第58話 PT加入申請



 店の扉には閉店の看板をドアノブにぶら下げっぱなしで、もう一週間近く。

 雇店員であるレオのお陰で、毎日食い物調達に困ることはないし、店には酒がたくさんあるが、いい加減店の前で野次馬たちが垣根を作ってうっとおしい。


 (シエルのやつ、これも見越して俺に転送モンスターの討伐押し付けたんじゃないだろうな?)


 苛立たし気にグラスに残った酒を一気にあおる。


 浜辺で1つに合体したモンスターたちを究極スキルで仕留めて、これで一仕事終わったと思いきや、次から次に街の人々が店に押しかけてきた。


 口々にツヴァングを賞賛し、褒め称える。適当に聞き流して対応していたのは3人まで。以降は店の扉前に閉店看板ぶらさげた。


 モンスターに囲まれないように、エアーボードで適度に飛んで倒して回った自覚はある。空中戦ということもあって、街の人々に目撃されていたということは想像に容易いが、結果がこうなることまでは考え及ばなかった。

 

 シエルのときは、外見的要因とのギャップがあって騒がれたのだろうと考えていた。

 だが自分は別にずっとピピ・コリンに住んでいるし、名前も良くも悪くも知れている。


 真新しさは皆無。

 こんなおっさんが騒ぎになるのは、女関係の痴情のもつれしかない。

 親し気に尋ねてくる商人たちの顔に見覚えは一切なく、昔別れた女たちまで、関係を持っていた頃にも見たことないような笑顔ですり寄ってきた。


ーー街じゃぁ、ツヴァングさんの話でもちきりです。


――シエルの時じゃあるまいし、暇人多すぎるだろ


――シエルもあの顔でモンスター倒すっていうギャップがありましたが、ツヴァングさんも普段の素行がアレな分、いきなり銃打ちだしたら誰だって驚くと思いますね。俺だって空飛んでるツヴァングさんの姿見たときは、二度見しましたよ?


 無表情で外の様子をツヴァングに教えるレオの話に、自分の早とちりが招いた結果だとはいえ、だから『#ツヴァング・リッツ__放蕩息子__# 』らしからぬことをするべきじゃなかったのだと、何度目かの後悔をする。

 

 店はしばらく閉店だ。開店めどは立っていない。全く持って扉前の野次馬は、営業妨害もいいところだ。


  だがレオには変わらず給料を支払い続けていた。

 『人の噂も75日」ということわざがある。


 あれだけ騒いでいたシエルの噂だって、潮が退くようにあっという間に噂されなくなったのだから、自分もじきに忘れ去れるだろう。その時、開店できるように店の手入れだけは最低限しておいてもらってる。

 暇な時間は、自分の飲みに付き合ってもらった。

 

 だが、買い出しから戻ってきたレオは、店の3階にある俺の部屋まであがってきて、戸惑いがちに声をかけてきた。


「あの、ツヴァングさんに会わせろって客来てるんですが……」


「全部追い払えって言ってるだろ」


「それが、その……ツヴァングさんのお父上の、ザナトリフ様でして……」


「ああ?」


 だから対応に困って聞きに来たのだと言うレオに、ボリボリ頭を掻く。


(一番めんどくせえのが来たな……)


 植え付けられた偽の記憶の父親。領主としてピピ・コリンを治め、息子のツヴァングにも次期領主として厳しく躾ようとしたようだが、見事に失敗。


 周囲にはツヴァングがザナトリフから勘当された、という触れ込みで周知したようだが、実際はそのころ、ツヴァングはもう1年以上も女の家を渡り歩いて屋敷に戻っていなかった。


 勘当されたと知ったのも、街に告知が出てから1か月後だった。

 ザナトリフの世間体の問題であって、俺には何も問題ない。むしろ、小言を言ってくる連中がいなくなって清々した。


 以来、ザナトリフとは無関係でいたのだが、このタイミングで何しに来たのか。

 貴族でもなく一般平民であるレオも、流石に領主相手では、無碍な対応は出来ないだろう。


「店にはもう入れたのか?」


「ツヴァングさんに聞いてくるから待っててくれって言ったけど、勝手に店の中入ってきてましたね」


「チッ」


 こういう図々しいところが貴族の嫌いなところだ。

 何が礼儀や作法だと思う。


 店に入ってしまったのならレオでは追い出せないだろう。

 大きなため息ひとつして、腰を上げた。

 

 重い足取りで一階の店に降りると、勝手にラウンジバーの椅子に座った老人と、その背後にセガルたち数人の従者が控えている。

 みな表情が険しいところが、これまで押しかけてきた連中との違いだろうか。


 白髪の老人は、記憶の中よりだいぶ老けている。貴族に相応しい上質な作りの服を隙なく着こみ、杖をついていた。


(だが俺の本当の父親じゃねぇ、植えこまれた#記憶__他人__# だ)


 リアルのツヴァングの両親は田舎で農業をしていて、数か月に一度、段ボールに野菜をつめて送ってくれていた。たまに戻れば、畑から土の匂いをして戻ってきて、笑顔で出迎えてくれる。

 

 ザナトリフとは正反対だ。

 今頃、両親は意識の戻らない自分を心配してくれているのだろうか。


「久しぶりだな、ツヴァング……」


 久しぶりだと言いながら、顔は問題児を前にした渋い顔のままだ。


「先日の件では、館からもお前がモンスターと戦っている姿が遠目にも見えた。いつも剣の稽古をサボっていたお前が、いつの間に、かように銃を扱えるようになったのか自分の目を疑ったぞ」


 淡々と語る内容は、既に耳たこである。

 勘当された貴族の息子である『ツヴァング・リッツ』の力ではない。あれは、プレイヤーである『ツヴァング・リッツ』の力だ。

 誰も知らないで当たり前だろう。


 椅子には座らず階段隣の壁に背もたれながら、無言でザナトリフが話すのを聞き流すのに徹していた。

 早く店から出て行ってくれないかと思いながら。


「お前が望むなら家に戻ることを許そう。街を守ったお前ならば誰も反対は」


「は?戻る気なんてねぇよ」


 ずっと無言でいたツヴァングの第一声に、ザナトリフの後ろに控えていた従者たちの空気が変わる。


「強がりはもうよせ」


「あんな糞みてぇな家に戻されるくらいなら、この街をモンスターじゃなくて、俺が滅ぼしたほうがマシだ」


「ツヴァング!貴様!ザナトリフ様になんて口のきき方を!」


 血が上ってカッとなったセガルが前に乗り出してきたところを、素早くアイテムボックスから武器を取る。


 起動した【ジャッジメント・ルイ】が、セガルの鼻先で、銃口からキィィンと甲高い音が鳴り響き、ゆっくりと銃身ギミックが動きはじめる。

 赤い発光と共に、銃から溢れだす魔力を前に、前に出ようとした従者たちも一斉に動きを止めた。


「なッ!?どこから!?」


「俺はいつでも本気だぜ?」


 アイテムボックスの存在を知らない者から見れば、無防備だった者がどこから武器を取り出したのか意表を突かれたようなものだろう。

 それもこちらは飛び道具。あちらが剣を抜いて切りかかる前に、制圧できる。


「やめよ、お前たち!」


「はっ、申し訳ございません………」


 ザナトリフに諫められて従者たちが、頭を下げて後ろに引き下がった。

 それでも此方は銃は下ろさない。


 杖を持つ手に力を入れすぎているのか、ブルブル震わせながら、


「儂がここまで言っても、お前は分からぬか……いい加減に……!!」


 世間体的に勘当した相手に頭を下げるのは、プライドが許さないのだろう。

 どこまでも上から目線でモノを言うザナトリフに嘲笑が漏れた。


「あんな家、潰れちまえ」


「ッー!」


 その一言に、顔を真っ赤にさせて無言でザナトリフが出ていけば、セガルたちも従い出ていく。もちろん出ていく間際までツヴァングのことを睨んでいたが、お門違いだ。


「レオ、聞いてただろ?」」


 【ジャッジメント・ルイ】をアイテムボックスに戻しながら言うと、階段の影からレオが姿を現わす。

 黙って事の成り行きを聞いていたハズだ。


「俺、ほとぼり冷めるまで、しばらく街離れるわ」


「店はどうします?」


 さして驚く様子もなく、レオが店のことを尋ねる。

 店をこのまま閉店させておくなら、レオは別の働き先を探す必要が出てくる。だが、ツヴァングの行動については、行先など何も詮索しないところが好ましい。


「店は任せる。売上全部、給料でやるよ」


「そいつはありがたいですね。ですが、帰ってくる気はあるんですか?」


 他所の街で女を作って、そこで永住されてしまったら、店どころか建物をどうしようか迷うところだ。


「分からねぇな」


「じゃあ、シエルに愛想つかされないように、今度こそ気を付けるんですよ?あとヴィルフリートさんとも喧嘩しちゃだめですから」


 レオの口からさらっと出た名前。

 行先は告げていないのに、何故かバレている。


「なんでそこにシエルが出る?」


「あっちが街から出て行ったって俺が教えたとき、ツヴァングさんすっげぇ不機嫌でしたよ?街を離れるとき、挨拶くらい来るかなとは俺も思ってましたが、この騒ぎですからね。店に近寄れないのは仕方ないです」


 言われてそうだったかと思い返したが、全く思い出せない。


(別に疫病神のシエルが挨拶にこなかったくらい、なんてことは………)


 そもそもシエルが俺に近づいて来なきゃ、ダンジョンに行くことも、転移モンスターを倒して街の人々に押しかけられることもなかったのではないだろうか。

 神は神でも、間違いなく見てくれがいいだけの役病神の類だ。

 そんな俺を放ってレオは店のカウンターに入っていく。


 「あったあった。これ。セセルティーの茶っぱ。ここじゃシエルしか飲む奴いなかったから、ついでに持ってってください」


 ごそごそとカウンター下から紙袋に入った茶っぱをレオは探し出した。

 これは見覚えがある。顔見知りの店の印が、紙袋に押されている。シエルと初めて出会って、店に来る途中でツヴァングが買った茶葉の残りだ。


 押し付けられて無言で受け取るも、何か納得できない。

 そして、じゃあいってらっしゃいと軽いノリで背中を押されてしまった。


「行ってくる……」


 内心憤慨しつつ、そのまま3階へと上がって窓の扉を開く。店の前にはさっきまでザナトリフがいたせいで、また人が集まり始めている。これでは収まりかけていた噂がまた盛り返してしまうだろう。


 全くもって、貴族とは自分たちの都合しか考えず迷惑だけをかける人種だ。


 アイテムボックスから取り出したのは貸出中のエアーボード。

 先日だいぶ乗り回したせいで燃料のゲージが半分まで減ってしまったが、残りの燃料で十分追いつけるだろう。


 あちらは徒歩か馬。こちらは天下のエアーボードだ。移動速度は天と地ほどの差がある。


「しばらくニートらしく神様にたかりに行こうかね」


 窓からエアーボードで飛び出すと、地上から歓声が上がったがすぐに遠くなって聞こえなくなった。建物の窓からこぼれるランプの明かりと、街の要所に焚かれた松明の明かり。

 そして満点の星空が、ピピ・コリンの街を照らしている。


 南国の夜風が気持ちいいい。

 そして不思議なくらい解放感。部屋に籠って酒を飲みながら、フレンドリストをチェックしている夜とは大違いだ。


 その解放感に任せて、半年ぶりのPT加入申請。


 相手の名前はバトルログに残っているので、フレンド登録をしていなくても申請を飛ばすことができる。 シエルの方はいいが、ヴィルフリートの方はPT申請に反対してくるかもしれない。いやあの男は反対するだろう。自分と犬猿の仲だ。

 だがとりあえず出してみる。


 断られるにしろ、出してみなければ結果は分からない。


――――――――――――――――


 PT申請が承認されました


――――――――――――――――



「はや」


 間を置かず承認されてPTメンバーリストが左上に表示された。

 あまりの速さに拍子抜けしてしまう。

 こちらが裏切ってPT抜けたのもまだ記憶に真新しいだろうに、まるで考える必要などないといわんばかりの即承認の速さだ。

 

 却下されるかもしれないと、僅かに緊張していたらしい自分を、シエルに見透かされていた心地だ。

  

 そういえば、シエルは本当は誰なのだろう。

 リアルの名前じゃない。

 シエル・レヴィンソンではない、アデルクライシスがまともだったときに遊んでいたメインキャラの名前だ。


 個人的な理由でログインしたなら、意識不明者リストを見てツヴァングを知っていたわけしゃない。


 初めて会ったとき、顔だけで名前を当てたのなら同じギルドかフレンド交換した相手。必ず知り合いのはずだ。


(セセルティー渡すついでに聞いてみるか)


 誰だろう。

 自分があんな高飛車な性格のプレイヤーとフレンド交換するとは考えられないが、シエルというキャラをロールしているかもしれない。

 

 マップを見れば同じPTメンバーの位置を、黄色のマーカーが示してくれる。

 それ程、ピピ・コリンとはなれていないのは徒歩だろうか。これならそう時間をかけず追いつけるだろう。


 合流するまでの間、シエルのメインキャラを考察して暇潰しするのもいいかもしれない。


 


 


 

 

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