p10.『家族会議』の前に

 今日の昼食は『家族会議』だ。


 掃除が終わった時点で、私は今日は早めに上がらせてもらった。これから湯殿に入って体を磨いてめかし込まなきゃならんのだ。お姫さま大変。


 だけれど、ジセが積極的にやることはない。お風呂では侍女たちが磨いてくれて、香油を塗り込んでくれる。上がれば拭いてくれて、ドレスを選び着せ替えて、髪をセットしてくれる。

 ジセがするのは確認だけ。だからその間にこれから起こることを考えておく。



 ◆



 ゲーム中、ジセリアーナにはこんな台詞があった。


「愛とはなにかしら」


 どこかの演劇のような浮いた台詞で、印象的だった。シンプルに彼女を現す重要な台詞なのだと、生まれ変わってから気がついた。


 ジセリアーナは、愛、愛情というものを理解できない子だった。


 私だって男女の愛はわからない。そうでなく、家族や友人から気にかけてもらえる、そういう愛もジセにはわからないのだ。


 ジセは、かけられた愛情と、世話してくれる侍女や回りの大人の義務的な仕事を見分けられない。自分のやることは何より優先で、命じたことを皆が聞くのが普通。そんな世界で生きてきたから。


 唯一、愛情を強く示していた母親は4歳の時に亡くなっている。以降、家族としての愛情を示せるお父様は、母親に似たジセリアーナを見るのが辛く、王として遠回しに後継を嗜めることのみであった。

 乳母は2歳で解雇されている。母の親しい友人である現王妃シエナは妊娠中~出産と子育てで、リスティナもそちらに向いていた。

 侍女たちは、ジセリアーナを王女としてしか見ていない。


 最も甘えたい時期に、ジセリアーナはきちんと愛情を貰えなかった。その鬱憤はわがままという形で表に出て、それは王女という立場により受け入れられてしまう。

 ジセリアーナは感情というか、人の考えがうまく読めないタイプで、そのくせ不機嫌という感情には敏感に反応してしまう子だ。だからその感情だけがジセリアーナの中に溜まっていく。おかげで知らず知らずのうちに、不満が溜まり、彼女はわがままを加速させていった。悪循環だ。


 ジセは、それでも矯正の機会を得られなかった。愛を知る機会を失っていた。

 その上で、周りから不機嫌な存在だと思われているとだけ、感じ取っていた。


 それが、彼女を『悪役王女』に仕立て上げ、彼女を最悪の最期に突き落とす。


 今回、その悪循環を止め、愛情を知る機会を与えたのは二人。『私』とリスティナだ。



「リスティナ……」



 ジセリアーナにとって、リスティナはどうしても複雑な感情を持たなければならない相手だ。

 恋敵、ではない。リスティナの母は、王が唯一と決めていたジセの母がいるとわかっていて、王の側妃に入れられた人物だ。


 実際には、リスティナの母を側室にするようお父様に薦めたのはジセの母だった。『夢黄ゲーム』のファンDVD、弟王子が主人公に明かしている。


 私がジセの中に入ったから冷静に判断できるようになったけれど、その前はお父様にも不信感が募っていた。

 母が唯一ではなかったのか、と。


 しかも、生まれた子供は、自分よりも父に近い明るい金髪を持っていた。瞳こそ妃と同じ榛色だが、だからこそ妙な悔しさがジセリアーナを襲っていた。


 さらには弟も産まれるのだ。母が死ぬ、その前後して。


 ある意味で、存在ごとトラウマ。

 それが、リスティナたち母子。


『家族会議』ではそのトラウマに会わなくてはならない。避けるのも当然だ。


 けれども、私の中の『夢黄ゲーム』知識が言う。リスティナの母とお父様の間には、ビジネスパートナー以上の情はない。

 リスティナが生まれたのも、出産による死亡率が高いこの世界で、サブとして必要だったからだとわかる。ジセの母はもともと体の弱いひとだった。だからこそ自分の優秀な友人を、王のもとにと願ったのだから。


「生まれた子供に罪はない……」


 弟の生まれたタイミングは疑問だけれど、それには本人に関係ない。ジセが弟妹を憎んでいい理由にはならない。

 それよりも、今はジセリアーナが生き残るために、リスティナを死なせないために、全力を尽くすことが大切だ。


 そのための問題を兎に角潰す。


 話を聞いてもらうために、最低限の信用回復。


 元婚約者の不審な行動から、リスティナを守る。


 今日やるべきは、リスティナの母と弟にジセが変わったと認識させること。元婚約者の不穏な動きを危機感をもって認識してもらうこと。


「さて、どうしようかな……」


 持っていく扇を選びながら、呟いた私の言葉を、ララはどう受け取ったのだろう。



 ◆



 全身を磨きあげてドレスに袖を通した私は、以前のジセリアーナよりは格段に地味な、けれども十分に華やかな美しいドレスの裾がひらひらと舞うのを確認した。

 色は落ち着いた桜色。襟ぐりは深すぎず、詰まりすぎず、袖は七分で控えめなパフになっている。以前はキツく縛っていたコルセットは、程よい矯正程度で自然に。かわりに柔らかな素材の布を重ねることでスカートをふんわりと柔らかく見せている。


 頷けば侍女たちは私を見送る姿勢をとった。


 ここから一緒に来るのはララ一人。

 王家の食堂に向けて、二人でしずしずと向かう。


 うー緊張する。

 ジセリアーナが食堂で食べるのは、弟のセスティンが二歳になって、一緒に食堂で食べるようになってから以来。

 あの四人があまりにも家族らしいというか、団欒していて、居たたまれなくなって以来なのよね。

 5歳のジセリアーナとしてはお父様を取られた気分だし、辛くて悲しいイメージが残ってる。


『私』が憑依しなければ、もう二度と行かなかったんじゃないかしら。 『私』としても、高級店みたいな雰囲気は遠慮したいものなのだけれど。


 その場所に踏み入れると、すでに四人は揃っていた。


 正面席に父王、ユリウス。その右隣に王妃シエナ、その隣には第一王子セスティン。向かい、王の左にはリスティナが座って、私に笑顔を向けている。

 私の席は父王の対面に作られていた。お陰で四人とはすこし離れている。うん、何も文句のないいい位置。


 ところがリスティナが手を上げて、こちらだと自分の隣、王との間を示した。


「お姉様、私の隣で食べませんか? お姉様だけなんだか遠いのはおかしいわ」


 ふむ。リスティナとしては気遣ってくれてるんだろうけれど……。


 お父様はすこし眉を下げているし、王妃は戸惑っている。弟は少し怒っているようだ。

 うん。私の気持ちとしても、ちょっと早い。


「今日は遠慮するわ、リスティナ。せっかくここに用意してくれているのに、移動させるのもなんでしょう」


 ニッコリと笑顔で断れば、リスティナは不服そうながら引き下がった。


「もう、遠慮しなくていいのに」


「うふふ。それに正式な王太子としての席は王の正面なんだもの。ここがいいわ」


 そう笑うと、リスティナはそうですか? と言い、弟はギリっと歯を食いしばった。あらあら、野心家に育ったわね。ふぅむ?



 私は王の対面に優雅に座ると、口を潤した。

 そして料理が運ばれてくる……前に、弟王子が立ち上がった。


「こんなのおかしいです! なんで家族だけの食卓に姉上がいるんですか」


 うわ、すごい矛盾したこと言ってる。と私が思うと同時に、ジセリアーナの心が痛んだ。『姉』だと言いつつ、弟王子にとってジセリアーナは家族ではないのだ。だが。


「おかしいのはあなたよ、セス! お姉様だって家族なのに。今まで一緒じゃなかった方が、おかしかったのよ」


 リスティナが非難めいた顔で弟王子に言う。


 そして、


「その通りだ。リスティナ、セスティンとは母が違うが、あの子は私の子で、お前たちの姉なのだ。それを家族ではないとするのはおかしい」


 と、お父様も言い切ってくれた。弟王子が目を飛び出さんばかりに広げる横で、王妃も目を見張っている。

 ……しかし、その目の色は、困惑と薄い期待。

 弟王子のような動揺、焦燥、怒りの驚愕などはない。


 彼女も、ジセリアーナを見る目は感情を消した、無感動のものだった。けれどもそれまでは、リスティナのような憐憫を浮かべていたのだ。そこに諦観がだんだん増えていき、すっかりそれに染まってしまうという時に、ふっと感情のすべてが消えてしまった。父王もそうだった。


 それが、二人から見放された瞬間だ。


 王妃は、ジセリアーナの母にとって友人である。そしていまや王妃となったのは、何を隠そうジセリアーナの母のためだったのだ。ファンブックで知ってる。


 本当は、一番母親の代わりを勤めたかったのは彼女だったのでは?



 もしも今からやり直せるのなら、味方になってくれるだろうか。




 座れ、と言われた弟王子に睨まれながら、粛々と食事を進めた。

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