第57話 星空

 雲一つない満点の星空。

 小さな瞬きを何度も繰り返しながら、少しづつ西の空へと移動していく。

 こんな空は、リアルならば電車に何時間も乗って田舎の方へ行かなければ、見られない。


「まだ起きていたのか?」


 隣で寝ていたヴィルフリートが、自分が起きている気配に気づいたらしい。大き目の寝袋は2人で寝ても、シングルベッドほど狭くない。

 ピピ・コリンを出て、徒歩で次の目的地へ向かう途中の野宿。エアーボードはレンタル中としても、UMAに乗るのはナイ。

 

 寝袋の横から顔を少しだけ覗かせて、空をじっと見上げる。


「星、見てた。キレイだね」


「キレイだが、星なんてそう珍しいものじゃないだろ?夜になれば曇ってなきゃいつでも見れる」


「自分がいたところじゃ見れないんだよ」


「……星が見れないのか?ずっと部屋の中にいたとか?」


「それも無くはないんだけれど、自分のいたところはね、夜でも外はすごく明るくて、星の小さい明かりは地上の光に打ち消されてほとんど見えないし、空もこんなに広くなくて」


「夜でもすごく明るい?」


 電気の明かりを知らないらしいヴィルフリートが戸惑った気配がして、クスリと笑む。


 真っ暗な空を見上げることはほとんどなく、見上げても高いビルや建物で縁どられた空は四角く、小さかった。


(だからここが本当にリアルとは違う世界、ゲームの世界なんだなって……)


 思い出したリアルに、急に胸が締め付けられて、寝袋の中に潜り込む。

 そうすると真っ暗闇に包まれた。


「シーツの中潜り込んで、息苦しくないか?」


 寝袋の上から、少し呆れてるような声がする。

 少し息苦しい気はしなくもないけれど、我慢できないほどではない。


「平気」

 

 リアルのベッドで寝ていたころは、ちゃんと顔を布団から出していた。ではいつから布団の中に潜り込んで寝るようになったか?というと、心当たりはあった。


 ログインしてすぐに馬酔いし、夜も気持ち悪くて寝込んでいたとき、ふと夜中に目覚めて見上げた星々の輝きに目を奪われた。


 頬を撫でる外気の冷たさや周りの木々の葉擦れの音、小さな虫の鳴き声も、自分を取り囲む全てがリアルではないのだと実感した。

 その現実離れした光景に、ちっぽけな自分など簡単にゲーム世界に飲み込まれてしまいそうで、怖くなって寝袋の中に潜り込んだ。

 

 そうすると周りの音は小さくなり、リアルと同じ暗闇の中で、気休めでも安堵した。あれ以来、眠るときはシーツや寝袋の中に潜り込むようになってしまった。

 

 そして今は暗闇に包まれるだけでなく、隣にヴィルフリートがいてくれるお陰で温かい。


「なぁ、ピピ・コリンの冒険者ギルドで俺がさ、シエルのモノになるって言ってくれって頼んだの覚えてるか?」


 話しながら横を向いたヴィルフリートの腕が首下に回されて、腕枕をされている恰好になった。背中越しに感じるヴィルフリートの体温。不快ではないので好きなようにさせておく。


「言ってたね。せっかくSランクにまでなったのに、あれでギルドから目を付けられただろうね。勿体ない」


「目を付けられたっていうならお前も一緒だぞ。要らない喧嘩まで吹っ掛けたし、これからの行動を探ってくるはずだ」


「別に周りをウロチョロするくらいなら無視するもん。多少不快だけど」


 ただし正面切って喧嘩を売ってきたなら、買わざるを得ないだろうとは自分の人生論だ。

相手から言われてばかりでなぁなぁで逃げていると、状況が悪化するだけになる場合があることを知っている。

 

 時にハッキリと此方の意思を示すことはとても大切だ。


「……礼を言うのがだいぶ遅れたけど、槍、ありがとうな」


「でも結局最後まで<制限解除>選ばなかったじゃない。知ってるよ」


 離れていてもPTメンバーの戦闘ログは残っている。ヴィルフリートは自分が託した#力__カリス・ウォイド__#を選ばなかった。

 【カリス・ウォイド】が出現したのは、戦闘による闘魔力ゲージがMAXになったゆえの『自動解除』にすぎない。


 元々使っていたグングニル・アドはS5ランクで究極スキルは備わっていないから、 闘魔力の蓄積ゲージも備わっていない。しかしグングニル・アドをベースに【カリス・ウォイド】を組み込んだことで、 闘魔力の蓄積ゲージが備わった。


 ゲージがMAXになってもグングニル・アドでは究極スキルを放ち、ゲージを解放できない。だから自動で槍は【カリス・ウォイド】へ移行したにすぎない。


「それでもだ。シエルがグングニルに【カリス・ウォイド】を組み込んでいたお陰で、俺は死なずにすんだ。そして………ノアンにギルドとシエルのどちらかを取れと迫られたとき、このPTに残る方を選べた」


「【カリス・ヴォイド】のお陰?」


「俺がもしあのとき、ノアンにPTの詳細を話していたら、シエルは話すことを止めはしないだろうが、俺をPTから外していただろう?」


「………そうだね」


「冒険者になったころから、俺の傍にはずっとグングニルが共にあった。でも、俺の相棒はもうグングニル・アドじゃない。シエルにもらった【カリス・ウォイド】だ」


 ヴィルフリートは淡々と話す。

 道中、暇なので、アイテムボックスの使い方を教えたけれど、ヴィルフリートはやっぱり槍は背中に背負っている。それが慣れているかららしい。


 自分がいつも何もない空間からアイテムを取り出しているのを、他人事のように便利だなと言っていた。

 それを自分も使えるようになるとは、考えもしなかったようだ。


 とくに目の前のアイテムが消えて、アイテムボックス欄にアイコンとなって表示されるのは、仕組みが理解できず頭を悩ませていたので、考えるだけ無駄とアドバイスした。


(こういうのってプログラミングの領域でしょ?私だって詳しい説明できないもの。考えても分からないことは、そういうものだって受け入れたほうが楽よね)


 ただ、【カリス・ウォイド】は外見的に派手な槍なので、不必要に見られて注目を集めないよう、幅のある布を巻いて隠している。


「だから、ノアンに迫られたときシエルを選ぶことに迷いはなかった。何より【カリス・ウォイド】が無かったら、こうして星空を見上げている俺はいない」


 冒険者ギルドでそんなことをヴィルフリートは考えていたのかと思うと、急に感慨深いような、くすぐったいような不思議な気持ちになる。そこまで深く考えていなかったし、単純にヴィルフリートが自分を選んでくれたことが嬉しかった。


「それでだな……。話戻して、俺がシエルのモノになるって言った意味なんだが……」


「ん?」


 急に神妙な声色になったヴィルフリートに、ぐるりと体を反転させられた。

 なんとなくあの言葉のニュアンスは、自分が受け取った意味と違う気が薄々しているが、あの場はノアンとビルフッドもいて、意味を尋ねることができないままである。


「あれは、シエルのPTに残るって意味だけじゃなくてだな………」


「他に何の意味が?」


 潜り込んでいた寝袋の中で、腕枕してくれている顔を見上げた。見上げた寝袋の隙間から、夜空の星の明かりに、薄っすら照らされたヴィルフリートの顔が見える。

 けれどそれもすぐに真っ暗闇になってしまった。


 代わりに見上げた自分の唇に触れる柔らかな感触。


 再び寝袋の隙間に明かりが差し込めば、見下ろすヴィルフリートの顔は夜でも分かるくらい真っ赤で。それを隠すように今度は両腕で抱きしめられた。

 力強いその腕は軽く押してもびくともしない。けど少しだけ震えている。


(今のってヴィルにキスされた?)


「えっと、自分まだ女じゃないんですが?」


「知ってる………」


 全くの予想外展開に、頭が混乱するどころか、むしろ冷静になってしまう。


(逆だ…。頭が混乱して何も考えられないようにしてるんだ。混乱しちゃってもまともな考えができるわけもないし……)


 冒険者ギルドでヴィルフリートが言った真意が、ノアンとビルフッドには伝わったのに、肝心の自分には全く伝わっていなくて、だからあんな憐悲の眼差しを向けられたのかと今頃理解する。


 我ながらなんて鈍い。リアルでも告白されたことはもちろん、異性と付き合ったこともなくて、そっち関係はほんとうに疎くて……思いもよらなかった……。ごめんなさい……。


「でもヴィルは胸ある方が好きでしょ?フルールベルのおねぇさん達だって、みんな胸大きかったし。自分、胸ないよ?」


 ついでに付け足せば、この前、想定外の【黒の書】の自動記述で体が女性体になったときだって、ヴィルフリートは胸揉ませてくれと懇願してきた。


「胸はそこまで重要視していないから、強調するな……」


 そうは言われても、何分、急な話なので返事に困ってしまう。

 ヴィルフリートのことはとても頼りにしている。元から強かったし、冒険者として経験も豊富でこの世界のことに詳しい。


 ログインしたばかりのころの弱った姿は見られまくりだし、UMA嫌い(乗るのが)もバレている。


『シエル様、貴方様は世界中から狙われております。<レヴィ・スーン>を手に入れればどんな願いも叶えると皆信じております』


 ハムストレムのダンジョンを出た帰り道、ユスティアが頭を垂れて、恐る恐る忠告してきた。


 とりわけ、自分が<レヴィ・スーン>とかいう世界から狙われている存在であることを教えてくれて、ダンジョンの情報を教えてくれたことは感謝してもしきれない。そして誰にも言わずに内緒にしてくれていることも。

 イマイチ自覚が湧かないとしても。

  

「返事とかはまだしなくていいから……。でも、たまにでいいから思い出してくれ……」

 

「ホントにたまに思い出すだけでいいの?」


 無意識に出た言葉に自分が驚いた。


(何言ってるの私!!せっかく返事を先延ばしにしていいって言ってるのに!!)


 当然びくっとヴィルフリートの体が震える。 

 ヤバい。今のは恋愛音痴の自分だって悪手だってわかった。


 目をぱちくりと丸くさせたかと思うと、ヴィルフリートは今まで一緒にいて、一度も見たことのない顔になって顔を近づけてきた。


(またキスしようとしてる!?待って!待って!ストップ!)


 逃げなければと思うのに、ヴィルフリートの腕ががっちり自分を抱きしめていて抜け出せない。


(ひぃぅ!待ってください!ヴィルフリートさん!)


――ピコン


 ヴィルフリートと再び唇が重なる間際、チャットとは違う音に閉じかけていた目を開く。

 ヴィルフリートも告知音に動きを止めてくれた。助かった。


 腕を伸ばして被っていた寝袋をがばっと退ければ、そこに四角いウィンドウが立ち上がっていた。

 表示内容は、


――――――――――――――――


 PT加入申請が届きました。

 ツヴァング・リッツのPT加入を了承しますか?


 Yes or NO ?


――――――――――――――――



「なんだこれ?」


 PTへの申請なのでメンバーであるヴィルフリートにも見えているのだろう。 

 あと少しのところを邪魔されたせいか、思いっきり眉間に皺が寄っている。



「ツヴァングからだ。PT入りたいって申し込みが来てる」


「はぁ!?勝手に抜けてった奴がなんで今頃!?」


「さぁ?」


 とぼけつつ『Yes』を選択すると、ウィンドウはそれでパッと消える。

 途端にPTリストの一番したにツヴァングの名前が追加された。


「って!なんでYes押した!?」


「何でだろうね~。入りたいって言ってきてるんだから入ればいいんじゃない?そろそろ遅いし寝るね。おやすみ」


 さきほどどかした寝袋をまた被りなおして、もそもそとヴィルフリートの胸下あたりに顔を埋めた。

 突然のハプニングだったが、ツヴァングのお陰でどうにか逃げきれたらしい。


 ツヴァングの店前を野次馬が取り囲んでいて、結局挨拶もしないで街を出ることになった。せっかくニートに戻れるだろうに、どうしてまたPTに入りたいと考えたのか分からないが、とにかく今はそのツヴァングの気まぐれに感謝しておく。


「あ!こら!」


 頭の上でまだヴィルフリートが何か言ってるけれど断固聞こえないフリだ。

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