第42話 『ジャッジメント・ルイ』

 再びヴィルフリートがツヴァングの店に戻ったころには、すっかり店は閉まっていた。が、着くタイミングはマップを見ていればマーカーが教えてくれるので、中からシエルが鍵を開けた。

 

「お疲れ様。お腹空いてるでしょ?賄いの残りと、ご飯あるよ」


 賄いはバーの残り物だ。客に出す酒のツマミの残りであるチーズ数種と、自分のアイテムボックスの中から温かなスープと肉が挟んであるサンドイッチ。

 それらを店のバーカウンターテーブルの上に並べていく。

 

(なんだかんだって岬から帰ってきて、こっち来たり、ギルド行ったり、また戻ったり……疲れてるよね。HPバーは特に変化ないから見過ごしそうになるんだけど)


 ヴィルフリートも食事を見ると、まだ夕ご飯を食べていないことを思い出したかのように、目を大きく。しかしその食事が並べ垂れた席の隣に座る人物に、一瞬で真顔に変わった。


「ツヴァング……」


「よぉ。こんな時間までお使いご苦労さん」


 椅子に腰掛けたツヴァングが、グラスを片手にニヒルな笑みを浮かべる。それに素早くヴィルフリートが背中の槍を抜いたところで、2人の間に遮断結界を貼った。

 半透明の弱い光の膜だが、ヴィルフリートが渾身の力で突いてもびくともしない。


「2人とも懐かしいからって挨拶はそこまでにしようね」


 一触即発。

 元からヴィルフリートはツヴァングが嫌い宣言している。しかし、会うなり喧嘩を始めようとするなんて、2人が以前どんなやりとりをしたのか気になるような知りなくないような気がする。とりあえず、この場は黙っておいて、いつか機会があれば聞いてみよう。


 渋々とヴィルフリートは槍を収め、食事を取り始める。それを見て、自分用のお茶を出す。


「鑑定はしてもらったんだろう?鑑定報酬は何を言ってきたんだ?」


「ぶっ!いや、報酬より先に『黒の断片』の鑑定結果を聞こうよ?」


鑑定結果より、真顔で代価を先に聞いてきて、飲んでいたお茶を噴きかけた。


(どれだけヴィルに信頼されてないのよ、ツヴァング……。信用されてるのは本当に鑑定の腕だけってことがよくわかるわ……)


 ゲーム時代のツヴァングは社会人で、困ったちゃんにも大人の対応ができて、それなりにギルドでの信頼高い人物だったと記憶している。なのにこのギスギスした空気はどうだろう。この店に逃げ込んだ自分がいうのはなんだが、2人の間に挟まれていたたまれない。


 けれど鑑定報酬の方がヴィルフリートは気になるようで自分をじっと見ている。対してツヴァングは口端を斜めにして傍観に徹するらしい。

 仕方ないので、鑑定結果ではなく鑑定報酬を先に話す。


「報酬はツヴァングがまだ決めてないらしくて未払い」


「未払い?鑑定はしてもらったんじゃないのか?」


「してもらったよ。結果は『鍵』だっていうこと。それと他にも歯車が噛みあう鍵があると思われるそう」


 勝手な想像だけれど、鍵が複数あるというのなら、鍵が増えるだロックが外せる権限が増える仕組みなのではないだろうかと自分の中で考えている。1つでは外せないロックも、二つ、三つと鍵が手元に揃えば開錠できるようなシステムだ。


「鍵か、何を開ける鍵…あっ!まさか?」


 食事をする合間合間に話していたヴィルフリートが、はっと閃いたような声を上げる。

 ヴィルフリートも気が付いたのだろう。

 『鍵』というワードが、何を開く鍵なのか。


「恐らく岬の魔法陣を開く鍵だよ」


「けど、鍵を持ってるのはシエルだろ?魔法陣に触れたのは俺なのにどうしてダンジョンの扉が開いたんだ?」


「同じPTだから。だから、ダンジョンの扉は開いた。けどPTリーダーは自分だし、鍵を持っているのも自分だからヴィルはダンジョンに入れなかった。そしてヴィルを襲うとしたモンスターも、鍵を持っているこっちに転送されたと予想」


「そういうことか」


「モンスターが転送されてきたとき『PTイベントが発生』っていうテロップが流れたから、魔法陣が反応してダンジョンの扉が開く条件は二つ。PTを組んでいること、そして鍵を持っていること」


 もちろんPTは冒険者ギルドに提出する紙の上のPTではない。

 システムを介したPTだ。

 自分の説明に、ヴィルフリートも納得したらしい。


「なるほど。マルコ達や冒険者ギルドに知られるのを、お前があんなに拒否ったのも頷けるな。両方ともやすやすと話せる内容じゃない。だが、それはツヴァングなら知られてもいいのか?」


「へーきへーき。こういうのに巻き込まれるのめんどくさがって、絶対誰にも喋らない性格だから」


 あはははと軽く笑って、右手をペラペラと振る。

 自分と会話しながらも、ヴィルフリートの視線はしれっと酒を飲んでいるツヴァングに注がれている。とはいえ、お互い同じなのだ。下手な勢力に巻き込まれたくないし、自由勝手でいたい。


 現にツヴァングは黙っているが、表情的には仏頂面だ。余計な話を聞かされたとでも思っているんだろう。


「話戻して冒険者ギルドは何か言ってきた?」


「言ってきたが、魔法陣の発動条件がその2つなら話せないだろ?」


「まぁね。その2つに関して話す気はないけど、会うくらいならいいよ。1名限定で」


 にっこり極上の笑みを浮かべる。冒険者ギルドから自分とどうにかコンタクトを取りたいという意向も、そして冒険者であるヴィルフリートが間に挟まれることも分かっていた。

 昼間みたいに大勢にいきなり押しかけられるのは嫌だけれど、1人くらいならばいいだろう。


(私がただ嫌っていうだけじゃ何も進歩ないし、間に挟まれるヴィルを困らせるばかりだしね。多少は譲歩しましょうとも。カードをたくさん持っているのは此方なんだもの)


 とは言ってもタダで譲歩はしない。

 自分の笑顔の意味を素早く察したのか、ヴィルフリートは溜息をついた。


「……条件は?」


「ダンジョンに1番に入る権利ちょーだい」


「随分と足元見たな。あっち(冒険者ギルド)が渋ったらどうするつもりなんだ?」


「じゃあ会わない。別にこちらは無理してまで会う必要はないし。PTを組んでいることもだけど、鍵を持っているのもこちら。基本的にその魔法陣が発動する可能性自体が、極めて低いんだよ。万が一、魔法陣が反応する者が自分たち以外に現れたのなら、そいつらはPTを組めて『黒の断片』かそれに類似した鍵を持っていることになる」


 PTシステムを使えるなら間違いなくその者たちはプレイヤーだ。

 そして、どうしてもダンジョンに入らなければならなくなったら、そのときは強行突破だ。プレイヤーかNPCかは分からないが、手加減はしない。

 容赦なく蹴散らしてもらう。


 こちらに今無理をする必要がないのも事実だ。半年以内に出現したダンジョンは、まだ他にもある。そちらを先に攻略するという選択肢がある。


「どちらにせよ、お前には都合がいいってことか………」


「いえす!」


 力強く答える。こういう駆け引きが苦手ではあるが、我ながらいい駆け引きが出来ているんじゃないだろうか。気を抜くと天狗になってしまいそうだけれど、それもこれも全て間に入ってくれているヴィルフリートのお陰であることは決して忘れてはいない。


「そろそろ話が終わったんなら、いいか?」


 ずっと黙って酒を飲んでいたツヴァングが話に入ってきて、ヴィルフリートと2人そちらに視線を向ける。


「子守が帰ってくるまでの約束だったはずだ。戻ってきたなら、さっさとコレ引き取っていけ。店で匿うのも今晩までだ。お前からの紹介状なんて、天変地異が起こっても絶対寄越さねぇと思ってたのに、<レヴィ・スーン>なんて寄越しやがって」


「や、やだなぁ、そんな喜ばなくたって」


 軽く惚けて見せたけれど、ツヴァングとヴィルフリートの両方から、非難の視線を向けられてしまった。とくにヴィルフリートの視線は『なんでそこまで喋った馬鹿野郎』と顔に書いてある。


 ツヴァングの店に逃げ込んだとき、店に隠れるのを断ってきたツヴァングに、ヴィルフリートが討伐から戻ってくるまでという約束で匿ってもらった。宿に押しかけてきた野次馬たちも、2、3日もすればそろそろ飽きて散ってくれる頃合いだろう。


「でも、ありがと。助かったよ。結局報酬はどうする?まだ保留にしておく?」


「報酬だが、見せてもらったあの銃を貸出というのはダメか?それと、もしもその岬のダンジョンに入れることになったのなら俺も同行したい」


 どうせまた保留だろうと思っていたのに、意外な提案に目を見開いた。

 やると言ってる物を、貸出という形にしたいというのはまた面白い考えだ。


「ツヴァングのモノになるんじゃなくて、自分からの貸出がいいの?どうして?」


「あんな銃、持っているだけで入手経路を不審がられる。だが貸出であれば貸主との契約で喋れないと突っぱねる口実が出来る。それに、もし不要になったら返せばいい」

 

 そこら辺にあの銃を捨てたら、騒ぎになるだろう?とツヴァングは付け足す。

 鑑定してもらったときも、銃を報酬としたときの『出所』がネックだったが、貸出という少しひねくれた形にすれば、それをクリアできると言っているのだろう。

 

「言えてるね。なら今回の鑑定報酬はそれで」


 頷き、アイテムボックスの中から銃を取り出す。

 

「シエル!?その銃は!」


「S10武器『ジャッジメント・ルイ』だよ。これが鑑定報酬。弾とガンホルダーはオマケしておくよ」


 銃と共に数種の専用魔弾と、銃を腰に下げておくためのガンホルダーを追加する。

 ヴィルフリートの目は『正気か?』と訴えているが、あえてスルーする。鑑定をしたのはツヴァングで、鑑定依頼したのは自分なのだ。他者が口を挟む筋合いはない。


「気前いいな、ありがたく頂いておくぜ。じゃあ俺はもう自分の家に戻らせてもらう。もし、ダンジョンに行くことになったら連絡くれ。」


 報酬の『ジャッジメント・ルイ』をガンホルダーに差し込み、魔弾を手に抱えると、そのま店を出て行ってしまった。後はその扉を内側から鍵かけてしまえば、今夜は完全に店じまいだ。


「正気か?S10武器を報酬に渡すなんて!?」


 信じられないとヴィルフリートはいうが、それこそ自分にとっては心外だ。

 

「それを言うなら、ヴィルにだって渡してあるでしょ?使うかどうかは本人の自由だよ。ヴィルも、ツヴァングも」


 ルシフェルのダンジョンを攻略するとき、まだ調査という段階であったため、冒険者ギルドから報酬はでなかった。だからその代わりに自分が報酬を渡すと(勝手に)約束し、その言葉を違えることなく報酬をヴィルフリートに渡した。


 ただし使うかどうかは本人次第。使う気になればいつでもその槍は具現する。ヴィルフリートが常に背中に背負うグングニル・アドに施された『制限解除』を発動すれば。


 指摘すればヴィルフリートはぐっと口を噤んだ。

 本人曰く、他人に与えられた力ではなく自分の力で強くなると決めているらしく、S10武器を使うのを躊躇っているらしい。


「いいね、その困った顔。渡した甲斐があるなぁ」


 少し意地悪な言い方だと自分でも思ったけれど、ルシフェルのダンジョンの経験からどうしても奥の手をヴィルフリートに渡しておきたかった。困っているのなら、使う可能性が多少なりあるということだ。


 自分が常にヴィルフリートの傍にいれば安心だけれど、いつでも傍にいれるとは限らない。今回のように想定外のエンカウントがある。


(仮に、もし岬のダンジョンモンスターがこちらに転移されないでヴィルと戦うことになっていたら、かなり危なかったわ。ヴィルは強いけれど、それは通常のモンスターに対してだもの。汚染モンスター相手ではどうしても……)


 ヴィルフリートが自身の強さに対してこだわりを持っているのは分かってる。しかし自分に協力してくれたせいで危険にさらされて、そのこだわりのせいで仲間が傷つくのは嫌なのだ。


 ヴィルフリートのこだわりは尊重してやりたい。けれどヴィルフリートが危険にさらされるのも嫌だ。だからその間を取った。渡すだけは渡す。使うかどうかの最終的な判断はヴィルフリートの意思に任せて。

 

(ほんとヤな性格だよね、私も。使う選択だけ渡して、返却不可なモノを押し付けるなんて……。さて、残るツヴァングの方はあんなに銃を受け取るのを厭がっていたのに、何を企んでるんだか)


 ダンジョンに自分も同行したいと言い出したのも気になる。

 しかしまだ行けると決まったわけではないのだから、ひとまず皿に残っているチーズをひとつまみ食べた。

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