第41話 妥協点

(またオマケがいっぱいついて来たなぁ~……)


 ドアに並んだ顔を視界の端にとらえながら、シエルは内心溜息をつく。


 多少なり知り合いならまだしも、全く見ず知らずの4人組。どうやらヴィルフリートが連れてきたようだから、そっちは知り合いでも、こちらは多数の初対面の相手を複数相手にするのは得意ではないのに。

 

 一度は距離を取ろうと考えたツヴァングの店に自分が転がりこむことになったのは、ツヴァングに悪いと思っている。しかし、ピピ・コリンの土地勘もなく、知り合いもおらず、自分を匿ってくれる場所を思案したとき、ツヴァングの店しか考えつかなかったのだ。


 店で飲んでいたらしいツヴァングが、自分を見た瞬間に眉間に皺を寄せたのは、聞かなくても招かざる客が来たと目が語っていた。


 すでにツヴァングの耳にも、自分の噂が入っていたのだろう。

 思いっきり迷惑な顔をされてしまった。


(どうにか頼み込んで、お店の手伝いってことで、ヴィルが帰ってくるまでの隠れ場所をげっとできたけど……)


 ロウガとベストロと戦った時、街の真ん中ということもあり、周囲の建物や逃げる人々に被害が出ないように戦って、それを建物に隠れてこっそり見ていた者がいたのは、別にいい。

 モンスターを倒して感謝されるのは悪くない気分だ。


 けれど、問題はそこからだった。細剣の『エド・ドルグフ』で戦うために、フードを下ろし顔を出していたこともまずかった。噂が噂を呼び、尾ひれ背びれがついて、とても1人では収集できないまでに膨れ上がった。


 泊っている宿をどうやって突き止めたのか知らないが、宿の前には野次馬が集まり、元から暇を持て余して観光保養に来ていた貴族たちから、こぞって食事に招きたいと誘いの使用人が押しかけてくる。


(宿で一番高い部屋取ってて本当に良かったわ……。店主に自分が滞在中であるように見せかけてもらえるよう頼んでも、お金をちょっと追加するだけで快く引き受けてくれたし)


 どこの世界でも、金払いのいい客を商人が好むのは、同じらしい。


(でも誰かに聞かれていい話はここまでだね。それ以上は『情報』になっちゃうから聞かれたくないし)


 ヴィルフリートがピピ・コリンに戻るまでの間、チャットで話しても良かった。

 しかし、直接話した方が情報の齟齬なく伝わるだろうし、一度はピピ・コリンに戻ってくるだろうし、そのとき打ち合わせしておく必要が出てくるだろうと待っていたのだ。


 ゲームの世界で『情報』は金に勝る価値がある。扉の隙間から覗き込んでいる5人はヴィルフリートと知り合いのようだが、何者かも分かっていない誰かに話を聞かれたくはない。


「あの、すいません。お2人の話を盗み聞きする形になってしまって……。でも先ほど岬の魔法陣について検討がついていると聞こえたのですが、俺、クヌートといいます!岬の魔法陣について調べていて、何か知っているのでしたら」


「やだ」


 扉を開けて、前に出てきた男がしゃべっている途中で遮って申し訳ないけれど、先に断りを入れた。案の定である。自分の二の句もない断り方で、部屋に沈黙が流れたけれど、気にしないことにする。


(それでハイそうですか実はですね、で欲しい情報が得られたら、私だってこんなに兄さんを探すのに手こずってないわよ)


「まず第一に、自分はヴィルと話している会話を勝手に聞かれて不快。第二に、魔法陣やダンジョンについて話す気は一切ない。最後に、自分は仕事中。そろそろ戻らないといけない」


 いくら店が落ち着いているからと、居候させてもらっている身分で、裏で長々と話し続けていいわけがない。ヴィルと自分の最低限の情報交換は終わった。


 あとは、仕事が終わってからゆっくり今後の話をすればいい。

 もちろん、そこに見ず知らずの他人が入るのはナシだ。恐らくだが、ヴィルフリートだけに反応したという魔法陣の秘密は、軽はずみに誰にでも話していい内容ではないだろう。


「すまん。シエルはまだ仕事中みたいだし、いきなりではたいした話もできないだろうから、また後日ということでいいだろうか?」


 気まずい雰囲気が漂う中、仲裁に入ったのはヴィルフリートである。自分が連れてきてしまって、しかも話を聞かれていることにすら気づいていなかったのだから、場を収める役になるのは当然ともいえる。


「し、しかし、事は急を要して」


「今、無理に頼んだところで、間違いなくシエルは口を閉ざすし、お前たちに対しても悪印象を持つ」


「クヌートさん、ここは一度出直しましょう。ヴィルフリートさんの言うとおり、いきなりやってきた相手に問い詰められたら誰だって困ると思います」


 クヌート以外の4人がヴィルフリート側についたようで、それ以上はクヌートも1人で食い下がっても無駄だと思ったらしい。素直に頷いたが、まだ顔は完全には納得してなさそうだ。


「俺は一度ギルドの方に報告しにいく。話はまた戻ってきてからで。宿ではなくこっち(ツヴァングの店)でいいんだよな?」


「今晩まではここに隠れているつもり。明日ちょっと宿の様子見てきて、宿に戻るかどうか決めるよ。でもヴィル以外のオマケは1人も要らないからね?」


 この場にいる全員に聞こえるような声の大きさで、あえてハッキリいう。


(新しいダンジョンにしろ、自分の考えが当たっているにしろ、どちらであっても、先に釘さしておかないと、またゾロゾロとオマケがついてきそうなんだもん。ヴィルには悪いけれど)


 深く考える必要はない。ダンジョンに繋がる魔法陣が見つかったというなら、冒険者ギルドが必然動く。これからヴィルフリートたちが報告しに行くというのなら尚更である。

 転移モンスターを倒し、魔法陣の秘密に気づいている自分に、冒険者ギルドが目をつけてくるのは当然の流れで、釘をさしておかないと余計なオマケがついてくるのは簡単に想像できた。


 自分と冒険者ギルドの間に挟まれるヴィルフリートには悪いけれど、情報は渡せない。


「……わかった。先方には伝えておく」


 すぐに意図を察したらしい。苦々しい顔を一瞬だけして、ヴィルフリートは今度はギルドの方へ行ってしまう。

 まったく冒険者というものは、ランクに関わらずゲーム世界ではいつだってお使い役で大変だと、他人事のように思ってしまった。





 すでに夜になっていたが、Sランクのヴィルフリートが緊急の報告があるということで受付に話を通し、ピピ・コリン冒険者ギルド支部長のノアンに会うことができた。

 冒険者ギルドに所属している者はランクに関係なく、新しいダンジョンを見つけたときは報告義務がある。


 一通りの報告を終え、


 「ラドゴビスの縄張り近くの岬に、魔法陣が浮き上がっているという報告は聞いている。だが、まさかいきなり空から降ってきたというモンスターを美しい剣士が倒したという噂でもちきりだというところに、岬の魔法陣から転移してきたものだったとは、……驚いたな。てっきりどこかの馬鹿がいたずらに召喚したのかと思っていた」


 部屋の最奥の1人用椅子に腰掛けているのは、ギルド支部長のノアン・フォーサイスだ。その前に応接用の長いすが2つ、真ん中に長机が置かれて、ヴィルフリートたちは両方に別れて座っていた。


 長い金髪は前髪をサイドに流し、後ろはお団子にしてひとまとめにしている。出るところは出て、引き締まったところはきゅっと締まった豊満なバストは、大きく開いた襟元から惜しげもなく谷間が覗いている。


 油の乗った美女。が、その豊満な谷間に少しでも下心を持った視線を向ければ、即投げ飛ばされるだろう。

 ハムストレムのアドルと同じく元Sランク冒険者であり、経験も豊富だ。実力はいうまでもない。岬で起こったことを説明している間、途中で話を挟むことなく最後まで静かに聞き終えた。


「街へ現れたモンスターを倒したというその剣士が泊っている宿。念のために話を聞きに、ウチのギルドからも人を向かわせたが、門前払いだったらしい。だが、本人がいないのであれば、それもさもあらん。誰も高級宿に泊っている客が、ツヴァングの店に身を隠しているとは予想もするまいよ」


 見事にしてやられた、とノアンは面白そうに笑う。

 隠れ家としては、これ以上はないくらい誰も考えつかない場所だろう。ツヴァングの名前はこのピピ・コリンでは、いい意味1割、悪い意味9割で有名過ぎる。


 侯爵家の嫡子でありながら、放蕩が過ぎて勘当された息子。酒癖、女癖が悪く、しかし、鑑定士の腕は一流。

 勘当されていようと、侯爵家に男子はツヴァング一人。いつ勘当が解けるか分からない。扱いに非常に困る人物と言っていい。


 ヴィルフリート自身、シエルのマーカー位置がツヴァングの店に示されているのを見ると、今も複雑な気持ちになった。

 本人自身分かっているのかわからないが、良くも悪くも、いい場所に逃げ込んだものだ。あそこならば冒険者ギルドも下手に手をだせない。


「岬の魔法陣が繋がっているのが、新しいダンジョンかどうかは今後調査を進めるとして、モンスターを倒したという件の剣士。聞いた感じでは一筋縄ではいかないようだが、ヴィルフリートが知り合いならば、魔法陣の情報を聞き出すことはできそうか?」


 問われて、ヴィルフリートは思案する。すでにシエルから事前に『オマケは要らない』と釘をさされたことは伝えてある。

 それだけでシエルが冒険者ギルドと話をしたくないというのを理解したのだろう。


(マルコやクヌートたちに聞かれたくない情報なら、尚更冒険者ギルドには知られたくないんだろうな)


 世間知らずなところは多少あれど、それ以上にシエルの知識と万能さは他に比類ないものがある。それにヴィルフリート自身、ハムストレムの時と同じく冒険者ギルドという勢力を、レヴィ・スーンに近づけさせたくないという気持ちもある。


「俺には話してくれるかもしれない……。だが、話すなら前もって必ず口止めしてくるだろう」


「ふむ。随分とその剣士に信頼されているようだが、その剣士何者だ?噂ではどこかの国の貴族の子弟らしいが、共にいるのは護衛か何か依頼を受けてか?」


「そんなところだ」


 だからシエルの素性は話せないと暗に示す。

 ノアンの探りは当然だ。どうにかして魔法陣の秘密を知っているシエルの素性を探ってくる。ヴィルフリートと知り合いというならば、その関係も追求してくる。


(どんな依頼でも依頼主との間には守秘義務がある。ただ共に行動していて何も話さないでは通らないだろうが、曖昧にしておけば多少は誤魔化せる)


 思い返せば、シエルから最初に頼まれたのは<兄を探すのを手伝ってほしい>ということだけだ。正式な依頼ではない。その一環として冒険者ギルドでまだ公表されていない新規ダンジョン情報を渡した。


 いつまで、とか明確な期限は決められていない。強いて言えば啓一郎が見つかるまで。いつでもその依頼は終了できるだろう。一言PTを抜けたいと言えば、シエルは分かったとだけ言って引き止めない気がする。


 世界のどこにいても繋がっているのに、簡単に繋がりが切れてしまう曖昧で儚いPTだ。


 とはいえ、ノアンが依頼主との守秘義務というだけで引いてくれるとは考えていない。調べれば、シエルとの依頼が冒険者ギルドを通したものではないことくらい、すぐにバレるだろう。それはそれで厄介だ。


「シエルは今のところ誰とも話をする気がないようだが、譲歩がないかどうかは聞いておく。それでいいか?上手くいったとしても、どこまで話してもらえるか保証はできないが」


「見返り付きか。まぁ、それが妥当なところだろう。新しいダンジョンの情報ともなれば、十分価値がある」


 軽く肩を竦めて、ノアンが了承したのをみて、内心安堵する。

 あとはシエルが待っているツヴァングの店に戻れば、今日はもう十分だろう。


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