる寸前でその動きを止め、やがて地面に落下した。尚も蝉丸さんが歌術を繰り出すが遍照には当たらない。一進一退の攻防が続く中、蝉丸さんが出した鉄の残骸だけが二人の間に高く積まれてゆく。
膠着状態のそれを置いて、僕はもう一方の戦いに目をやる。こちらは二対一、まあ自身有り気な不比等なら大丈夫だとは思うが。
「ほう、お前が一人で我ら二人の相手をしようと? 舐められたものだ、のう慈円殿。いくぞ『
能因法師の術は水龍、確か在原業平も同じ歌術を使っていたがそれに比べると随分と小ぶりに見える。詠人の力によって術の規模も違うのだろう。
「そんな歌術で俺をどうにかしようと? 甘く見ているのは貴様のほうだ。歌術『
不比等の放った大波が水龍もろとも能因法師を押し流した。水対水、だがその威力は桁違いで、どちらの力が勝っているのか一目瞭然だった。
「ぐはっ、おのれ、歌術『
水に流され息も絶え絶えの能因法師が次に放ったのは風。しかしここでも不比等は格の違いを見せつける。
「水の次はそよ風か、涼しくていいじゃないか。サンピン、嵐とはこういうのを言うんだぜ、なぁそこで見てる
不比等が放つのは正に吹き乱れる秋の嵐、フィールドが砂埃に包まれる。縦横無尽に吹き乱れるその風を受けた能因法師は圧力に耐えきれず空高く舞い上がり、やがて地面に叩き付けられて光の粒と消えた。
「小癪、一心頂礼十方法界常住三宝、歌術『
慈円の一言で荒れ狂っていた突風が凪いだ。
「ふん、やっと真打のお出ましってか、どうやらお前はさっきの雑魚とは違うようだな。さあ来いよ、俺が味見してやる」
「憐れ、それほどの力を持ちながら人の子に従うなど笑止千万! 貴様に仏の加護無きや、歌術『
慈円の衣装が漆黒の鎧へと変わる。もしや不比等と打ち合うつもりか?敵に向かって言うのも何だけど、それは止めた方がいいと思うぞ。
「一切我今皆懺悔、
「ほぅ、面白い。歌術『
慈円の体から無数の手が伸び、その拳一つ一つが不比等の身体に突き刺さる。息つく暇も無い程の連打、しかし不比等は慌てる様子もなくその口元に笑みを浮かべた。
「軽い、軽いぞ! それでは俺を倒す事など出来ぬ。歌術『
不比等が放つそれは、もはや何かの術というよりも唯々力任せの右フック、遮ろうとする無数の手をものともせず慈円の脇腹にめり込んだ。漆黒の鎧が音を立てて砕け散る。
「ぐ、ふっ、南無……」
腰から崩れ落ちた前大僧正慈円も呻き声と共に光の粒となって散った。不比等の完全勝利だ。
「よくやった、不比等!」
「ふん、俺の時代の坊主どもはもうちょっと骨があったもんだぜ」
僕が勝ち誇る不比等に声を掛けたその時だった。僕の傍らで戦いを見守っていたマチコが突然立ち上がったのだ。
「……呼んでる。……
狂ったように走り出した彼女はそのまま目の前のビル、シネマズ新宿へと消えていく。まずい、急いで追わなきゃ、でも蝉丸さんはまだ戦ってるし、僕がここを離れるわけには……
「不比等ごめん、急いでマチコを追って! 僕も後から行く」
「わかったぜ、貫之。爺さんを頼んだ」
僕の言葉に直ぐさま不比等が走り出す。マチコは天智天皇が呼んでると言っていた。天智天皇が僕等の見方だとして無事にそこまで辿り着ければ良いが、ここは
「蝉丸さん! 大丈夫?」
「おうマスター、すまんの、ちと手こずっておる。儂もそろそろ決めるかの」
そう言って蝉丸さんは自らの歌術で出した飛来する鉄の塊にひょいと飛び乗った。それは正にスケートボードにでも乗るかのような身のこなしで鉄塊もろとも僧正遍照に突っ込む。
「何度やっても無駄、しぶとい爺じゃ。歌術『
遍照の目の前でピタリと動きを止める鉄塊、しかし蝉丸さんはヒラリと身を翻し遍照の後ろに飛び降りた。
「
多くの
「ふんぬ、これしき……」
ギシギシと嫌な音を響かせながら開く地獄の扉に吸い込まれまいと必死に耐える僧正遍照、その彼に向かって高く積まれた鉄の残骸が一斉に襲い掛かった。地獄の門が吸い込もうとするのは何も遍照だけではなく、その後ろの鉄塊をもその対象となっていたのだ。
「止まれ、止まれ! ふぐっ、と、止まれ!」
一つ、また一つと動きを止めた鉄塊の後ろからまた別の鉄塊、砕け散った細かい鉄の破片が遍照の身体を裂き血飛沫があがる。やがて玉突きのように押し寄せる衝撃に耐えきれなくなったのか、遍照が膝をついた。
「お、おのれ蝉丸、覚えておれ! この恨みぃ……」
後は一瞬だった。僧正遍照の足がふっと僅かに浮かんだかと思うと、飛来する瓦礫と共に彼は地獄の門へと吸い込まれていった。扉は再びギシギシと嫌な音を立てながらその口を閉じる。それはまるで死者に捧げる
「やりましたね、蝉丸さん!」
「うむ、それよりマスター、直ぐに嬢ちゃんを追った方がええじゃろ。そこな建物からは強い怨念を感じる。中にはまだヨミビトどもが大勢おろうて」
そうだ、マチコとそれを追った不比等、彼らと早く合流しなければならない。
「わかった、行こう蝉丸さん」
戦いを終えたばかりの蝉丸さんを伴って僕は新宿東宝ビルへと駆け込んだ。
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