p11.反抗的な弟王子
リスティナと王、王妃が他愛もない話をする。時々リスティナが私に話を振り、それに笑顔で無難に返す。その返答のたびに、王と王妃は期待の表情をするし、弟王子は不信感を募らせているような気がする。
……さすがに、ちょっと疲れる。
大丈夫かな? まだ会議始まってもないんだけど。このあと、もっと疲れるあの話題するの? するの??
それでもお料理は美味しいので、きちんと食べた。ごちそうさまでした。
家族会議は、別室のサロンで行う。そのために移動するのだが、席を立ってすぐにリスティナが駆け寄ってきた。
「お姉様、一緒に参りましょう」
「そうね」
私は振り返った。
「セスティンも一緒にいかが」
弟王子はこの昼何度目かの目を剥いた。そのうち本当に落とすんじゃない?
「なっ、なんで姉上と一緒に行かなきゃならないんだ!」
反抗する弟王子に、首をかしげる。
「あら、いつもはリスティナとセスティンでサロンに移動していたのではないの?」
「そうだけど」
「必ず二人組で移動しなければならない訳ではないのだから、わたくしが一緒にいるからとあなたが遠慮する必要はないのよ?」
「そうだけど!」
弟王子は、ひどくイライラしていた。王と王妃は、別の扉から先に出ていった。ララも準備に先んじた。私と姉弟の三人だけが残っている。
「わたくしはあなたからリスティナをとるつもりはないわ」
「そ……は、なに言って」
戸惑うセスティンに言ってやる。
「あなたは2歳の時、わたくしからお父様を奪ったわ。とても悲しくて悔しかった」
「……は……?」
ぽかんとしているセスティン。ほら、あごまで落ちるわよ。
「だから、あなたからは奪わない。やり返しても不毛だもの。リスティナはあなたのたった一人の姉よ。間違いなく」
その言葉にリスティナが気色ばんだ。
「お、お姉様」
私を制すように腕を組んできたリスティナに、微笑む。
「リスティナ、あなたたち四人とわたくしが家族ではない、というセスティンの考えかたは、わたくし同意するわ。だってわたくしが5歳の頃から感じてたことですもの」
「お姉様、そんな」
いやいやと、首を振るリスティナに向いていた顔をセスティンに戻すと、彼はビクリと体を跳ねさせた。
「でも、お父様は家族だと思ってくださってるの。お父様を悲しませることは言わないで」
「……」
セスティンは黙った。そこを、体ごとリスティナに向けられる私。
「お姉様、私もよ。私も家族だと思ってる」
私の両腕を掴んで、リスティナはとても真剣な顔をしていた。
「ええ、知ってるリスティナ。あなたは私の周りの中で、唯一私を見放さなかった人よ。家族を助けたかった。そうよね?」
その真剣な顔を撫でる私。リスティナさらさらの髪が心地よい。
「そうよ、お姉様。あなたは家族」
「でも、あなたのそばにずっと一緒にいた家族はセスティンだわ。お願い。彼を今まで通り大事にしてあげて」
「言われなくてもセスだって大事な家族だもの」
リスティナのまっすぐな瞳は変わらなかった。私は微笑んだ。
「そうよ、リスティナ。あなたの大事な家族。あなたの唯一の弟。これは変わりないわ。だから、わたくしに構いすぎてあなたと彼を疎かにしちゃダメ。ね、お願いよ」
「お姉様……」
リスティナは眉をハの字にした。
「セスティン」
「……」
セスティンは私を睨んでいた。明らかに疑惑と憎悪に満ちている。
「あなたのお姉様はなにも変わりないわ」
「……」
その憎悪の瞳に、私を写す。彼の目も、以前はガラス玉だった。
「変わったのは……変わるのは、わたくし。わたくしは変わるの。わたくしのためにね」
愛情の反対は無関心。ジセリアーナは確かに、一度ほとんどの人からの愛を失った。それが、まただんだんと関心を、愛をもらい始めている。
憎悪でさえも愛おしい。なぜなら愛情の隣にあるのが憎悪なのだもの。
――そう思わなければ。
「わたくしが、どうして変わろうとしているのか。サロンで教えてあげる。きっと納得してくれるでしょう」
セスティンはその間、けして目をそらさなかった。憎い憎い、
「僕はお前なんか信じない」
そう宣言する彼に笑った。
「信じる必要なんてなくてよ」
「言っていろ。絶対化けの皮を剥がしてやる」
不安そうに私の腕を掴むリスティナを残して、セスティンはサロンへ去っていった。
ため息をついて、リスティナと二人その後を追う。
さてさて……これから私の演技力と妄想力が試される時だ。
◆
午後。私は『わたくしが変わろうとしている理由』を話した。つまり王に伝えた『夢で延々死に続けた』という話をしたのだ。
しかもセスティンのために、より詳しくどんなことをして、どんな風に死んだのか話してやった。私の渾身の妄想力で!
性格がすっかり変わったのは、衝撃的な体験があってこそ。そう思わせるために、死を回避するために積極的に邪魔者を殺したことから、逆に誰の言うこともハイハイと聞いて大人しくしていたことまで話し、どちらも陥れられて殺されたとか。最終的にはリスティナ殺害後一切部屋から出ずに引きこもっていたら、いつの間にか大罪人にされて公開処刑されたとか。
すんごい坦々と話して、ドン引きしてもらった。
ありがとう、ツィーグラー伯爵。あなたの喋り、すごく参考になった。
もちろん、すべてこの一週間かけて考えられた創作だ。
殺されかたは乙女ゲーのパターンだから簡単。それまでのいきさつは、考えていた回避方法の没にしたものだ。うん、なんか『悪役令嬢に転生しました』系の小説にありがちなものを総舐めしてやったわ。
国外に逃げようとしたら途中で盗賊に襲われて~というのは、国外追放パターンのヤツだけど。これが一番リスティナには来るものがあったらしく、すっかり涙腺が決壊してしまっていた。
ドン引きしながらも疑うセスティンに、この夢がなければリスティナを殺していただろうと、今や逆に、リスティナを守らなければ自分が酷い死に方をするのだと強迫観念に駆られているのだと言ってやる。
それでも、信用ならない様子の彼に、まるでオフィーリアのような狂気の演技を見せてあげた。
死にたくないと繰り返し、今までの自分に殺されるのだと嘆き、魔王が復活するのだと笑い、また死にたくないと繰り返す。
結果。
「もういい、もういいわ。あなたがひどい目に遭うのだというなら、私も同罪。同じ目に遭うでしょう」
そう言って、王妃シエナが抱きついてきた。
えー! こっちが釣れたー!!
王妃シエナは、私に対してずっと後悔していたという。
母が自分の恩人であったこと。なのに、セスティンの時に産後の日達が悪く、母の葬式に出ることも、ジセに構うこともできなかったこと。
良くなってから、わがままに育ったジセを見て、嗜めるも拒否されたことを、いつの日か当然と受け止めてしまい、そのまま諦めてしまったことを。
「ちゃんとあなたの心に寄り添えなかった。ごめんなさい」
涙ながらに謝る王妃は、私を離さない。
セスティンはそれを見て憤った。
「ダメだ母さま、姉さまの嘘に騙されないで!」
無理矢理私から王妃シエナを引き離したセスティンは、彼女を私から守るように背に庇った。
しかし、そのシエナから責められる。
「セスティン、あなたどうしてそんなに頑ななの」
いや、今までのジセリアーナを考えると、セスティンの反応の方が、実は正当だと思うんだけどな。
けれども、その考えはひっくり返った。
「だって、ヴァージルが言ったんだ! 姉さまが国を継いだら終わるって! だから僕が立派な王子になって、この国を守るんだ!!」
……。
ヴァージル、またお前か!!
ちょうど、そこに様々な資料を持った宰相が現れ、それからはとても有意義な会議が進んだのでした。
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