第23話 無い物ねだり

 みなさん、節分とか二年二月二日二十二時二十二分とか色々と考えますね。

 平成最後のクリスマスとかなんとか、その時だけのプレミア感的なものを醸し出すのがすごいと思います。


 リア充的なノリな気がするんですけどそういうのに中々着いていけない感覚があります。


 いや、リア充だと思ってないので特別なんだぜうぇーいみたいなのに欠けてるんだと思います。


 理解できないなにかは理解できないので、自分がリア充じゃないから、リア充的なものに分類して眺めているわけです。


 別にリア充と言う言葉を使わなくても、自分には思いもよらないけどなんかやってる良さげな物事というものです。最近はリア充と言わないで陽キャというんですかね。ついて行けませんけど。まあ陰キャなのは違いないと思います。

 

 つまり、自分の中にないものは無いので、持ってないわけです。

 良いなあと羨ましく思うとか、妬み嫉みみたいなことを思うとか、人間なにかしらの感情をもつわけです。


 昔孔子さんは自分より勝っている人に嫉妬羨望してもしゃーないから、自分の中のを見つめなさいよと言いました。


 正しい行いは天の神様が見てるんだから、一人の時でも恥ずかしい行動をしないようにと、他人の目があるからちゃんとするとか言うことでは無いわけです。


 礼というものがありますが、もともと神様に対して行うもので、人に対してもお互いにするようになりました。相手があたまを下げようが下げまいが神様にするのと同じようにすることが、礼を尽くすことなんだと言うわけです。

 聞いた話ですけど、そういうもんかと思いました。

 それが正しいのかどうかは知ったことじゃないですけど、他人には礼を尽くすもんだと思ってます。


 何だったか忘れましたけど、仁義礼知信でしたっけか。

 道徳で食えたら苦労はないわけで、しがらみとか、競争とか騙されたり攻撃されたりとか、なんやかんや世界は面倒くさいですけど、西洋文化に触れて日本人が捨てたり忘れてしまったことって結構いっぱいあるんじゃないかなぁと思ったりします。

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