クラウディ


焦燥していた。

サークルの始まる十九時までに、一曲書きあげねばならなかった。

図書館で、五線譜ノートと睨めっこしていても一向に進まないものだから、外を歩くこととした。

日暮れ前。涎のように、雨の滴っていた。松本市にしては珍しく、上空の、鈍色の雲に街は陰っていた。

メロディは決まっているんだ。構成も、編成も、コード進行も。歌詞を書かねばならなかった。


バンドメンバーに、星野源の熱心なファンが在り、この人間はピアニストだった。

曰く、(ローソク)君の作る曲はダサい、特に歌詞がダサい、メロディは陰気で、コード進行は複雑すぎる、らしかった。

それからの二時間、苦心して作った曲の、ピアニストの即興アレンジによって、星野源調に改変されていくのを、指を咥えて見ているのみだった。

屈辱だった。ぼくはメンバーに対し、その曲をボツにして、翌週、全く新しい曲を書いてくると約束した。


星野源のように陽気な歌を書けと言うのか。ぼくは、人間の終わっていく様を、一切の誤魔化しもなく、表現したいというのに。誤魔化しなど使おうものなら、終わりゆく人間に対する冒涜ではないか。

光など何処にもないのだということを伝えるときに、誰が、陽気に歌おうものか。死にゆく人間に対し「生きていれば屹度良いことがあるよ」と、彼ら・彼女らを、無自覚の槍で刺し殺すようなものではないか。


図書館へ戻り、濡れた髪をハンカチで拭い、果たしてぼくはラブソングを書いた。陽気なメロディを、ポピュラーコードに乗せ、純真無垢な若者の二人、会話するという内容の、在り来りで、俗な歌に仕上がった。

二番までの歌詞を書いた段階で十九時だった。忙しなく五線譜ノートを印刷し、図書館を後にした。


ピアニストは言った。「これ、最後はどうなるの?」

ぼくは言った。「別れるんだ。だから、一番と二番とでは、二人の距離感に差異がある。」

「なんで別れるの?」

「一番の時点で既に、女が二股をかけている。主人公はそれに気づいている。対して女も、バレているかも知れないという、ほとんど確信のような疑念を抱いている。この曲は、二人の別れるまでの過程と、主人公の葛藤を描いている」

ピアニストは、冷めた目つきで、「あ、そう」と言った。「ストーリー要素いる?」とも言った。


練習後、日の没して、雲の厚さも視認できなくなっていた。松本市なのに星の見えないということだけが、雲の存在を暗示していた。

半年後、ぼくはサークルを辞めた。


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