第11話 後鳥羽院之章①

 一つ用事を終えた僕達は、地下街で少し遅い昼食を食べながらここの指導者の情報を集めた。首都解放戦線リベレイションフロントトキオの指導者はダークヒーローと呼ばれているようで、地下街の中央、東京駅側から階段を降りて直ぐの場所に居を構えているらしい。

 そしてどうやら同じ場所に後鳥羽院キングエメリタス ゴトバが顕現したとの話も街の人々の希望として語られていた。人間の指導者ダークヒーローと、サネやノブが大殿と称していた殿ニュートラルの首魁後鳥羽院キングエメリタスが手を結んだのがこの首都解放戦線リベレイションフロントトキオというわけだ。

 僕達はそのダークヒーローの居場所を訪ねた。

「え? 何この部屋、それにこの広さ……ごめんください、誰かいますか」

 僕がまず驚いたのはそこが異様な空間だったからだ。家具や調度、一切が何もない部屋、そして周囲の壁が見えない程にそこは広い。入口こそ普通の店舗のそれだったのだが……

「誰もいないのかな? 少し進んでみようか、真理」

「ええ、でも気を付けて。この空間、おそらく歌術によるものよ」

 やがて恐る恐る進む僕の視界に入ったのは巫女装束に身を包んだ女性だった。魔法陣のような模様が描かれた床にうつ伏せで倒れているその少女の元に僕は駆け寄る。

「大丈夫かい? しっかりするんだ……え!?」

 意識を確かめようと抱き起した少女のその顔を見て、僕は思わず声をあげた。それは正に僕の夢に出てきた泉で水浴びをする少女の顔だったのだ。彼女の唇が微かに動く。

「……タスケテ」

「もう大丈夫だ、君は、いやまずはここを出よう」

 この空間にこの怪しげな模様、ここに居ては駄目だと僕の本能が告げる。そして少女を抱き抱えようと手を伸ばした時だった。

「貴様ら、いったいそこで何をしている!」

 怒鳴り声と共に男の姿が僕の視界に映る。はたしてそれは見覚えのある顔で。

「キュウちゃん、キュウちゃんじゃないか! ここにいたのか、いやまさかキュウちゃんが……」

「なんだ貫之か。そうか、お前も無事だったか。しかし余計な事を。そこの黒い女はお前の連れか?」

 僕はキュウちゃんこと黒野旧作に真理を紹介する。

「そう、この男があんたが言ってた友人なわけね。で、その後ろに控えているのは後鳥羽院キングエメリタス ゴトバでしょう? どういう関係なわけ?」

 ああ、決して気付いていなかったわけではないのだが、旧作と共に現れたのは高貴な光を放つ詠人だった。彼が後鳥羽院、そうするとダークヒーローというのは黒野旧作のことだったのか。

「真理と言ったな、多少は事情を知っているというわけか。いかにもこの方は後鳥羽院キングエメリタス ゴトバ、俺の協力者だ。この空間も後鳥羽院キングエメリタスの歌術『あじきない世界ディフィカルトワールド』によって構成されている」

「じゃあやっぱりキュウちゃんがダークヒーローなのか?首都解放戦線リベレイションフロントトキオで何をしようとしている?」

 僕の問いに旧作がニヤリと笑う。

「ふん、お前には関係ない、と言いたいところだが教えてやろう。そう、俺が首都解放戦線リベレイションフロントトキオの指導者、黒野旧作ダークヒーローだ。俺は力を手に入れた。街に湧くヨミビトどもから人間を守ることのできる力だ。そして後鳥羽院キングエメリタスが顕現した今、俺達、首都解放戦線リベレイションフロントトキオはヨミビトどもに対して反撃を開始する。まず手始めに池袋を落とす」

 ……池袋管轄区イケブクロリバティー、持統天皇と事を構えようというのか。しかしあそこにも少なからず人間が詰めているはずだ。新宿ではなく池袋、何故だ?

「キュウちゃん、反撃というなら新宿じゃないのかい? 新宿には天智天皇が捕らわれているはずだ。彼の力で少なくとも東京を覆う霧は晴れる。それに池袋は敵と決まったわけじゃない。彼女らと話し合うことはできないのか?」

 僕の言葉に黒野旧作は薄っすら浮かべた笑みを絶やさぬまま首を横に振った。

「貫之、お前がそこまで知っていたとはな。それをどこで聞いた? そこの女といい、まさかお前は持統天皇エンプレス ジトウの犬か? ならば容赦は出来ないぞ」

「貫之も私も、持統天皇エンプレス ジトウの駒じゃないわ。池袋に寄ったのは事実だけど」

 真理の言葉に安心したのか、旧作が握った拳を収める。

「そうか、ならば貫之、俺と一緒に来い。お前達も詠人召喚士だろう、俺にはまだ戦力が足りないんだ。お前の言う通り、池袋には人間も大勢いる。だが奴等が言う法や秩序は持統天皇エンプレス ジトウによるものだ。強いられた秩序ロウ、そんなものは俺達の自由を縛る鎖に過ぎない。俺達のやり方は違う! ルールは俺達が作る!」

 その旧作の言葉を後鳥羽院は涼しい顔で聞いている。彼は持統天皇のように自ら強いリーダーシップを発揮するわけではないのか? 彼の目的はいったい何だろう。その間にも旧作の演説が続く。

「新宿は確かにヨミビトどもの巣窟だ。天智天皇エンペラル テンジが霧を晴らす力を持っているということも知っている。しかし今はまだ霧を晴らす時じゃない。霧が濃いのは厄介だが、そのお陰で東京の様子が外に漏れていないという利点もある。東京の惨状が諸外国に知れれば奴等は必ず介入してくる。この状況に政府機関が沈黙を守っているのもそのためだ」

 なるほど国はこの状況をどう考えているのだろうと思っていたが、東京は現在、外から見てもブラックボックスになっているというわけか。とするとやはりここにいる人間も正規の軍隊ではないわけだ。

「何もしない政府機関の対応に業を煮やして集まったのが俺達、首都解放戦線リベレイションフロントトキオだ。俺達の目的はなにもヨミビトどもから東京を解放しようというだけではない。腐ったこの国を俺達の手で変える、俺にはその力がある!」

 そうか、この霧で混乱している間にクーデターを起こそうという事か。キュウちゃんもまた大それた事を。しかしこうなってくると友人だからといって安易に協力することも出来ないな。それに僕の夢に出てきた少女のこともある。

「キュウちゃんの事情は大体解ったよ。一つ聞くけど、そこの少女はどういう訳で倒れていたんだい? 彼女は僕に助けを求めてきたんだ」

「その女はな、後鳥羽院キングエメリタス ゴトバを蘇らせる為の生贄、もう用は済んだ。欲しければお前にくれてやる」

 後鳥羽院を現世に顕現させるためにこの少女が必要だったということか。あぁ、キュウちゃんは今確かに僕の琴線に触れた。協力するどころか、こうなれば後はもう戦うしか無いんだなあ。

「生贄、ふぅん生贄ね。キュウちゃん暫く見ないうちに、随分と性根が腐ったね」

「あっは、貫之に言われちゃあんたもお終いね」

 僕の言い様に真理が笑う。おそらく真理としても後鳥羽院と手を組むということは好まないはずだ。

「貫之、お前それは俺に盾突くということか? いいだろう、お前がどれ程の詠人召喚士ポエトマスターか俺が確かめてやろう。サモン、『順徳院ラストワン』」

順徳院ラストワン歴代皇帝ロイヤルナンバーズの百番目ね。貫之、気を付けなさい、強敵よ」

 旧作も大言を吐くだけのことはある。歴代皇帝ロイヤルナンバーズが二人、しかし新たに召喚したということは後鳥羽院は戦わないのかな? 後ろに引いているところを見ると手を出してこないようにも窺える。

「真理は後鳥羽院を頼む。サモン……」

『詠人召喚開始……サモン藤原不比等フジワラレジェンド

 僕のスマートフォンから光が溢れ、やがてそこに不比等が現れた。

後鳥羽院キングエメリタスはどうやら動けないようね、『あじきない世界ディフィカルトワールド』に力を使っているからなのかしら。任せて、私が抑えるわ。サモン、紫式部セクシーパープル。サモン、清少納言インテリジェンスクリーン

 真理の方でも戦いが始まったようだ。僕は倒れていた少女を庇いながらこちらの戦いを見守る。先に動いたのは順徳院だった。

「我は百人の歌人ハンドレッドポエトの最後に名を連ねる順徳院ラストワン、父上の邪魔はさせぬ。いざ参らん、後鳥羽流格闘術ゴトバズマーシャルアーツ百式モモシキ』壱の型『イニシエ』!」

「はんっ、お前さんが百番目なら俺は百一番目ってとこか。まあいい、胸を貸してやる、かかってこい。歌術『惜しからざりし命ルビコンズダイス』」

 明らかに接近戦の構えを取る順徳院に対し、不比等も拳を固めファイティングポーズを取った。ルビコン? 塞は投げられたってやつか? よくわからない。

 両者が間合いを詰め拳と拳がぶつかり合う。力では不比等が上か、順徳院が一歩下がりしかしそこから地面を蹴って不比等の懐に潜り込んだ。

 パンッ、パンッ、パンッ!

 乾いた音が響く。上段、中段、下段と正中線三段突き、これを不比等は避けることなく自らの身体で受ける。

「ふっ、お前さん、なかなか良いぜ。やっぱり漢と漢の喧嘩は殴り合いじゃなきゃな」

 不比等の右ストレート、これを順徳院がさらりと躱す。

「そんな大振り当たるものか。『百式ももしき』弐の型『シノビ』」

 順徳院の速さが更に増す。手を地面に着き回転しながらの回し蹴り、そのまま飛びあがり鳩尾に一撃、それを踏み台に上空からの肘、途中不比等の強力な一撃を全て躱しながら確実に打撃を当ててゆく。

「そのタフさだけは大したものだな。『百式ももしき』参の型『軒端ノキバ』」

 不比等の繰り出すストレートに合わせて、その伸びた腕に飛びつき足を絡める。今風に云うそれは飛付腕挫十字固とびつきうでひしぎじゅうじがため。しかし順徳院の体重の乗ったその関節技を受けて尚、不比等は倒れなかった。

「ふん、捕まえたぜ!」

 不敵な笑みを浮かべながら、もう片方の腕で順徳院をがっちりと抱え込む。

「歌術『燃ゆる思ひエクスプロージョンフレイム』!」

 苛烈な爆発音、不比等を中心に炎が広がり煙が立ち込める。藤原実方サネの歌術『燃ゆる思ひ』、それはもはやライターの淡い炎などではなく、全てを消し去る爆炎。でも不比等もダメージ負うよね、これ。大丈夫なのかな?

 やがて立ち込める煙が晴れ、そこに一人立っていたのはやはり不比等だった。

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