第15話 崇徳院之章②
「暗いですね、蝉丸さん」
一階の飲食街、そして二階は元はパチンコ店だったか、天井を不自然にぶち抜き無理矢理に拵えたような階段を上がるとそこは三階のシネマズ新宿。元より照明の少ないその場所は濃霧のせいで尚暗い。
途中、まるで道標のように床に突っ伏し倒れている
「ぐぬぅ……貴様等も……魔女と鬼神の仲間か。我ら
行く手に倒れた坊主頭が呻き声をあげる。スキャンの結果は『
「俊恵法師、ですね。その魔女というのは何処へ行きましたか?」
「……知らぬ。何れにせよ、階上で待つ
喜撰法師、また六歌仙か。それにあの方、というのも気になる。偉い人のようだが、それが天智天皇の事なら
「あなた方の首魁はその喜撰法師なのですか? あの方というのは誰なんです? 同じ六歌仙の『
「ぐっ、
話の途中で力尽きたのか、俊恵法師は最後を語らぬまま淡い光となって消えた。
「蝉丸さん、
僕の問いに蝉丸さんが首を捻る。
「いや、儂を除けば
崇徳天皇、日本史上最大にして最悪、迷信が自然科学によって駆逐されようという現代社会に於いて尚、畏怖され得るそれは正しく大怨霊。そしてこうなってくると僕の夢に出てきた憤怒の男もおそらくは彼。
「崇徳院は当然、
「うむ、しかしてその中でも歌の力に優れておる」
「それは……」
僕が言葉を続けようとした瞬間、階上で物凄い爆発音が響いた。そして大地震のような揺れ。
「あれは不比等の爆炎? とにかく急ぎましょう」
事態は一刻の猶予も許してはくれないようだ。僕達は更に上、ホテルグレイスリー新宿へと入り非常階段をひたすら上る。不比等達もそこを通ったようで、
二十七階……二十八階……確か最上階は三十階の筈。蝉丸さんはすいすいと軽い身のこなしで進んでゆくが、運動不足の中年サラリーマンには正直きつい。
「はあ、はあ、あ! ……これは酷い」
二十九階に辿り着いた僕はその光景に思わず目を見張った。通路と客室の間に設けられた壁は柱を残して全て吹き飛びやたらに見晴らしが良い。まるで一つの巨大なエントランスのようなその床は今尚焦げた匂いを漂わせている。
「マスター、ほれ、ぼうっとするでない。そこに不比等殿がおるぞい」
ああ、やっぱりこの惨状は不比等の仕業だろう。そして向かい合う坊主頭は六歌仙の一人、喜撰法師か。どうやら不比等もこちらに気付いたようで、僕に向かって声をあげる。
「貫之、すまねえ。マチコは更に上の階だ。俺はこの坊主に足止めを喰らっちまった。直ぐにケリを付けるからよ、先に行ってくれ」
「それは、笑止。女は逃がしましたが他は誰一人通しませんよ。歌術『
喜撰法師を中心とした景色が歪む。幻影? それまで見えていた上へと続く階段も視界から消えた。
「歌術『
不比等の歌術で喜撰法師の張った結界にぽっかりと穴が開く。穴の先には先程まで視界に映っていた最上階への階段。
「任せたよ、不比等。さあ蝉丸さん、行きましょう」
喜撰法師が次の手段に出ないうちに僕達は走った。階段を上る。もうすぐ最上階、後ろで再び爆音が轟く。不比等もなりふり構わずといったところか。
ここで不比等と喜撰法師がぶつかったのは却って都合が良かったのかもしれない。この先に待つであろう崇徳院はおそらくこれまで会った詠人の中でも最強クラス、一人でも手強いのに周りに仲間がいたのでは敵わない。各個撃破は戦術の基本。
「マスター、この先から夥しい瘴気が溢れておる。この気配……間違いない、やはり奴じゃの」
それは何の能力も無い僕にさえ感じ取れる程の悪意、これまでの詠人とは根本的に何かが違う。ピリピリと肌に伝わる刺すような憎悪。僕達は急ぎながらも慎重に足を進めた。
「あ、マチコ!」
思わず叫んだ僕の前に、倒れたマチコの姿があった。
「大丈夫か! おい、しっかりしろ」
「……あ、貫之さん。すみません、一人で来てしまって……何か、何かが私の意志とは関係なく、私をここまで」
「ああ良かった、無事なんだね。それで倒れていたのはどうして?」
僕の問い掛けにマチコはその細い肩を震わせた。
「この扉……そう、この扉の向こうからおぞましい気配がして……どうやら私、気を失っていたみたいです。でももう大丈夫です」
「そうか、大丈夫なんだね。僕はこれからこの扉の中に入る。マチコはここで待っていてもいいよ」
このフロアには部屋の中以外にヨミビトの気配はない。もうすぐ不比等も来るだろうし、マチコはここで待っているのが安全に思えた。僕も出来ればこの部屋には入りたくはないが、新宿へ来た目的が天智天皇の救出である以上、この先に待つ巨大な悪意との戦いは避けては通れないだろう。もはや覚悟は出来ている。
「いいえ、私も行きます。連れて行って下さい」
僕の言葉にしかしマチコは首を横に振った。
「わかった。じゃあ、行こう」
何の変哲も無いその部屋の、何の変哲も無いそのドアに手を掛ける。途端、静電気に触れたかのような緊張が体中を駆け巡った。そして僕はゆっくりと中に入る。
はたしてその男はソファに腰かけ不敵な笑みを浮かべていた。
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