p9.新生 王太子執務室

 昨日午後、『翌日昼食後に、『家族会議』を開く。宰相も同席するのでそのつもりで』という父王からの招待状が届いた。


 ……『家族会議』ということは、王妃と弟も出席するのね。『家族会議』の時は昼食が暗黙の了解なのよ。ジセリアーナだけ別室で昼食。ゆっくり食べて、会議の終わる頃にちらっと現れて、そそくさと退散していた。

 ので、追記に『ジセリアーナも昼食から出席しなさい』と書いてあったのには緊張した。いいのかしら。



 そんな今日。

 昨日一日、(半強制的に)休ませていたとおる君の出勤を執務室の椅子に座って待っていた。普段ならもう出勤している時間なのだけれど、ゆっくり来るように命じている。

 それも、このため。


 人口密度の上がった執務室を、扇を広げながら眺める。

 とおる君、びっくりするかしら。


 ガチャリ、と執務室の扉が開く。その影から現れた黒髪の男性は、部屋の様子に目を見張った。


「トゥール・ヴェーレ、おはようございます。こちらに来てください。揃いましたので、始めます」


「はっ、はひぃ!?」


 クックックッ、目を白黒させてやがる。これが見たかった。


「殿下」


「はいっ」


 なんてやつだ! 執政官め、見抜きやがった!?

 私は、にやけた顔を引き締めた。


「それでは、王太子執務室の人員が大幅に変更されましたので、自己紹介がてらミーティングをします。私は執政官のバスティアン・テオドル・ツィーグラーと申します。今回は司会役をさせていただきますのでよろしくお願いします」


 この、すっごい坦々と喋る40がらみの男が、王太子付執政官になったバスティアン・ツィーグラー伯爵。はっきり言おう。父王の側近の一人です! 宰相ってば、昨日まで父王の執務室にいた人連れてきたよ。とんでもない左遷だよ! 横暴だって怒らなかったのかな?


「では次はわたしが。文官のジーノ・コルギです。先日までは軍部におりました。老体の浅知恵ですが、次代の王の糧になればと思います」


 ジーノ・コルギ氏は70代だと聞いている。しかし、文官にしてはがっしりした体格で、その柔和な表情とはちぐはぐな印象を受ける。軍部の文官には多いと聞くけど。かなりベテランの文官さんだ。


「文官のアルトゥル・メルネスです。財務の会計課におりました。若輩者ですので、どうかご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」


 こちら、昨日まで私たちを手伝ってくれてた会計課の文官さん。会計課からの異動を宰相に直談判したらしいです。そうか、そんなに我儘王女に使われたいのか。Mかな?


「下官は私が纏めて申し上げます。私はアーネスト・ルーサー。こちらがオーヴェ・ロットで、こちらがヒッパ・ベンパリです。王太子執務室を支えられるよう力を尽くしますのでよろしくお願いします」


 下官三人がきれいに頭を下げた。いつの間にかルーサーがリーダーになってたなぁ。てかベンパリは名前ヒッパっていうのね。なんか珍しいし、楽しい響き。


 そんな6名+私の目線がトゥール・ヴェーレに向かう。黒髪の彼はあんぐりと口を開いたままだったけれど、ハッとしたように直立すると、90度に腰を折った。


「たっ……と、とぅ……トゥール・ヴェーレと、申します! よろしくお願い致します!!」


 ものすごい吃りながらも、早口で言い切ったとおる君は、そこから微動だにしない。

 爆上がりじゃないか。大丈夫? 大丈夫じゃないね。知ってた!


「トゥール・ヴェーレ執務室筆頭文官、よろしくお願いします。この7名でしばらく王太子殿下をお支えしますので、共に頑張りましょう」


「へ? あ、はい?」「「「「ハッ」」」」


 まぬけな声はとおる君。他のみんなはバシッと決まった。

 ふふふ。おめめ真ん丸でキョドってる。いいね、いいね。とおる君のこんな表情はじめて。

 だけど、あれを言っておくには今かしら。


「王太子殿下、お声をよろしいでしょうか」


 あら、声をあげる前に言われてしまったわ。


「よろしくてよ、ツィーグラー伯爵。けれども、ひとつ質問はいいかしら」


「なんでございましょう」


「この『王太子執務室』で一番偉いのはわたくし、二番目はあなた」


「左様にございます」


「で、三番目が『執務室筆頭文官』つまりトゥール・ヴェーレよね。彼は元は平民だと聞いているわ。そのあたり他の人に不満はないの?」


 とおる君からまた変な音が出てたけど、今はスルー。他の五人を見渡す。

 するとコルギ氏から発言を求められた。


「ここにいるのは、どちらかと言えば身分による役目の上下に不満がある、つまり実力主義者ばかりと聞いて参りました。それでいくと、この2,3年間一人で執務室を取り仕切っていたというトゥール・ヴェーレ氏が筆頭というのは順当であり、文句の出ようがありませぬ」


 いかにもおかしなことを聞かれたという風情で言われて、私は安心した。


「そう。実力主義。ではわたくしがここにいることだけがおかしいのね」


「殿下」


 身分による差をつけられるのに不満なのに、トップが王族で長子だからというだけで椅子に座っている我儘悪徳王女というのは、いかにも滑稽だけど。

 でも、この箱庭の外は、私が昨日まで見た通りもっとひどい状態が常態化している。


「いいわ。素晴らしい先生方がついてくれたんだもの。みなさま、頼りないわたくしをどうか導いてくださいませ」


 私は起立するとその場で綺麗に礼をとった。


「王太子殿下の御心のままに」


 少しどよめきかけたけれど、すぐに静まり礼を返される気配がしたわ。声かけをしてくれたツィーグラー伯爵のおかげね。さすがだわ。


 さて、次期王たる王太子の執務室が、実力主義に埋められた。これで、他の場所にどんな影響が出るのか、見ものだわ。



 ◆



「今日は何をするのかしら?」


「掃除です」


「は?」


「人数が本来の人数に戻りましたので、隣の王太子執務室をもと通り開きます」


「と……隣!?」


「はい。そもそも、殿下の今いらっしゃるその席は執政官の席でございますので」


「えっ、わた……隣!?」


「見たところ、文官下官用の机が押し込められておりましたが……」


「不要品倉庫だと思ってたわ!」


「……片付けましょうか」



 この室内に隣へ続く扉があって、開くと塞ぐように机が積んであったのだけれど、どうやら私の本来の執務室はあちららしいです。

 知らなかったー……。


 8人がかりで机や椅子を取り払うと、その向こうに真っ白な美しい彫刻を施された立派な執務机が鎮座していた。


「これが……わたくしの」


 その様子は、まるで王の執務机をすこし小さくしたようで、いかにも王太子の執務机だという様相で。振り返って見た今まで使っていた執務机も立派は立派だけれど、この机とは格が違いすぎる。


「本来、王太子はこちらの正間で執政官と筆頭文官を補佐に執務を行います。執政官は他の部署との折衝も行いますので席は前間に置き、来客があればすぐに対応できるようにしています」


「前間……」


「今までは人数が本当に最低でしたから……殿下の意向なのかと思っておりました……」


 いいえ、知らなかっただけです。


「まぁ、完全に放置していたわたくしが悪いのよね」


「いえ、諌めなかった周囲の責任かと」


「いいえ、わたくしよ。周囲はしっかり諌めたのを受け付けなかったのはわたくし。それどころか諌めた人は処罰して遠ざけたのよ、知っているでしょう?」


「……」


 父王の側近であるツィーグラー伯爵は、もちろん以前のジセリアーナを知っている。癇癪持ちで気に入らないものは容赦なく貶め、処断していくジセリアーナを。

 あれに諫言? 自殺行為だよね?


「お父様の言葉さえはねのける王女に、誰の諫言が効くというの。それこそ神々からの処罰がなければ無理。そんなの待つより、王子を育てる方がずっと建設的だわ」


 ツィーグラー伯爵がピクリと動く。けれど表情は変えない。うふふ。そうよね、当然の反応だわ。


「もちろん勉強を怠るつもりはないのよ? だって、政治のせの字も分からずに、どうして他の誰かの方がふさわしいと分かるの? 国の、民のためになる王を選ぶには王太子としての基本は出来るべきだわ」


 伯爵は、一旦目を瞑ると、執務室の中を見渡した。

 前間には、執政官の常の机の他にとおる君が使っていた机と同じようなものが3台。計5台の机が並んでいた。これを文官の二人と、下官が書類整理のために交換で使う。


 正間には、正面に大きな窓。その前に白く荘厳な執務机が置かれ、その脇に2台の重い茶色の執務机が据えられている。

 棚には前間に置かれていた様々な本が入れられて、さらにその前に応接テーブルが置かれている。前間にもあるのにな。用途が違うんだろうな。


「素敵な部屋になったわね」


「そうでございますね」


 私たち二人の話を聞いていなかった面々は、とてもすっきりとした顔で笑っていた。とおる君も、掃除の間にすっかり馴染んだようだ。

 いいかんじ。

 私はご満悦だというように、微笑んだ。

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